第3部 第11話 §9  聞こえなかった君の声

 インターバルが取られるのは、剣以外の装備に、何らかの問題が生じたりした場合にが多い。

 放心状態から飽和状態に変わるエイル。

 起こった出来事が理解できず、少しの間その場に立ちつくす。

 そして、不意に思い出したように、舞台下で待つミールの方へと歩き始め、彼は舞台を下り、床に座り込むのであった。そして、疲れた溜息を一つ吐く。

 「エイル……」

 心配そうなミールの声。彼女は、胸元で両手を握ったまま、彼をじっと見つめる。

 エイルは不意に顔を上げると、不安そうなミールの顔がそこにある。

 「どうしたんだ?」

 なぜ、そんな表情をしているのかさえ、理解していないエイルであった。

 「何も、聞こえない!?」

 少し悲痛さが混じるミールの声。ある意味それは、エイルを責めているのかもしれない。何より彼は、それにそわそわし始めてしまう。

 「私の声。そんなに小さい?!」

 今は試合の途中である。エイルは、ミールが何を言いたいのか全く理解できずにいる。ただ、目が泳ぎ、心に落ち着きを無くしてしまう。もとより、彼はこの試合中、心を真っ直ぐに保てた状態は一度もない。

 「ずっと、一人で抱え込んじゃってさ……、そんなのないよ!試合に入る前、気持ちを確かめたじゃん!」

 「ミール?」

 「姉御に比べたら、全然力不足だし、大人じゃないけど、それでも私、エイルのこと一番大切におもってるよ!?それでも、私の声、小さい?」

 そこまで言うと、ミールは泣き崩れて、そこに座り込んでしまう。

 エイルは剣を置き、何故泣いているのかすら解らないミールの肩を両手で抱く。

 「昨日。ホントは凄く悔しかった……。だって、側に居てあげられなかったんだもん……」

 そう、それは何も今日の試合だけのことだけではなかったのである。ミールの声が届かなかったのは、彼が混乱状態に陥った時のことも含まれていたのである。

 エイルは誰かの声で、静まったわけではない。強制的な眠りの元で静まり、ローズの温もりに包まれていたのである。

 「ゴメン……」

 誰が一番大事なのか、エイルもそれはよく解っている。彼自身の迷いは決して小さなものではない。そして、それは、これからの彼等にとって、大きな問題といえる。そして、力を制御できず危うく、人一人の命を奪い賭けたことに対する戸惑い。また誰かを強く傷つけてしまうかもしれないという恐れ。

 そんな状態になるのは、仕方がないことだと、ミールは理解している。だが、そんな彼の力になれない自分が悔しかった。叫ぶ声すら届かないことが、辛かった。

 エイルはミールを抱き寄せてその温もりを感じた。

 戦いに挑む男達の場に、それは相応しいものではないのかもしれない。だが、これほど彼女の温もりが大事に思えた事がない。解っていたはずだった。

 ミールの肩がすすり泣いている。それが、どれだけ悲しいことなのか、リンクする感情が教えてくれる。

 「ミール。俺はどうすればいい?手の震えが止まらない……」

 「ぎりぎりまで、私のことだけ……考えていて……」

 ミールはエイルに強く抱きつき、体温を伝える。

 そこには、罪悪感のない安らぎのある暖かさがある。

 譬え十秒でもいい。エイルは眠りにつくような感覚で目を閉じ、自然にそれを受け入れた。

 ミールの体温と触れあった部分から伝わる鼓動の感覚だけが、彼を包んだ。周囲の雑音が、自然と消えてゆく。

 「時間だ……」

 ルークの低く、とぎすまされた声が、エイルを現実に引き戻す。

 その間、どれだけ手の震えが止まっていたのかは、解らない。だが震えていることも、忘れていた。

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