第3部 第11話 §8  インターバル

 恐らくこの震えは、この試合中に克服出来はしないだろう。

 「力は極力出さない。このままでいい……」

 エイルがハッキリと口にする。だが、ヘンリーから見れば、それは手を抜くという意味に捉えることが出来る。だが、実際はエイルが精霊に向けて発した言葉であり、自分に言い聞かせるものであった。

 その言葉に、我を忘れるほど、ヘンリーは愚かな男ではなかったが、認めてはならない存在がその言葉を発したことは、彼の誇りを大きく傷つけた。

 「小僧が!!」

 力強い雄叫びを上げながら、ヘンリーは渾身の力をエイルにぶつける。エイルはそれを正面から受け止める。

 それは決して軽い攻撃ではない、エイルも力を込めて受け止める。重みはあるが、決して負けることはない。しかし、受ける手が震えている。剣と剣がぶつかり合う部分から、エイルの中の恐れを伝えるように、細かく金属が擦れあう音がする。

 「腕が震えているぞ!」

 力んだ歯の奥から、ヘンリーはエイルを詰る。

 エイルはそれに対して何も答えない。それは偽ることの出来ない現実なのである。

 力の入りきらないエイルをそれ以上押せないヘンリーがいることも、また事実なのである。

 そして、少しずつエイルが足を前に動かし始める。それと同時にヘンリーの呼吸が荒くなり始める。

 酸素を消費しすぎた体が、それを求めているのである。それとは対照的に、エイルは一片の呼吸の乱れもない。

 そしてエイルは、力一杯剣を振り切り、ヘンリーを弾き飛ばす。

 ヘンリーは、両足をつき左手をつき、滑る体を止める。本当ならば上体が反れ、後方に転倒しても決しておかしくないものだったが、彼はぎりぎりのところで、その威力を殺したのである。

 だが、体力のぶつかり合いで、完全に圧倒されている。呼吸の乱れが治まらず、ヘンリーの肩は大きく上下している。

 「何もたもたやってんだ!昨日みたいにやっちまえよ!!」

 観客の中から、突如そんな声が聞こえる。

 それはエイルの中に、昨日の光景をフラッシュバックさせるのに、十分なことだった。

 肉がつぶされ骨が砕ける音が、彼の耳の奥に響き渡る。その瞬間、小さかったエイルの腕の震えが、非常に大きくなる。

 「エイル!試合に集中して!」

 叫ぶミール。だが、その声はエイルに届かないでいる。

 次の瞬間。ヘンリーはエイルの隙をつく。

 完全に茫然自失にあるエイル。失った戦意が矛先を地面に向けさせる。

 そして、完全に戦意を失ったエイルに、ヘンリーの剣が突き刺さろうと下瞬間であった。

 「エイル!前をみて!!」

 高いミールの声。彼女は、喉が張り裂けそうなほど必死で叫ぶ。瞬間。エイルの意識が戻る。

 際どいタイミングでエイルの剣がヘンリーの攻撃を防ぐが、恐れのあまり、エイルは防戦一方になる。

 「んだよ。今日のアイツ切れ悪すぎ!」

 スタンドで、いらいらし始めていたのはイーサーである。この期に及んで、そんなことを言い出すイーサーの脳天にローズの拳骨が落ちる。

 「本当の戦闘は泣き言なんていってたら、あっという間に死んじゃうんだから……」

 エイルが負けることがないのは、それだけヘンリーが格下の相手であると言うことである。

 しばらくの間、ヘンリーの猛攻が続く。だが、それでもスタミナの限界は訪れる。攻め続けることは決して容易ではないのである。エイルが倒れてくれる相手ならいい。

 だが、エイルは気を動転させながらも、それを全て防いでいるのである。ほとんどそれは、反射的な行為に等しい。

 やがて攻め疲れたヘンリーが、エイルから離れ、広く間合いとを取り、乱れた呼吸を整え始める。

 防戦一方であったエイルも、思い通りに動かない肉体と、バランスの欠いた精神状態のため、酷くスタミナを使っている。彼の肩もまた上下し始めている。

 ルークから見れば、何ともつまらない試合だ。

 ヘンリーの攻めを警戒し、正面に構えるエイルの手は、酷く震えている。

 「くそ!止まれよ!!」

 エイルは、二度ほど剣を舞台の石畳に叩きつける。

 「うおおお!」

 今度は逆上気味に剣を振り回し、ヘンリーに突撃を賭ける。

 エイルの太刀筋は速く鋭い。重量感のあるグラントの剣とは違い、まるで弾きとばされるような衝撃がその特徴である。だが、エイルの狙っているのはガードの堅いヘンリーの剣のみであり、消して彼の届くものではない。

 それでも、ヘンリーの体力を削るには十分なものである。

 守りの後の攻撃。一般の目には達人同士の激しい攻防に見えている。互いに耐えしのいでいるその姿は、力の拮抗に見えている。

 破壊力のあるエイルのあの攻撃が出ないことに、下品な野次馬の歓声だけが益々強調されるように共感めいて、歓声と入り交じり、響き渡っている。

 「あの子、相手が見えてないわ……ミールの声も聞こえてない……」

 残念そうなローズ。たった一人の観客の声に、完全に動転させられている。それは覚悟しておかなければならなかったのだ。

 少しの間、埒の開かないエイルの攻めが続く。

 「待て!」

 突如ルークが剣を抜き、エイルの攻撃を止める。

 彼がそうしたのは、あまりに先の見えない攻防だからだ。こうしたケースは珍しい。このまま攻め続ければ、確実にヘンリーが体力を失い、勝敗がつくはずだからである。

 「はぁはぁ……」

 力みすぎたエイルの呼吸が乱れている。

 「ガキの喧嘩じゃねぇんだ……、頭冷やせよ」

 低く凄みのあるルークの声。彼はそう言うと同時に、エイルの剣をはね除ける。

 「五分のインターバルだ!」

 ルークのそれに、観客がざわめく。今までインターバルなど取った例などない。時間と力が許す限り、互いの力を出すのが、大会の通例である。

 それだけ、この処置は異例中の異例だった。

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