第3部 第11話 §7 それでも戦う事は出来るのである。
シンプソン=セガレイ市長の、ガーディアンであり、最強の戦士と呼ばれる彼がこの大会に姿を表したのである。その厳しい眼差しは、狙った獲物を逃さない鋭さを持っており、強者と呼ばれる者達ですら、その眼光で、体を硬直させると言われている。
そしてルークはなにも言わず、漆黒のマントを翻し、速い足取りで武舞台に立つ。
「御託は抜きだ。やるぜ……」
低く凍てつくルークの声が、ヘンリーを緊張させる。
それはルークがどれほどの人物なのか、ヘンリーが理解しているからである。
「この名誉、決して忘れはしません」
跪き深々とルークに頭を下げたヘンリー。
大半の者はルークに近寄りがたく感じでいる中、このように剣士として崇拝する者もがいることも、また事実なのであった。
「御託はいいっていってるだろ。立て」
ルークは、一度頭を下げるヘンリーにジロリと視線を送り、それからエイルにも同じように視線を送る。
頭を下げているヘンリーと違い、エイルは彼と視線を合わせることになる。
だがルークは、僅かの間エイルと視線を交えただけで、今度はスタジアムのスタンドの中程をじろりと睨むのであった。
恐らく常人ならば、確実にそれがそこにあると理解するためには、少しの間集中力を要するだろうが、ルークは直ぐにそこに視線が行くのである。
ルークがしばらく見つめる先をエイルも見つめる。
「アイツ……」
エイルが見たのは、周囲より一つ頭の出ているサングラスをかけた銀髪の男性と、その横に座る紅の頭髪を持つ女性。そしてなにより彼の仲間がそこにいる。そう二人はドライとローズである。
「ふん……」
ルークは、不機嫌な溜息をはく。
「ふん……」
ドライもそれが面白くないようであった。。
スタンドを見たルークの視線を不自然に思ったヘンリーもスタンド見るが、何に着目していたのかは理解できない。
「構えろ、始めるぞ……」
ルークはは、一般の審判員が指示するような礼などは求めない。
静かなルークのその一言で、両者はそれぞれ互いの剣を構えるが、ヘンリーが腰元のロングソードを抜くのに対して、エイルは右腕を真っ直ぐ相手に延ばし、指先に精霊を導く。
だが、剣を持った瞬間エイルの手が震え出す。
いや、すでに震えていたのだが、剣を持つことにより、その矛先が彼の手の震えをより鮮明にさせるのであった。それは誰が見ても、明らかに昨日の試合を引きずっているのが解る様子だった。
「戦えるのか?」
「戦えるさ……」
端的なルークの問いに答えるエイルである。眼光はトラウマに押しつぶされていない、鋭さが戻っている。だが、体が拒絶反応を示している。
ヘンリーもルークと同じ問いをエイルにしたくなる。
「始めろ」
ルークは、静かに数歩後ろに下がる。
それが試合開始の合図である。だが、エイルは昨日のように魔力を剣に纏わせたりしない。それが今のエイルの状態である。
先手はヘンリーが取る。真正面からエイルにぶつかり、互いの剣を競り合わせる。
確かにエイルの手は震え、的確な攻撃を定めることが難しい状態にあるだろう。それに力も入りきらないはずである。だが、それでも十分な鍛練を積んだヘンリーの剣を受け止め、競り合うことに負けていない。
受け止め確実に威力を封じている。
エイルの動きは、確かに鋭さはなかった。ルークにもそれは解っている。
ヘンリーは、一度競り合いを止め、直ぐさま右から左からと攻撃を仕掛けてくる。エイルの剣に揺さぶりをかけているのである。そうして、彼の隙を作り出そうとしているのだ。
目はよく見えていた。エイルは、反応の鈍い体に苛立ちながらも、ゆとりを持ってそれを受ける。
「戦いの重さも知らぬ少年が!!」
嫉妬と苦痛の混じるヘンリーの声。剣を握ると言うことの意味を知る男の言葉である。そして実力の出し切れないエイルが、それでも自分と対等に渡り合えることの、疎ましさ。両方の思いがエイルにぶつけられるのであった。
攻撃はより激しさを増すが、エイルの目は、全て捉えている。周囲にはヘンリーが攻め、エイルが受けに回っているように見えただろうが、事実はそうではない。
ここで、一度攻防は解かれる。
埒の開かない状態を、ヘンリーが嫌う。
その隙にエイルは、スタンドを見る。それはドライとローズがいる方角である。
それは、ヘンリーにとって屈辱である。試合をしている自分をよそに、エイルが他に気を取られているからである。それは決して許される行為ではない。
隙を見せたエイルに、制裁の一撃を加えるべく、ヘンリーが猛スピードで矛先を突き立て、突進してくるが。
エイルは、全くそれを見ない状態で。剣を盾にし、受け流し、突進を逸らす。
すかされたヘンリーが、体勢を崩しかけ、体制を整えつつ、エイルとの距離を取り、構え治す。
エイルは視線こそ逸らしていたが、試合そのものから、集中を解いていた訳ではなかったのである。
そのころにはすでに、ヘンリーの息が上がり始めている。
「姉御達は、戦いの重さって、知ってんのかな」
エイルには、二人が遠くから自分を見守っているように思えたのだ。いつも何かと面倒そうに欠伸を一つ入れてから、動き出すドライと、その尻を叩くローズ。その周りには、イーサーとリバティ。グラントとフィアがいる。もちろん自分達もその一員である。
サングラスをかけたドライの表情は今ひとつ解らないが、ローズが視線を合わせてくる。
恐らくローズは、どんな結末であろうと、自分を迎え入れてくれるような気がした。
エイルはハッキリと気づいているわけではなかったが、それが恐らく帰る場所というものなのだろう。
エイルは、再び震える手を見つめる。
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