第3部 第11話 §6 ホーリーシティ大会 自由枠決勝
二人が、リビングに姿を現したところで、ドライもローズもグラントもフィアもいないのである。
「もう!」
リバティーは顔を赤らめながら、メモを丸めて、その場で塵と化してしまう。魔法である。ローズのメモは何かと未成年には生々しい表現が書かれている事が多い。
ただ現実的に理解できたのは、みんな出かけており、二人分の食事が用意されていると言うことである。
「えっと……」
イーサーは、テーブルの料理より、キッチンの方に歩いてゆく。
「あったあった」
嬉しそうなイーサーが冷蔵庫から見つけたのは、コーンポタージュである。ローズがただ朝食を並べて終わりではないことを、彼は気持ちで理解している。
リバティーがキッチンを覗き込む頃には、イーサーはすでにそれの入った鍋をコンロにかけている。
「そんなのメモに無かったけど……」
「へへへぇ~~」
とイーサーは自慢気に笑っているが、基本的に彼が大人しく食事を待つタイプではなく、空腹の衝動に駆られて、冷蔵庫を物色する癖があるからである。イーサーの行動がローズに把握されている証拠である。
万が一それが見つけられなくても、テーブルには十分な量の食事がある。
リバティーはイーサーの横で、目覚めのコーヒーの準備をし始める。
といってもインスタントだ。
三〇秒もあれば、準備できてしまう。
二人は朝食を食べ、準備を整えると、スタジアムまでの道のりを歩いてゆくことにする。
住宅街からメインストリートに行くと、沢山の出店がある。街の所々には、臨時に設置された巨大なスクリーンがある。
コマーシャルが流されており、どうやら、試合は行われていないようだ。
予定ならば、正午から市民枠決勝が行われ、エイルの自由枠は夕方あたりになるであろう。
「屋台でも十分に食べれたね」
とリバティーが言うほど、飲食関係の屋台がずらりと並んでいる。
試合会場に行けなかった人たちが、あちこちで屯をしながら、巨大なスクリーンに目をやっている。
二人は少々人混みにペースを乱されながらも、スタジアムまで向かう。
「あ、ママ?」
リバティーは、そんな中で携帯電話でローズに連絡を入れる。
目が覚めたことと、彼女らの現在地を聞くためである。
リバティーは連絡と取り終えると、電話を切る。
「で?」
「ん?うん。ママ達は会場にいるって。私達の分もちゃんと確保出来てるって、どうやったかは、聞かない方がいいかも……グラントさんもフィアさんもそっちにいるって」
リバティーは苦笑いをする。恐らくそれはドライも苦笑いしてしまいそうな手段なのだろう。
エイルは、ミールだけをそのそばに置いたのだ。
エイルの心理状態はイーサーが思っていた以上に酷いようだ。
エイルの手が震えて止まらない事実は、二人はまだ知らない。もちろんグラントもフィアも知らずにいる。
ただナーバスになっているのだという認識だけがあある。
「せっかく出店こんなにあるんだしさ!もっとみていこーよ!」
試合までは、まだまだ時間がある。リバティーは気分転換を兼ね、にぎわいを楽しむことを提案した。
「そうだな」
イーサーにも、異論はない。つまみ食いの王道のような、屋台巡りを堪能することにする。リバティーがイーサーの手を引き、歩き始めるのだった。
ホーリーシティー自由枠決勝が始まる少し前になる。
市民枠で優勝したのは、テラスコット=マルティネスという、若者だ。年齢は彼等と変わりがない。
エイルは剣を握るが、腕の震えが止まったわけではない。
「くそ……」
エイルが集中をとくと、剣は精霊の姿であるイクシオンに戻り、エイルの肩にその姿を移す。
エイルは乱暴にベンチに腰をかける。
「大丈夫だよ……きっと」
ミールはエイルの手を両手で包み込み、頬を宛がうのであった。
ミールの頬の温もりがエイルの震えた両手に伝わる。
エイルは、その震えでこの試合に負ける気がするわけではなかった。そのことに対する緊張はない。ただやはり、その震えで動作に正確性を欠いてしまうこと。相手を傷つけてしまう事への危惧への、苛立ちがある。
「エイル、そろそろ時間だよ……」
ミールは握りしめた両手にキスをする。手の震えが少しでも止まるようにと、願いを込めたものである。
しばらくの間そうした、時間が続く。
エイルは、そのキスを受け、ベンチから立ち上がる。
全ては自分の選択肢である。逃げるも戦うも、続けるもあきらめることも。
「いくか……」
エイルは歩き始める。ミールもエイルに続き歩き始める。
選手通用口から、武舞台へと続く入退場口に向かう。
そこにはすでに、この大会自由枠本命と謳われた、ヘンリー=ユリウスⅧがいた。白金の柔らく長い髪を、一本に束ねている。凛々しい表情と心の強そうな眉をもっている。
鎧は赤く、金や銀の装飾も細やかに施されている。恐らく貴族階級の人間なのだろう。ホーリーシティーや、エピオニアでは、こうした人種の出場も珍しいことではないということだ。
グリーンの瞳は、エイルではなく真っ直ぐ武舞台の中央を見つめている。
恐らく彼、いや彼等にとってその場所は穢されてはならない場所なのであろう。
ヘンリーはエイルと視線を交えようとしない。それはエイルも同じである。そして互いの見ているものも違うようだ。
やがて入場の時間が来る。
二人は、その間一度も会話をしない。
二人が武舞台に向かい入退場口から姿を現すと、割れんばかりの歓声が巻き起こる。だが、その中からはエイルに対する野次も混じっている。
舞台中央に来るにつれ、その野次は歓声に紛れ渾然となり、一つの音となってゆく。
だが、次の瞬間、熱気の歓声が静まりかえり、ざわめきに変わるのであった。
その主が、エイル達とは逆の出入り口から姿を現すのであった。
「ルークだ……」
誰かの声がそういう。
その声に反応したのは、エイルよりもヘンリーであった。
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