第3章 第11話 §4 遊びのルール
ミールは正直、ローズの行動を理解出来ない部分を感じていた。
それ以上に自分の力不足を痛感していた。
なぜ、ドライがそれを許せたのか、理解できずにいた。
ひょっとしたら、ローズとエイルの間に睦み事があったかもしれない。
心細くなったエイルが、苛まれる思いのやり場を誰かに求めても不思議ではないのである。
もし、ミールがその場にいたとしたら、恐らく彼は彼女を愛する者としてではなく、ただの慰み者として腕に抱いていただろう。
それもまた絆ではあるが、痛みでもある。そしエイルの苛みは決して一夜だけで終わらないものでもある。彼のそれが癒されるまで、彼女はそれを受け止め続けなければならない。それはやがて耐え難い痛みを生み出すことにも繋がりかねない。
ローズの行動が正しいとは思いがたい。ただ、それがエイルに時間を与えたことは、確かなのである。今夜のエイルはどうなのだろうか?震えに苛まれるのか、それとも以前の彼に戻れるのか?
「アンタ……なに考えてんだよ……」
エイルは、ホッとしたの声で、自分が取り返しのつかない、状況をその手で食い止めることが出来た安堵感で、脱力感に満ち、その場に座り込む。
「ま、何かあっても、ドライがいたし、まだ死にたくないしね」
ローズは、再びクールな笑みを浮かべ、レッドスナイパーを腰元の鞘にすっと収める。
「でも、留められたでしょ?いい?どんな状況でも、斬らなきゃならないときと、そうでない場合がある。遊びのは遊びのルールがある。アンタはそれを無視したの。解る?大会はアンタにとってなに?」
「大会は……俺にとって……」
エイルは、少しそれについて考える。
「俺は、本気だ!大会は、遊びなんかじゃない!」
「じゃないでしょ?ん?」
ローズはエイルの前ですっと座り込み、彼の両頬をその手で包み込み、魅惑的な視線を彼に送る。
ローズには粗野な面そして、妖艶な面がある。そして過剰なまでの愛情がある。見つめられるだけで、夕べの温もりと柔らかみを思い出してしまうエイルは、顔を赤くして、動けなくなってしまう。
「恋も遊びも本気は、本気よ。あなたの力は、遊ぶためのものかしら?」
エイルの望んでいた強さ。それは今ローズが言ったような力なのかもしれない。いや、そうではない。彼女が言う遊びとは、常人達が腕を競い合うその世界である。だが、彼の求めた強さの頂点が、そこだったのかもしれない。
しかし、この大会に出る事が決まる前から、すでに強さに対する自信はあったのだ。
もし機会が与えられれば、消して負けることなどないだろう、と。
そしてそれは、彼のイメージ以上に容易いものであり、またそれ以上に、より憧れ、引きつけられる力を持つもの達が、そこに立っている。それもまた紛れもない事実である。
「さぁ時間よ。試合はまだでも、いろいろあるんでしょ?」
「ああ……」
エイルの手の震えは、決して止まったわけではない。だが、ドライもいったように、それは敗北の要因となり得ないのである。それだけの実力差がすでにあるということだ。
エイルは再び立ち上がり、震える手をじっと握り、見つめ続ける。
「準備するよ……」
エイルは、ゆっくりと屋内に戻り、浴室に移りシャワーを浴び、じっくりと気分を落ち着けることにした。集中している時には、手の震えが治まっている。
それは勝つための集中ではなく、無駄に相手を傷つけないための集中である。
汗が一通り洗い流されると、エイルはシャワーを止め、濡れた体を拭き、身支度を調え始める。
浴室を出ると、ミールが座り込み二匹の精霊獣と待っている。
「行こう……」
エイルはそれだけを彼女に言う。
「ホントに、みんな起こさなくていいの?」
「いいさ……。夕べ俺のせいで、寝られなかったからな。いくら何でも、夕方には起きてんだろ?」
そう、エイルの参加している自由枠の決勝は、昨日のハプニング、急激な激しい雨のため順延されていたのである。
準備が整い玄関に向かうエイル。どうやら彼は控え室に、他の者を入れるつもりはないらしい。
彼自身、整理しきれない事柄がたくさんあるのだ。
特にリバティーとは、気まずい思いをしてしまっている。自ずとイーサーとは、雰囲気が良い状態ではなくなる。
グラントとフィアだけを起こして連れて行くのも、二人だけを避けたように思えて、良い選択肢だとは思えない。
エイルは、ミールとだけ、会場に向かうことにした。
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