第3部 第11話 §3 荒療治
庭先に出たローズ達。剣を持っているのはローズだけである。エイルはまだ、精霊を武器化させていない。
エイルはローズに向かって指先を真っ直ぐ伸ばす。だがその時点ですでに、動揺し始め、指先が震え始めている。だが、それはまだ十分恐怖心と戦えている状態である。
肩に乗っていたイクシオンが金色の光のたまに変化し素早くエイルの指先に絡むと同時に剣へと変化する。
エイルは、剣を落とさないようにするため両手でしっかり柄を握りしめる。
だが堪えようとしている動揺が矛先に伝わり、ガタガタと震えている。
「オメェなら、それでも十分勝てるだろ?」
ドライは面倒くさそうに欠伸をする。
そんなところに、問題点があるわけではないことは、ドライも十分に解っているが、今日明日矯正する必要もないだろうと思ったのだ。
「ダメ……。人を斬ることに怯えた剣なんて、死んだも同然。普通の人間は覚悟があっても人を傷つけた記憶に苛まれるもの。アンタは、覚悟がなかった。向かい合う相手の心を受け取らなかった。だから、その結果に心が耐えられないのよ。ホラ時間がないわよ。もし今日の相手を同じように傷つけたら、どうするの?乱れた心が恐怖心を膨張させて、剣にそれが伝わったらどうするの?」
時間がない。そしてローズは間髪入れずエイルの思考が追いつかないほど、結論を急ぐ。
そう、大会は順延されているが、それでも時間は夕方までしかない。
ローズは、キャミソールにローライズジーンズにパンプスと、とても剣士としてのスタイルではない、だが握られたレッドスナイパーの矛先には、全く乱れがない。ただ、だらりとぶら下げているその剣には、一つの意思があるのだ。
「大丈夫。アンタが暴走しても、かすり傷一つ付けられやしないから」
ローズは、クスリと息を漏らしながら、きりっとした笑みを浮かべた。自分達にはそれだけの実力差があると、彼女は言いたいのだ。
エイルは、一瞬頭に血が上り、思考が硬化してしまいそうになる。
精霊の力を爆発させても、それが届かないというのだ。
だが、現実には、ローズに矛先を向けようとすると、それですら手が震えてしまうのである。
体が完全に他人を傷つけることに大して、拒絶反応を覚えてしまっている。そこには選択肢がないのである。
「エイル……」
ミールが、剣を振るえなくなってしまった彼を心配そうに見つめる。
「ち……」
そんな無様な姿をミールに見せてしまっている自分が悔しいエイルは、舌打ちをして強がってみせるが、矛先は震えている。
「やるしかねぇんだよ!」
それがエイルの気持ちである。そのために自分はここに立っているのである。
それがどれだけ、結末の見えた大会であろうとも、その道を通ろうとしているのである。そして、その先にはグラントが待っている。彼もそこへ行かなければならない。
エイルは特に精霊の力を使うわけではなかったが、力一杯ローズの剣に自分の剣を叩きつける。
それを受けるローズは、熱いエイルの想いとは別に、冷静な目をしていた。利き腕で掴んだ剣をしなやかに裁き、そのすべてを受け止める。
そしてほとんど立ち位置から動くことはない。
それほどまでに、二人には実力差があるということである。
精霊の力を使わないエイルの攻撃ではあったが、それでも確かに、速度圧力共に常人より遙かに秀でている。だが、ローズに比べその技術はまだ未熟であり、力の極限を発揮していない。
ドライはそれを、壁にもたれながら退屈そうに欠伸をしつつ、待っている。決して見放しているわけではない。
泣き喚いても、全ては彼が起こした行動に基づく結果なのである。今はローズに任せるしかない。
エイルが躍起になり始めている。ローズが全く立ち位置から動かずに平坦な視線で、彼の攻撃を全て防いで、呼吸一つ乱していないからだ。
それは同時に彼が集中し始めているということでもある。
腕の震えが止まり、太刀筋も安定し始めている。
次の瞬間冷淡だったローズの表情が変わる。攻撃的な視線ではない、ニコリと微笑んだのである。
それは、今正にエイルがローズに攻撃を仕掛けようとした瞬間のことである。
エイルはその表情に一瞬意識を奪われ、矛先への集中を乱す。だが特に指先が震え出すわけではなかった。
次の瞬間ローズに防がれると思っていた攻撃だったが、ローズは、剣を下に下げたままそれを動かそうとしない。
一秒にも満たない間の出来事である。エイルの剣は確実にローズの首元へと走ろうとしている。
意識は刹那の時間を経て、動作に反映される。
エイルの剣が止まったのはローズの首の皮膚を僅かに切り裂いた直後のことである。
しかし、それと同時に、ドライがエイルとローズの間に入っており、今にもエイルの剣を掴もうとしていたのであった。
「ま、合格って……とこかな?」
ローズはクールな笑みを浮かべながら、震え一つ見せない。
一方エイルは、冷や汗を流す。
後一歩間違えれば、彼は確実にローズの首を刎ねていたのである。それを見守ってたミールの心臓も、今にも飛び出そうに、脈打っている。言葉が出せず、胸の前で握りしめられた両手の掌に汗が滲み出している。
「ったく……オメェはよ……」
ローズが何故、わざわざドライを連れ出したのか?それがハッキリと示された瞬間でもあった。
「壁がへこんだろうがよ……」
ドライが、もたれていた壁には、彼の膝より少し下と思われる位置に、蜘蛛の巣状の亀裂が走っていた。
「ふふ……私の首と家の壁、どっちが大事?」
ローズは笑っている。愚にもつかない比較である。ドライはひやりとした表情はしていない。
それは予めローズが何かを考えていることが解っていたからである。こんな時はだいたい馬鹿なことをしでかす。それはお互いによく似た部分なのだろう。
「ほら……、剣を引いて。意識をしっかりともって……」
エイルは、言われて初めて剣を引く。ローズの首から剣が離れ、安全な位置にまで行くと、エイルは脱力感のある息を吐き。剣を下ろす。
すると、再び手が震え始める。
「ドライ。あとで、ケアしてね」
ローズは少し血のにじみ出ている首筋を指先で触れながら、愛しい人に穏やかな視線を向けた。
「解ってるよ……」
二人には四〇年近くも共に過ごした阿吽の呼吸がある。それは信頼で繋がり愛情で結ばれている。ミールはそんな二人の凄さを感じずにはいられなかった。
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