第3部 第11話 §2 朝
エイルが向かったのは、リビングである。リビングはキッチンと繋がっている。彼がそこに向かったのは言うまでもく、何か食事がないかを探しに行くためだ。
彼はあの試合以降何も食事をしていない。
エイルは、余りに多い昨晩の情報量に苛立ちを感じつつ、歩幅を大きくい、普段よりも早足でそこへたどり着く。何も言わず、リビングへと通じる扉を開くと、そこにはミール一人が、テーブルに一人伏せて、転た寝をしていた。
だが、苛立ちの混ざる扉の開閉音で、彼女は目を覚まし、少し眠たげにその方向を見る。
「あ……おはよ!」
ミールは目を擦りながら、にこやかな顔を作り、直ぐにキッチンへと、向かうが足をふらつかせる。
「ちょっと早起きして、ご飯つくってたんだ。エイル何も食べてないでしょ?だから起きてくるとおもってたんだ」
「あ……あぁ」
エイルは、あっけにとられて事実に反する返事をしてしまう。彼は、妖艶な誘惑に怯えて目が覚めただけなのである。そして時間と記憶の不連続、未だ両腕に残る破壊的な感覚に苛立ち、起きただけなのである。
食料を得たいという事柄に関しては、確かに間違っていなかった。
驚いたエイルは、とりあえずおとなしく席に座ってしまう。目はキョトンとしたままである。ここでもまた彼は、先ほどの苛立ちを忘れてしまうのである。
「へへぇ」
次にミールがトレイに乗せて運んできたのは、暖かい湯気の立つポトフである。そしてパンと、バター。
鶏肉と野菜がコンソメスープで煮込まれた香りが、彼の鼻を擽る。
「パンもあるよ?」
「あ、ああ」
エイルは、それしか返事が出来ない。
その空間には、二人しかいない。
「姉御……は?」
エイルは少し気まずい思いを感じながらも、いち早く起きていたミールにそれを訪ねる。
「姉御は、入浴中だよ。アニキと……
「そっっか……」
エイルは、何故かホッとする。
「一時間も経つけどね」
ミールはニコニコとしながら追加の一言をいうと、エイルは一瞬ポトフとその具を喉に詰まらせそうになる。
「あ、彼奴らは?イーサー……お嬢……」
エイルは次にもう一つ気になることを口にする。
「あは。まだ、六時だよ」
「なら、もう起きてるだろ。トレーニングとか……」
混乱の間にも見せるエイルの行動の正確がそこにはあった。時間や行動のスケジュールはいつも彼の仕事であり。みんなそれを頼りにしている。
この日は、その予定が崩されていることになる。
「お嬢とイーサーは、ほら。アレだしさ」
ミールは、二人の行動を濁しながらも、エイルにそれを悟らせる。
「グラントもフィアは、わかんないけど……うん。みんな少し疲れちゃってるみたい」
ミールは少し言葉を重くした。その原因は、エイルにあるのだ。ミールはそれ以上言わない。エイル自身もまた、混乱した大会直後の記憶から、ローズと向き合うまでの記憶がない。
「そ…………っか」
エイルが、食事をしていると、イクシオンがいつの間にかテーブルの上に乗っている。
彼等は特に人間が欲する食事を必要とするわけではない。彼が必要なのは、主人の保有している魔力である。だからこのように、皿の横にいることは珍しいことである。
そして、そうしてそばに座られていることは、食事の催促のようにも思える。
彼と同じものを食したいという願望の表れだろうか。
エイル自身もそうしてそこにいられることは、食べている気がしない。
「わかったよ……」
エイルは少しウンザリしてそれに答える。
「ミール。此奴にもたのむよ……」
この日のイクシオンは、何気なく表情を見せることが多い。まるで自分の存在を顕示しているかのようだ。それは我の強く出たものではない。
フィアの持つイーフリートのゴン太は、正しく自分の理性を持っている。あまり出しゃばったり騒がしい様子は見せないが、それは誰が見てもわかるものだ。
彼等もやはりそうなのだろう。だが、新たに加わった彼等がここまで明確な意志を示すことは、初めてである。
ミールは、少々その存在に手を焼いたようなエイルの表情をおかしくおもいながら、彼の望むようにする。
「はぁ~~~良いお湯だったわぁ」
ウットリと満足げなローズが、ゆっくりとリビングの扉を開け、そこに姿を現す。
下はいつも履き慣れたジーンズだが、上は赤のキャミソールである。
エイルは、反射的に彼女を見るが、直ぐに意識が固くなり視線をそらし、食事の方に向く。
「あら……起きた?」
ローズはタオルで髪を拭きながら、エイルの向かい側に座る。
彼女の髪からはほのかに香るシャンプーの香りがする。
風呂上がりで重たげで艶やかなローズの髪色。心地よさに柔らかくなった目元。静かに流れる凛々しい眉。そしてきめの細かい柔らかな白い肌。雰囲気は二十代半ばの女性だがその肌は十代の女性と変わらないほどみずみずしい。いや、それに加えしっとりとしたものがある。彼は夕べその肌に触れている。
「どう?」
ローズはエイルの表情を知るためにのぞき込むが、キャミソール姿のローズを意識したエイルは、わざとクールさを装い。食事に集中しようとしている。
「悪かったな……、世話かけた……」
ローズはクスリと笑う。
「手……震えてないわね……」
ローズは、故意にそれをエイルに意識させようとする。
エイルもそれに気が付く、何気なく気が他の事へ紛れていると、それは治まっているのだ。だが、意識させられると、手に違和感を覚える。
この時、彼の手は震えてこそいなかったが、その感覚が正しいのか理解できず、持っていてスプーンを置き、何度も握っては、手を広げてみる動作を繰り返す。
「表出るわよ……」
ローズの表情は少し厳しさを取り戻し、スクリと立つ。
それと同時に、ドライがリビングに姿を現すのだった。
「腹へったなぁ……」
ドライの方はまだ眠気が取れない様子であった。
「ご飯はあと……付き合って……」
ローズは、ドライを連れ出すため、彼の手を取り、エイルに視線を送る。
彼女が何を言いたいのかエイルは十分に理解している。昨日の今日でトラウマから解放されることはない。剣を握ったときに、自分自身どれほどそれに、苛まれるかエイルは、まだ知らない。
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