第3部 第11話 §最終 彼の人格 Ⅱ

 イーサーという人格が、まるで水のように流動的に物事を受け入れられるものだとしたら。恐らく彼はそれに深く悩むことはないのだろう。そしてそれが、後天的に彼が人生で経験をもって得たものであれば、問題はないのである。

 だが、それが強制的であったり、先天的に何らかの手段をもって、形成されたものなのだとしたら、確かにセシルの言うとおりなのだ。

 「でも、やっぱりイーサー君は、イーサー君!!」

 レイオニーは、イーサーの存在に対して否定的なセシルに対して、握り拳を作って、強くそれを主張する。

 「そうねぇ。でなければ、私達だって、空虚な存在だって思わなきゃいけないことになるものね……」

 レイオニーはそのとき、なぜ、セシルがイーサーに対して、潔癖な拒絶反応を示すのか、その一端をかいま見たような気がした。

 彼女は客観的に自分達を見ているような気がしてならなかったのだろう。

 過去彼女は、シルベスターの子孫であることを、誇りとして生きていた時期がある。だが今は違う。

 しかし、彼を見ると彼女は、そこに固執していた自分を、不意に思い出したりしてしまうのだろう。そして、自分の意思で戦っていたことも、全てはクロノアールとの宿命の戦いのために、あったものなのだということを、感じてしまう。

 「あ、そうだ♪今度、彼のサンプルもらわなきゃ……。髪の毛とか、皮膚とか……それに……遺伝子情報とか……あ、これは、リバティーちゃんの許可を得ないとね♪」

 サディスティックで、マニアックな笑みをレイオニーが浮かべる。彼女にとって、全てのものがサンプルであり研究材料である。特に学業を終えてからのレイオニーの好奇心旺盛ぶりは、マリー=ヴェルヴェットの全盛期に匹敵、いや、それ以上のものだといえる。

 知的で緻密な部分を持つレイオニーの反面である。セシルは、時々彼女のこういう一面について行けなくなり、苦笑いを浮かべるしか無くなってしまう。


 時を同じくして、昨日の惨事があったとは思えないほどの、ホーリーシティー、市街地。

 街中に出歩いている一人の女性がいる。

 ブラニーである。

 彼女は、本を読む以外は、買い物をしていることが始終である。

 目的はない。特に好きなものは、果実である。

 芳醇で甘く爽やかな香りを放つものから、食欲に直結するものまで、心ゆくまで堪能し買い求めて行く。

 尤も、その量は食べきれるほどの量で、無意味な消費はしない。

 クロノアールの子孫である者。彼女はその事を自負しており。文明に交わりつつも、その日の食べ物はその日にしか買わない。

 まあ、冷蔵庫の中で保存が可能なものは、別である。

 腐らず、旬なものを楽しむ。それが彼女流である。

 「いいわね……グレープの香り……」

 ブラニーは、直ぐに手にとって、香りを楽しむ。それは太陽の恵みと、自然の養分を十分に得て育った果実である。

 「ふふ……」

 ブラニーは直ぐにそれを買い求める。

 「ああ、ノアーがケーキ用のイチゴをほしがっていたわね……」

 ブラニーは、イチゴを物色し始め、その場で一粒試食をするのであった。開かれた唇が妙に上品で色っぽい。

 彼女自身は、品格教養からは縁の遠い人間であるが、決して粗野で下品な訳ではない。

 「市場で、つまみ食いかよ」

 そんな声が横から聞こえる。

 と、ブラニーはそちらに視線を送ると、そこにはドライとローズがいる。声の主は、ドライである。

 二人腕組みをして、散歩の最中であるようだ。

 すると、ブラニーは一皿を買い、それを包ませず、何も言わずローズの口に一つそれを放り込む。

 「うんうん!」

 ローズは納得して首を上下させる。

 「唐変木には味なんてわからないでしょうね……」

 わざと済ました顔をして背中を向け、もう一つイチゴの皿を買い。先ほどのグレープと一緒に、袋に入れてもらう。

 「何でぇ……そりゃ……、俺にはなしかよ……、いい匂いしてんのによぉ」

 何が、不機嫌なんだろう?と、ドライはローズに視線を送って、同意を求める。が、別にブラニーは、不機嫌なわけではない。いつものことである。

 「解ってないわねぇ。ドライは……」

 「なんだよそりゃ……」

 ローズのことはよく解っている。だが、ローズのその意味は、よく理解していない。

 要するに、もっと声のかけ方があるというものなのである。

 ローズは、腕組みしているドライの腕を何度か引っ張って、ブラニーの方に視線を幾度か送る。それは彼女を理解するように催促を促しているものであった。

 「はぁ?……あぁ」

 ドライが漸く感づいたように思えた。

 「よっと……」

 ドライは何も言わずに、ブラニーの抱えていた紙袋を浚う。

 買い物袋を奪われたからには、先に歩いて行くわけにも行かなくなったブラニーである。これで、彼女が二人と行動をする理由が出来たというわけだ。

 「ふん……」

 ブラニーは、つんとしてみせる。それが余計なことだと言いたいのだ。

 「子供達は、みんなデートよ。夕方には、勝手に来るから。気にしないでね」

 別にブラニーは何も言っていない。ローズが勝手にべらべらとしゃべり始めるのである。

 「あらそう……」

 さらりと流しているように見えるブラニーだが、ローズには彼女が、その一言で、一つの不満が解消されていることを十分にしっている。

 彼女が知りたかったことの一つなのである。

 会食を終えたエイルは、ミールと合流し、付近の公園で、のんびりとすることにした。

 リバティーとイーサーは相も変わらず、屋台街などで、つまみ食いである。値の張らないアクセサリーなどを見て、衝動買いもしている。

 問題は、勝手にペアリングをさせられた、グラントとフィアである。

 「えっと……」

 喫茶店に入ったグラントだが、これからの短い時間、何をどうして良いものやら、全く解らずにとまどっている。それにフィアとの関係は友人以上以下でもないのである。

 フィアは動じずに、アイスティーを飲んで、経済系の雑誌を一つ購入し、涼やかに目を通している。

 家庭的な作業をこなす普段のフィアとは、ひと味違う。まるでキャリアウーマンのように見える。

 「いいじゃん。のんびりしよ」

 「うん……」

 グラントはどういう訳か、メロンソーダである。

 とりあえず注文したのがそれなのである。

 「家に帰ったら、課題のレポートやらないとねぇ、グラントはなににするの?」

 「え?あ?俺は、その……流通のグローバル化による、利点と問題点。フィアは?」

 「魔法……かな、魔法学……」

 「へぇ……」

 この時代、確かに剣技大会など、武道を目指すものは、その力を用いる者は、存在している。

 その潜在の能力を秘めているものも、消して少なくない。ただ、生活上必要が無くなり、衰退しているのが、今の現状である。

 「レイオニーさんの、レポートみたことある?雑誌の……」

 「ああ。人の細胞には、魔法体という、組織があってそれが魔力の原動力になっているって……」

 「うん。割合に大小はあるけど、ほぼ全ての人間が持ちうる力だって。その辺をね……まぁ」

 「そう言えば……、俺達って、他の人たちに比べて、強いよね……」

 グラントは、まるでフィアに引き出されるように、その事実に感づく。尤もそれは前から解っていたことで、今更ではないと言えばそうなるが、昨日の事件を踏まえ、明らかに他の者とは一線を画していることを、理解させられてしまっていた。

 「そうなんだよねぇ。だから、可能性論とかじゃないんだけど……何となくね」

 フィアは、雑誌から目をそらさずグラントとの会話を逸らす。フィアはグラントが、一対一の場面にあまり得意でないことは、よく知っている。だからあえて、何気なく彼と会話を交わしている、素振りをしているのだ。

 しかし、それ以上に会話がない。

 特にイーサーとリバティーのように、始終無意味な会話とじゃれ合いを見ているせいか、その間が妙に長く思えてならない。

 「えっと……」

 「うん?」

 フィアは、相変わらず雑誌に目を向けたままである。

 「デート…………ぽく、ないよな……これって」

 グラントはローズの、「デートしてきなさい!」の一言が、妙に脳裏に焼き付いていた。ミールとエイル、リバティーとイーサーは、難なく出かけてしまったのだが、グラントだけはフィアと一緒になっても、行き先を決められずに、メインストリートにある喫茶店に入ったのである。

 「いいじゃん。別に……、グラントの良さは、こんな場所で決まるんじゃないし……」

 「え……」

 さらりと流したフィアの言葉だが、グラントは、妙にそれに照れてしまう。

 フィアは、まるで自分の良さを理解していると、明確に言っているように聞こえた。

 向かい合っていたフィアは、一度席を立ち、グラントの横に軽く腰をかけて、彼に凭れながら、雑誌に目を通し続ける。

 「ここで、もう少しゆっくりしてようよ……」

 「あ…………うん」

 頼りないグラントの返事だ。

 フィアもそれ以上は、何も言わなかったが、彼女は昨日のグラントの行動をちゃんと見ている。

 戦闘中に攻撃系の自分の動作をサポートするために、リザードマンの動きを封じたり、周囲を観察し、フィアの活動しやすいフィールドを確実に作り出していた、彼の気配りは、恐らく他の者では出来ないだろう。

 もしそれがエイルならば、チェスのように綿密な行動を要求されるだろう。

 イーサーでは、勢いで終わってしまいかねない。

 それはそれでよいのかもしれないが、彼女が求めるフィーリングとは、違うのである。

 確認せずとも解る存在感。とでも、いうのだろうか。

 はしゃぎ回る、イーサーとリバティー。使いすぎた思考を休めるために、公園で空を眺めているエイルとミール。街行く人混みを眺めているグラントと、それに寄りかかり雑誌を読むフィアが、それぞれの時間を過ごしているのだった。

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