第3部 第10話 §17 お前は人間じゃない

 「エイル……、お前何一人で考えこんでんのさ……この前からさ、ずっと気になってたんだ」

 共にアンドリューと接していたグラントが、ついにたまりかねて、エイルの本音を聞こうとする。グラントは、直ぐに気を動転させたり、たくさんの選択肢の中から一つの答えを見つけ出すことの苦手な反面、いつも少し離れて、周囲を伺っている。結論を他の者に委ねる悪癖の反面、我慢強く周囲を助ける良い面を持っている。

 彼は、今までエイルを静観してきたのだ。だが、珍しく迷い続けているエイルが気になって仕方がなかった。

 「ああ、何でもない。大丈夫だ……」

 エイルもまた、確信しきれないことはあまり口外しない人間である。彼が疑問めいて事を訪ねる場合、ほぼそれを確信している時である。

 だが、時にはそれを否定したくなる時もある。今はまだ確信したわけではない。エイルは漠然とした葛藤と戦っているのだ。しかし、その答えは、聞けば返ってくるものでもある。

 大会が終わってからと、彼は考えていたが、それは単なる運命の通告を先延ばしにしているにすぎなかったのである。

 「おそいじゃん!なにしてんの?」

 控え室にいたミールが、たまりかねて、入退場通路で足を止めている、エイルとグラントの所にまで、やってくるのであった。

 その後ろには、リバティーも、フィアもイーサーもいる。

 そして、エイルの目には、リバティーが飛び込む。

 そう、彼女はあの二人の娘なのである。彼女は、ドライとローズの娘である。二人はシルベスターの血を引き、終わらぬ時を生きる、迷い人である。

 「お嬢、話があるんだ……」

 エイルは、本来尤も大切なパートナーであるミールを視界に入れず、リバティーだけをそこから急ぎ足で連れ出す。それはリバティーのパートナーである、イーサーにも断りなく、入れられた行動である。

 「ちょっと!」

 ミールが、慌てて追いかけようとするが、それを捕まえたのはグラントである。

 そして、グラントのもう一つの手は、同じように走り出したイーサーの腕も掴んでいる。

 そして、二人が言葉を出すまもなく、グラントを見ると、彼は数度首を横に振るのだった。

 エイルは、この大会で未使用である控え室の通路までやってくる。

 そこには、使用禁止の看板が立てかけられており、選手も通らない場所である。誰も通ることはない。

 「ねぇ!痛いよ!」

 リバティーは、そこで掴んでいるエイルの手を振りほどく。普段感じることの無かった嫌悪感をエイルにもち、警戒した視線を送り、少し距離を置く。捕まれていた手首に違和感が残り、しきりにそこを撫でていた。

 「済まない……ゴメン……」

 エイルは、動揺を隠せない自分の心を落ち着かせるために、少し間を入れる。

 ここ数日のエイルが、周囲に尖っていた事実。そして強引な連れだし。彼らしくないその行動に、リバティーも何かあるのだと、そこを動けなくなる。

 「どうしたの?エイルさんらしくない……」

 そう言われると、まるで心を見透かされたような錯覚に陥る。だが、彼の行動が彼らしくないのは、周囲の目から見て明らかである。改めて言われ、気が付く。

 「お嬢…………。お嬢は、何とも思ってないのか?」

 主語のないその問いかけ、リバティーには何を指しているのかが解らない。エイルの目は真剣である。決していい加減なものではないのは、解る。そして、それが非常に重要だと言うことも、その眼差しは彼女にそれを悟らせた。

 「アイツ……いや。アンタの……父親と。母親。あの二人の娘だってこと……」

 「意味……わかんないよ?」

 リバティーはさらに首を傾げる。数ヶ月前のドライならいざ知らず、人よりも思い過去を背負い、生き抜いてきたドライと、それと共に歩んできたローズである。そして、平和な暮らしを安定して与え続けてくれる二人だ。それを理解した今、何の不満もない。そして、これからも自分達を守ってくれるだろうと確信している。

 「二人は…………人間じゃない……」

 その言葉は、リバティーにもズシリとのし掛かる。エイルが主語を言わない意味がわかる。それはつまり、自分も人間ではないと、言われているのだ。

 「やめてよ……そんな言い方……」

 リバティーの不快感は、一気に広がる。いや、それ以上に不安感が膨張し始める。

 「ゴメン!そんな、つもりで言ったんじゃ、ないんだ!」

 「いいよ!聞きたくないよ!!」

 リバティーは、そこから逃げ出すようにして、走り出すが、エイルは再度リバティーの手を掴み、逃げそうに思える真実を、捕まえにかかる。

 「ダメだ!ダメなんだ!俺達にも、大事な事なんだ!」

 エイルは、なお強引になる。だが、リバティーはもはや耳を閉ざしている。今までそっと心の片隅に、静かにしまっておこうとした、現実をエイルは、彼女の心中にばらまいて、広げてしまったのである。

 「放して!!!」

 リバティーのその声を聞きつけ、イーサーが一気に走り込み、エイルの頰を一殴りして、リバティーを解放すると、同時に大切な宝物を奪還するかのように、その腕の中に抱きしめる。

 イーサーに本気で殴られたエイルは、床に背中をこすりつけながら、数メートル退く。

 「痛!!」

 エイルは、頬に走る熱い痛みを堪えながら、ゆっくりと体を起こす。

 「何も、殴ることないじゃん!!」

 直ぐにエイルを起こしたのは、ミールだった。

 リバティーは、イーサーの胸の中に顔を埋めながら、彼の背中をぎゅっと抱きしめている。そして両肩で何かを堪えているのだ。

 「お前お嬢になにしようとしたんだよ!!」

 イーサーは、なおリバティーの庇護に回る。

 「やめなよ!!エイルがどういう奴か、みんな知ってるでしょ!!」

 確かに、エイルの行動には、非がある。だが、半分嫉妬がかっているイーサーより、正しく人を見ている。

 それは、グラントもフィアも驚くほどである。

 エイルはあのとき、ミールを見ずにリバティーを連れ出し、そしてこの場で問題を起こしている。なのに彼を庇っているのだ。その行動に対して、頭に血が上ってもおかしくないはずである。

 確かにその通りだ。エイルは、リバティーに何かを聞き出したかったに違いないのだ。恐らくそれが彼の考える確信につながる、何らかの事柄なのだろう。

 しかし、それは同時に、今の彼女には、触れてはならない問題だった。

 ドラモンドの一件以来、あまり苛立ちを見せることのないイーサーだったが、大切なものを傷つけられた思いと、多くを語ろうとしないエイルに対して、苛立ちを見せる。

 「けどよ!」

 納得の行かないイーサーが、せめてリバティーを怯えさせた、その要因だけでも聞き出そうと、エイルに詰め寄ろうとする。

 実際には、リバティーを抱き留めているため、エイルに詰め寄ることは出来ない。

 「落ち着きなよ……」

 フィアがイーサーの肩を軽く叩く。

 ファイアが仲裁にはいると、それ以上イーサーは、言葉を出すのをやめる。確かにエイルがリバティに危害を加える男ではないのは、長年のつきあいで解ることだった。

 「試合が終わってからだからな!いいな!」

 イーサーは、自分にも言い聞かせるようにして、エイルに向かって、きっぱりという。

 今は何より腕の中のリバティーが大事なのだ。

 リバティーの脳裏にはエイルのハッキリとした言葉が何度も繰り返されていた。リバティーもエイルが自分を傷つけるために、その事実を表面化させたわけではないということは、理解している。ただ、その言葉がつらかった。

 「俺、お嬢を連れて先に帰る……」

 リバティーの震えが止まらない。イーサーは、何よりそれを心配する。

 「ゴメン……」

 沈んだ声で、謝るエイルだった。イーサーは、それに何も答えない。ただ、背中を向けて歩き始めるだけだった。人気のない通路がよりいっそう沈んだ空気を膨張させた。

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