第3部 第10話 §16 その意味
至近距離に迫ったエイルに、それが直撃すると思われた、まさに起死回生の一発であるはずだった。
だが、エイルに直撃する寸前、彼の周囲に張られたシールドが、黄色い光の火花を激しく飛び散らせ、アンドリューの一撃を無に返す。
「なんだと!」
「せい!!」
エイルが、足を止め、アンドリューとの、距離がわずかに開いた瞬間。剣を振るう。
アンドリューの顔に、その剣が触れようとした瞬間。一瞬白いシールドがその部分に張られ、アンドリューの胸元で、何かが砕ける音がした。
エイルの剣は、僅かに退けられ、それ以上の攻撃を止めさせる。
一方アンドリューも、大きく弾かれ、エイルとの距離を大きくあけ、倒れ込む。
アンドリューは、弾かれた衝撃には気が付いていたが、天使の涙が、砕け散ったことまでには、気が付いていなかった。直ぐに、戦闘態勢を整えるべく立ち上がるが、そこへ直ぐに審判は割ってはいるのであった。
「まて!!」
アンドリューは、エイルと自分の間に入り込み、双方に手のひらを向けている、審判の緊迫した声に、その動作を止めた。
「勝者!エイル=フォールマン!」
そして、エイルの勝利宣言を行うのであった。
その瞬間、会場が割れんばかりの拍手と歓声で埋め尽くされる。観客はこの勝敗が命の遣り取りにまで発展していたことなど、まるで感じてはいなかった。
ただ、天使の涙という、一つのアイテムが砕け散るほどの激しい戦闘だとしか、思っていないのである。
いや、理屈は解っている。天使の涙が砕け散ると言うことは、十分に生命に危機が及んでいるという、その理屈は把握しているのだ。だが、事実アンドリューは生きている。それもまた事実である。
観客は、安全な危険を目の当たりにして、喜んでいるのだ。
アンドリューは目を細め、未だ戦闘態勢を解かないエイルをしばし見つめる。
「凄まじいな……」
アンドリューは、立ち上がると同時に、低い声で、エイルに対してポツリと呟く。
「アンタの技も凄かった……」
エイルは、厳しい目をしていたが、それに対しては素直に認めるのであった。
会場の歓声が、二人を送る拍手に変わる頃、両選手は舞台を後にして、再び入退場口から選手控え室に得る。
「エイル君」
アンドリューがエイルを引き留める。
アンドリューは、確かに、戦っていて気持ちの良い男だった。彼の呼びかけに止まらない理由もない。尤も止まる理由もないのだが、そのときはそうするべきだと、エイルは思った。
「なんだ?」
「オーディンブ=ライトン氏が、エピオニアの大会に、一人の選手を招待したらしい。あの方が招くほどの選手だ。さぞ素晴らしい素質の持ち主だろう」
唐突だが。それは聞き覚えのある話である。そして、それは自分達の一人であることは、間違いのない事実である。エイルは、ますます足を止めざるを得なくなってしまう。
「私はエピオニアの大会にも出るが、彼が招いたほどの選手だ。恐らく予選を勝ち進み、大会を勝ち抜き世界大会に、姿を見せるだろう。それまでに多くの選手と当たっておきたいと思ってな」
アンドリューは、暗にオーディンの招いた選手に、自分は勝てないだろうと推測し、そしてこの大会に急遽姿を見せたことを、エイルに伝えている。
「市民枠に出ればいいだろ。アンタほどの実力者なら……」
「市民枠は、これからの者のための大会だ。私や君みたいな選手が出てどうする」
アンドリューは、市民枠で優勝を勝ち取るより、自由枠で、より実力者の中から勝ち上がる事を望んでいるのである。
「私に勝てないようならば、恐らくその男に勝てる見込みなどないだろう」
アンドリューが語るその男の存在は、恐らくイーサーになるだろう。だが、彼がイーサーの実力を知っているわけではない。ただ、オーディンを非常に尊敬してる事は、間違いのない事実である。
そして、ザインバームの技を受け継いでいる男の一人のようだ。
「推薦状があるのに、予選をやらなきゃならないのか?その男は……」
エイルが、彼の言葉の中に、一つの疑問を感じる。
「オーディン氏はそんなに、甘くはないよ。招待とは、あくまでも滞在先や旅費、予選の登録などをすべてすませておくという意味だ」
エイルは、ふっと溜息をつく。イーサーならば特に問題があるわけではないだろうが、オーディンは、自分達を特別視しているわけではないようだ。ただ、呼ぶにふさわしいという、それだけの事実があるだけなのである。
「で、俺に何か?」
「君とグラント選手。良い選手だ。今以上に頑張ってほしい、私に勝ったんだからな」
アンドリューは握手を求めてくる。
「そいつも、恐らくアンタに勝つんだろ?」
エイルは、確信を持ってそういう。自分達と同じ実力を持つイーサーである。年齢的にもピークを迎えようとしているアンドリューの、選手としての成長はほぼそこが見えている。
もし、彼がさらなる飛躍的な成長を見せる人間ならば、恐らくそれは……人間でないのかもしれない。
「……アンドリュー!」
エイルは、握手を交わしおえ、先に歩き始めたアンドリューを止める。
「なんだ?」
「ユリカ=シュティン=ザインバームという男は、人間なのか?」
なぜ、彼がザインバームに限定したのか?それは、オーディンはドライと同じ血筋の人間であるからだ。それにエイルはもう、そのほとんどの人間と顔を合わしている。
全員の寿命を考えた時点で、その質問は的がはずれている。何故なら、彼もまた不死の体を持ち、年を取ることが出来ずにいる。
「
エイルがなぜ、そのような質問をしたのかは、解らない。だが、エイルが何かを知るために、その質問をぶつけてきたことは、彼の切羽詰まった声色で、それが理解できる。
そして、エイルの力が、すでに人間の力を超えたものになっていることを、アンドリューは十分に認識している。彼のその投げかけに答えてやる必要があると思った。
アンドリューは、一回戦の時の苛立ちの意味を知る。今のエイルが少し落ち着いているように見える理由もわかる。それは恐らく、自分に近い力を持っている者が、世界に幾人もいるということを、肌で感じることが出来たからであろう。
だが、エイルの苛立ちのすべてが解消されたわけではない。
「この話は、あの方から聞いた方がいい。私が語るべき事ではないしな。謁見書を送っておくよ。私の部下を君の宿に、後で向かわせる」
アンドリューが、セコンドに付いていた、控えめな戦士を見ると、彼はこくりと頷いた。
アンドリューが、エイルをザインバームに会わせたいと思ったのは、やはり彼の持つ力からだ。
「セントラルのファーストスクエアにあるサヴァラスティア邸……。そこに寝泊まりしている……」
それを聞いたアンドリューの目が一瞬きょとんとする。当たり前だ、この土地でサヴァラスティアという名が付く名義は一つしかない。しかもサヴァラスティアである。アンドリューが、この土地に詳しい訳ではなかったが、天剣のサヴァラスティアは、知っている。
「ははは、そうか。そういうことか……。ならば私が負けたことも、仕方がないということだな……」
アンドリューは、あきらめがついたように、カラカラと笑い出したのだった。そして、何度か頷いて、歩き始めるのだった。
「明日には彼に届けさせるよ。それじゃぁな」
「おい!待てよ!」
エイルがアンドリューを引き留めるが、彼はそのまま歩き去ってしまった。
互いの控え室に行くその分岐点まで、二人の進む方向は同じである。だが、エイルだけがそこに立ち止まっていた。言葉で彼を引き留めながらも、腕を掴んでまで止めることは無かった。
もしもそうだとしたのならば、だから自分達をそうしたのか。エイルの頭の中は、一つの憶測で埋め尽くされる。アンドリューが悟ったように笑って行ってしまったその事実は、明らかにそれを語っているように思えた。
次の試合が行われるまで、二時間もない。解消されかかっていたエイルの苛立ちは、混沌とした思考の渦に呑まれ始める。
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