第3部 第10話 §15 ソウルブレード

 先に立ち止まったのはアンドリューである。それと同時に今度は、先ほどよりも速く剣を下方から上へと振り上げる。

 エイルは、駆けていた足を止める。

 直ぐに勘が働いたのである。石畳の亀裂は、アンドリューが剣を振り上げた位置から、一気にエイルの正面にまで走り、武舞台を突き抜け、舞台側の舗装路に達する。

 今度はエイルが仕返しとばかりに剣を捲しあげる。

 アンドリューは、素早く姿勢を低くし、前のめりになりつつ一回転し、素早く立ち上がり、速度を落とさず、さらにエイルの左側に回り込む形で、間合いを詰めてくる。

 エイルが、絶えず武舞台の中心に、立つことになる。

 エンドリューは、運動量の多い男だった。大振りになったエイルの隙を、見逃さず一気に詰め寄ってくる。

 エイルのセコンドに付いているグラントにも、その動きがクルーガよりも、切れのある動作に思えた。

 だが、エイルは剣を大振りに、振り抜く形にされたのではなく、彼が十分そのロスをカバーできると判断した上での動作だった。

 左に回り込まれたはずだったが、エイルは両手で剣を握り、アンドリューの剣にぶちあてる。大気の刀身を持つエイルの剣と、両手で握られたバスタードソードのエネルギーがぶつかり合う。

 金属音はしない。エイルの剣が大気の刃で包まれているためだ。

 そのエネルギーは、素早く拡散され、衝撃は二人に跳ね返ることはない。

 アンドリューの表情が険しくなる。

 舞台に立つエイルの判断に、全く遅れがない。恐らく今自分が飛び込んだ隙でさえ、彼が作り出した間に思えてならなかった。

 アンドリューは、直ぐに危険を感じ。一気に後方に飛び下がる。

 カザフと戦ったときの彼には、何処か苛立ちがあり、それに任せて剣を振るう若者にしか見えず、恐らくその実力の半分も発揮できてはいないだろうと、アンドリューは読んでいたのだ。

 「どうやら、本気にならなければならないようだ……」

 アンドリューは、状況の苦しさを感じながらもにやりと笑みをほころばせた。それからアンドリューは、一度戦闘の構えを説く。

 「君は、ユリカ=シュティン=ザインバームを知っているか?」

 「エピオニア十五傑にして、女王護衛三剣士の一人だろ?」

 知識を試されたエイルは、構えを解き直ぐそれに答える。

 アンドリューは、それ以上何も言わずに剣を方の高さで右手で横に持ち、左手でその刀身を、まるで柔肌をなでるように、静かにすーっと撫でる。

 すると剣の表面が鈍く白く輝き始めるのだった。

 「ソウルブレイド……」

 アンドリューは、静かにしかし、重量感のある視線でエイルを見つめる。それは命の重さというものを十分に踏まえた男の目である。

 ザインバームの名は、確かに知っている。だが、彼がどのような技を使うのか、それはあまり知られていない。オーディンも含めてだが、魔物からのエピオニア奪還以来、人為を超えた戦闘が起こった史実はない。

 アンドリューの言動、そして直後の動作。エイルはその二つを踏まえ、彼がこれから放とうとしている技が、ザインバームと同じ技であると言うことを認識する。

 もし、それがオーディンクラスの人間が放つ技だとするならば、それは今のエイルが到底敵う相手ではないということである。

 しかし今までの動作を見る限り、それほどの実力は感じられない。ただ、脅しではないようだ。

 彼の技は十分に修練を積んでいる。それはエイルにも理解できる。

 「あの方からは、技の発動を禁じられているが、君ほどの強者ならば、お許しくださるだろう」

 エイルには、その意味がわからない。だが、一つ理解できることは、彼がザインバームと繋がりがあるということである。なぜ自国ではなく、この国の大会に出ているのか、その理由は解らない。

 「申し訳ないが、ルール上天使の涙が砕けてしまえば、それで勝敗は決まる」

 アンドリューは、一度構えを解く。だが、その際に重力に任せて、おろした剣でさえ、武舞台に衝撃を与える。

 ミシリ……、と音を立てて、わずかな亀裂をそこに走らせるのである。


 エイルにとって、ドライ達意外に初めて、自分の想像を超える強者が、目の前に立つ。

 「来いよ……」

 エイルも構えを解く。そして、体中に張りつめていた警戒のオーラを解く。剣に纏っていた大気の刃も自然と静かに、収まりを見せる。

 アンドリューは右足を引き、右腕を引き、明らかな大振りの構えを見せる。

 それだけに、そこから放たれる一撃の大きさ重さが想像を遙かに超えるものだと、エイルに悟らせる。だが、逆にそれがエイルの、苛立ちを少し押さえる。

 アンドリューが剣を振り払った。

 その瞬間、エイルは一気にアンドリューの左側に走り出す。

 エイルを捕らえ損ねた、エネルギーの刃は、遙か離れたスタジアムのフェンスに直撃し、そこに亀裂を走らせる、その一部を崩す。

 そしてエイルの、そのスピードは今まで見せたことの無いような、人の目では追えないものだった。

 大気を操る彼ならではの、高速戦闘である。

 瞬時に数メートル大地を滑り。後方に回り込むと同時に、急激に止まり、大地を滑り、真っ直ぐにアンドリューの死角に飛び込む。

 「く!!」

 アンドリューは辛うじて、エイルをその視界に入れることが出来るが、体を返し、彼の剣を受け止める術がない。

 わずかに間合いを稼ぐために、前に走り出し、そのまま体を右回転に捻る。だが、その状態で彼の剣を受け止めることは、至難の業である。

 エネルギーのベクトルは、アンドリューの踏み出したその方向にあるのだ。加速したエイルの攻撃を受ければ、アンドリューは間違いなくはね飛ばされる。

 「ソウルブレイド!!」

 どうにか体の正面をエイルに向けることが出来たアンドリューは至近距離でその技を放つ。

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