第3部 第10話 §14 言葉無き挨拶

 そこ頃、ドライとローズは、街頭に臨時設置された、大型スクリーンの見えるカフェのテラスで、ボンヤリとしていた。

 「彼奴、叫びたりねぇんだな……」

 ドライは、次の試合が行われるまでに何度も映し出される、エイルの対カザフ戦のリプレイを何気なく見つつ、ポツリと叫ぶ。

 「もっと夢中になれるはず……だった……か」

 エイルが持つ不満の中には、ローズのその一言も、含まれているのだった。

 ドライはそれ以上何も言わない。

 エイルの、戦闘のリプレイの間。グラントの映像も何度か流される。

 それは、当然のことだ。彼は、ヨークスの優勝者である。その彼がセコンドについているということが、エイルという存在に対して、よりいっそう大衆の興味を沸かせる。

 観衆は、エイルの強さに興味を持っている。だが、戦っている彼とその仲間が、その内容に疑問を持っていることなど、知りはしない。

 その溝が広がりすぎたとき、観衆の興味や興奮は、絶叫に変わるだろう。

 「どーするよ?」

 ドライは、スタジアムの入場券を着崩したカッターシャツのポケットから取り出す。

 「ここでいいわ……。今のあの子には、言葉より自分で出す結論の方が大切。それがどんな答えであったとしても……」

 次の試合が始まる前、カザフ選手に対する臨時ニュースが入る。どうやら、エイルの一撃により、その手は骨折したらしい。症状のほどは解らないが、それだけエイルの一撃が強烈だったということである。

 大会には、魔導医師団がいる。その怪我が、彼の人生において、今後左右するものに、なることはないだろうが、その痛みは、その後の人生に何らかの影響を及ぼすだろう。

 エイルの二回戦の相手は、アンドリュー=プリモアという男らしい。年は三十歳前後だろう。顔立ちは端正であり、少なくともクルーガのように、知性を感じさせない男でないのは、外見から明白である。髪の色は栗色をしており、北欧系を思わせる。目は細くいつも何か遠くを見ようとしているように思える。

 大会の自由枠に総じていえることは、その年代の人間が非常に多いと言うことだ。一つは経験。もう一つは技術。そして体力。このバランスが高いレベルで、非常に安定した者達が、そこに立っているのだ。

 彼はエイルの前の試合で、勝ち抜いている選手である。彼も奇術を使うらしい。

 単純に言うと、相手に触れず、斬ることの出来る術を持っているのだ。二人の試合は、午後の第二試合となる。

 そんなエイルの、第二試合が始まろうとしている。

 エイルとアンドリューが、入退場口で、その肩を並べた。エイルは175センチほどの身長である。決して戦士として、体格の恵まれている方ではない。

 方やアンドリューは、確かに細身の外見であるが、エイルより頭半分ほど、長身である。ちょうどイーサーやサブジェイと同じくらいだろう。

 グラントは体格に恵まれている方である。その身長で言えば、ドライよりも高い。

 アンドリューの後ろには、畏まった一人の男がおり、彼は騎士の鎧をきている。勲章じみたものは、なにもない。

 その風体から、彼の部下といった雰囲気が漂う。どうやら、彼は何処かの騎士団長らしい。

 「宜しくな……」

 アンドリューがエイルに手をさしのべると、エイルも握手を交わす。

 エイルの精神状態は、決して外部からきているものではない。著しく不機嫌なのは、試合の後なのだ。

 握手を交わすと、両者は再び前を向き、沈黙する。静かなものである。

 ただエイルの周囲にはピリピリとした空気が漂っている。アンドリューは、物静かなものだった。緊張などしていないようだ。無論それは、エイルも同じ事だ。だが、アンドリューには、苛立ちが見えない。落ち着きがある。

 「エイル……、無茶するなよ」

 「ああ」

 エイルは、グラントが何を言いたいのか、理解しているつもりであった。

 「両選手、武舞台へ!」

 入退場口にいる彼等に、声がかかる。

 二人が、武舞台にまでの道のりを、歩みを合わせて歩く。

 特に会話はない、あるのは、うっすらとした互いへの警戒心だけである。いや、それを示しているのは、エイルだけなのかもしれない。

 圧倒的な強さを見せるエイル。不思議な技を使うアンドリューという組み合わせに、場内はこれ以上もないというほどに、二人を、拍手喝采、そして歓声で迎え入れる。


 エイルはすでに剣を手にしている。

 審判を横に、二人の視線があう。試合開始の声がかかるまでの一分もない間が、妙に長い。

 「始め!!」

 審判の声がかかる。試合開始の合図だ。

 エイルは、アンドリューを威嚇すべく、直ぐに大気の刀身をその剣に纏わせる。

 アンドリューはバスタードソードを両手でゆっくりと握りながら、少しずつエイルの左側に、動き出す。

 エイルも同じようにアンドリューの左側に、回り込むように動き出す。

 アンドリューは、一度剣を右側に振りかぶり、そして軽く左下方向に薙ぎ払う。

 それだけの動作で、エイルの眼前にある石畳に、まっすぐな亀裂が入るのである。

 それは、明らかにアンドリューからの忠告である。それが自分の技であるのだと、エイルに教えているのだ。

 恐らく通常の人間ならば、その見えない技に対する術はないだろう。

 今度はエイルが、剣を強く真上から振り下ろす。

 それは一気に大気の壁となり、アンドリューの体に叩きつけられる。

 凄まじい風圧に、アンドリューは、バランスを崩し、体を蹌踉めかせる。だが、怪我に至るものではない。それはエイルの忠告であり、挑発でもある。

 二人は、互いの自己紹介を終えると、一気に走りどちらが先に互いの死角に回り込めるかを競い始めあう。

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