第3部 第10話 §13 不快な勝利

 エイルはじっくりと呼吸を整えながら、体をほぐし始めた。

 やがて彼の試合の時がくる。彼のセコンドに付くのはグラントである。

 理由の一部には、単純な部分もある。ミールや、イーサーでは騒がしいというのが、それである。

 それに、戦いに関する見解の違うグラントに、自分の考えを見せつけるためでもある。

 エイルの横に、もう一人の選手が並ぶ。

 名は、アズィーズ=カザフというらしい。浅黒い肌に、太く長い眉がっしりとした骨格。東の大陸南方の人間だ。使用する刀はシャムシールと呼ばれる、湾曲した刀である。

 纏う衣装は、真っ白な布のような衣で、頭にはターバンを巻いている。

 何も言わず、まっすぐに前だけを向いている。足下は、サンダルのような履き物で、あまり防御力を考慮さいれた、ものではない。

 しかし、そういった面では、黒のタンクトップに青ジーンズというスタイルの彼も、同じようなもので。履き物もスニーカーである。

 ただ唯一、普通以上の存在は、その方に載せられた、イクシオンである。イクシオンは、カザフを観察するエイルと異なり、まっすぐ前だけを向いている。

 「精霊を使う……者か」

 カザフがポツリとつぶやく。冷たく軽蔑の念すら感じる音。

 好きなように言わせておけばいい。エイルはそう思っている。

 決勝トーナメントに出てくる者の実力というものを確かめるだけである。

 時間が来ると、スタッフが通路から退き、二人の入場を許す。

 彼らが足並みをそろえ、武舞台に進むと、それだけで、歓声が沸き起こる。声援と無責任なヤジが飛び交う。彼らの声援は、そこに立つ者の想いとは、無関係な場所にある。

 エイルはそれに興ざめをしてしまう。

 不思議なものである。ローズの前で心の奥の熱い思いを、吐き出した時の気持ちが、今はない。

 あれだけ望んでいた場所であるにもかかわらずである。

 二人は、舞台中央の審判の位置にまで来ると、向かい合う。

 「互いに礼!審判に礼!」

 号令がかかると、形式だけそれを行う。

 「構え!」

 そういわれると同時に、エイルは、右手をまっすぐに伸ばす。すると肩にいたイクシオンが、光の変化し、エイルの津日先にまとわりつくと同時に、黄色く鈍く光る剣に変化する。ロングソードほどの長さの剣である。

 エイルが構えると、場内が騒然とする。「精霊剣士」そう、紙面に書かれた彼の姿がそこにある。

 「小僧が……」

 恐らくカザフもその紙面を目にしていたのだろう。エイルが、良いように騒がれて調子づいている若者に見えたに違いない。彼はシャムシールの切っ先ををエイルに向け、右側を前にして、構える。

 エイルは逆に右側を引き、間合いの最も遠い位置に剣を置く。

 「始め!」

 審判の合図とともに、カザフは、前面の裁きでエイルに剣を斬りつけようとするが、それと同時にエイルの剣に大気の刃が宿り、彼の本当の間合いであるグレートソードの距離となる。遠くから素早く、カザフの剣を払い除けると同時に、鮮やかに剣を翻し、真上からそれを振り下ろす。

 カザフは素早く後方に下がりエイルの剣を躱す。

 振り下ろされた大気の刃は、武舞台の石畳を切り裂く。

 エイルは、一度その刃を消し、再び剣を後ろに引き、構え直す。

 大気の刃は、床に突き刺さったとしても、刃を地面から引き抜くために生まれるタイムロスがない。直ぐに防御にも攻撃にも転ずることが出来るのである。

 「うおぉおおお!」

 背水の陣。それを想わせるほどの気迫のこもったカザフの突進。両手で柄を握り力一杯に叫びエイルに突進してくる。

 「はぁぁぁあ!」

 エイルが気合いを込めると、大気の刃のさらにその外側に、風が渦巻き始める

 「せいやぁ!」

 カザフがエイルに突進するよりも早く、エイルはその刃を斜め下から上に振り抜いた。

 刃はカザフに当たってはいない。当たったのは刀身に集められた大気の渦である。

 それは強烈な圧力になり、カザフの顎を捕らえ、彼を仰け反らせる。

 「せい!!」

 エイルは、無防備になったカザフの右手に握られる剣に、自分の剣を叩きつける。刃はおれる以上に砕かれ、いくつかの破片が、周囲に飛び散る。

 「ぐぅぅ!」

 カザフはその衝撃に、剣を手放しその場に座り込み、右手首を押さえて歯を食いしばる。

 何という激しい力だろう。圧倒的なそれに、場内が静まりかえる。

 そして、少しの静寂の後に、圧倒的なエイルを称える賞賛の叫びが響き渡る。

 「こんなもんじゃない……こんなもんじゃ……」

 エイルは、歓声に答えることはなかった。イーサー達でもない。ドライ達でもない。本当の緊迫感がほしかった。エイルの不満は募る。

 「エイル……」

 退場間際に、グラントが彼を心配する。

 エイルの戦い方は、相手を敬う心がないのである。これは勝負なのである。命の遣り取りではないのだ。

 「天使の涙は、砕けちゃいない」

 それがエイルの返答である。彼はまだ本気を出していないと言いたいのである。

 エイルが淡々と舞台を後にする、その後ろで、腕を押さえ苦痛に顔を歪めたカザフが歩く。

 「悪かった。そんなに強くやったつもりじゃなかった」

 エイルのそれは、表面的な謝罪で、非礼に近い。軽く振り返った後、エイルは再び淡々と控え室に戻る。

 控え室にに戻ったエイルを待っていたのは、心配そうなミールと、不機嫌そうなイーサーだった。

 フィアもあまり明るい表情を見せない。リバティーも一勝目にはしゃぐ気持ちにはなれなかったが、イーサー達が感じているほどの、嫌悪感を持っているわけではなかった。

 エイルの戦い方は、危なげがない。優勢に戦っている。そのことについては、問題は何もないのだ。だが、グラントが、何かが違うと考えているように、イーサーもそれを感じた。

 「なんだ?」

 あからさまに不機嫌そうなイーサーを見たエイルは、言葉に出さないその態度に少し、苛つきを感じる。

 イーサーに返したエイルの視線は、仲間に対して向けるものではなく、自分を理解出来ない者にたいして向ける、冷たさのある視線だった。

 「別に~。なぁんか、弱い者いじめ、みたいだなって思っただけだよ」

 イーサーは、わざと視線をそらし天井にそれを移し、ボンヤリとある不満を述べるように、少しゆっくりとした口調で。そういった。

 「へぇ……。そんなに自惚れてたら、足下救われるかもな……」

 ここしばらくのエイルの思考は、彼の持つ整然とした理屈というものがない。

 以前のエイルなら、自分達の実力なら、大会は十分に勝ち進むことが出来るという自信を持っていた。

 それは、今の力を得る前からの彼の実感であった。がだ、より強い力を持った今、彼は逆にそんなことを言い出す。

 エイルのその一言に、より空気が重たくなるのを感じる。

 そして、グラントはエイルのその言葉が、彼の真意でないことを知っている。エイルの中で、何が渦巻いているのかは知らないが、恐らく彼の中で、思考の整理がついていないのだろうと思う。

 「あのさ。あんまり、ガンガンやっちゃうと、姉御のお仕置きとかあるかも……」

 珍しくミールが気を遣って、腫れ物に触るような慎重さで、エイルの機嫌を伺ってみる。

 だが、エイルは、それに対して無表情でいる。だがミールの肩を軽くポンと叩く。そんなところには、普段の彼が見え隠れしているように思えるのだ。

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