第3部 第10話 §12 ホーリシティ決勝トーナメント直前
店主が制止しようとするのも、全く間に合わないほどの間だった。
「すっごい!!」
垂直の軌道から外れた重りは、二メートルほど、離れた位置に落下して、石畳を破壊する。その力には、暁の好奇心を膨らませた。
「ホラ、ゲーム代だ。景品出せよ」
ドライは、滅茶苦茶な順序で、話を進める。
「じょ!冗談じゃない!商売あがったりだ!」
「あん?!こんな、ちゃっちいのじゃ、ガキでもやれるだろうが!軽く叩いただけだぜ?」
途端に店主とドライがもめ始める。遊びには遊びのルールがある。そのルールを破ると、しっぺ返しがくる。良い例だ。もっとも、これは子供じみた例である。
「フフ。これ、お祭りの景品だけど、お土産。あげるわ」
ドライが揉めている間にローズが景品の入った袋を暁に渡している。ドライが何をしたかったのか、ローズにはよく解っている。ドライが暁という存在が、気に入っていると言うことも解る。
露店主と、ドライが揉めている間に、ローズが暁と肝心なやり取りを始めてしまうのであった。
「それでは、サヴァラスティアさん。私、宿の方に戻ります」
「あ?!んだよ!こっち、話ついてねぇって!」
暁はすでに、ローズのくれたお土産の袋を両手で持ち、ドライとローズから、遠ざかり始めているのであった。
右往左往するのはドライだけである。
ローズは簡単に手を振って、彼女を見送っている。
ローズもあまり、暁に対する深い詮索をしない。その必要があるために、そうしているだけのことである。問題は、彼女が自分たちに危害を加える人間であるかどうか、また彼女が、自分たちに関わりを持つ人間かどうかである。
少なくとも、彼女自身は、ドライ達に危害を加えるために、そこに居たわけではない。
「ドライ?」
結局お金を払わされているのは、ドライであった。そんな彼の横から、ローズは顔をぬっと出し、ドライの表情を調べ始める。
「あん?なんだよ」
さすがに少し不機嫌になりつつあるドライであったが、別にローズに当たり散らす返事ではなかった。詮索好きな表情が、彼女との関係のほどを確かめたがっているのが、解っただけだった。
「珍しいじゃない。食べてないなんて……」
「言ったろ?バス乗り間違えた時に、知り合っただけだ!って……ったく」
ドライは、店主の手にお金を叩きつけると、薄くなってしまった財布を、ズボンの前ポケットにねじ込んだ。
「ふふ。まぁいいわ」
ローズは、再びドライの腕に絡み、気ままに歩き始めるのであった。
翌日。自由枠の決勝トーナメントが、行われる日。
エイルは、昨日と同様。自分のペースで準備と整えるのであった。
フィア達もそれぞれの精霊をつれている。
この時すでにエイルには、精霊剣士という異名が付けられており、新聞の選手紹介記事にも、彼のことがかかれてはいるが、あまり多くの情報が無いために、憶測しかかかれていなかった。
そして、イーサーの肩にはドラゴンが乗っている。
ドライもローズも特にそのことに関して、禁止などしなかった。
二人の認識が少々ずれていたのは、ここが以前のホーリーシティーではないということだ。
「ま、なるようにしかなんねぇな……」
ドライは、無責任に、ポツリとつぶやく。エイルが、そうする事に対する責任をどう取るかである。
それに、いつまでも彼らの持つ精霊の存在を隠し続ける訳にもいかない。
何らかの形で、折り合いを付けなければならないのである。
それはノアーからの伝言もある。精霊と関わるのならば、使役者との信頼関係が無ければならない、と。それが出会うべくして出会った存在だとしても、疎かにしてはいけないのである。つまり日常も彼らと行動を共にする必要があるということだ。
「ねぇ、目立っちゃってるよ?」
ミールの、リヴァイアサンが、彼女の右腕に絡み、鎌首を擡げ、バスの外を流れる景色をキョロキョロと眺め、瞬きをしている。
イーサーのドラゴンはリバティーの膝の上で尾を巻いて寝ている。
ゴン太はイーフリーとである。表情だけを見れば、ボスざるのように厳めしい表情をしているが、じっと正面を見ている。落ち着いた風格があるようだ。
エイルのイクシオンは、黄色と黒のゼブラである。目を閉じて、彼の膝上に座っている。
問題は、グラントのバハムートであるが、表情がほとんど無く、あまり動きを見せない。フィアが、ちょっかいを出して、軽くその頭を叩いてみても、岩石のように堅い音が、コツコツと聞こえるだけで、あまり反応を示さない。
「これ、生きてんの?」
「と、思うんだけど……歩くし。遅いけど……」
言われてしまうと、グラントもイマイチ不安にならざるを得ないが、剣に変化するときまで、遅い動きをしている訳ではない。
バスがスタジアムの前に着く。彼らは周囲の好機に晒されながらも、選手通用口へとむかう。
資金にゆとりのある選手ならば、専用車を使い、専用駐車場から、直接選手控え室に向かうところだが、彼らに用意されたのは、ドライの家だけである。
しかし、それでも運が良いのかもしれない。
ただ、自由枠に残るほとんどの選手は、名のある選手が多く、この大会に絡む一連の大会以外に、活躍の場を持っている。世界中を駆けめぐっているのだ。
エイル達は、静かに通用口を通り、用意された控え室に姿を移す。
控え室に入って、イーサーがバッグを適当に放り投げる。控え室は個室となっている。一息付ける場所でもある。
「ウォームアップしとく?」
エイルよりも早く、準備運動をし始めるイーサーだった。
「そうだな」
エイルも同じように準備運動をし始める。
緊張というわけではないが、室内には少し、張りつめた重い空気が流れている。
それは、グラントとエイルが口をきかないことから、端を発しているのだ。そして、グラントが何かを言い出したいが、遠慮しているといった雰囲気なのだ。
見解の相違。今のエイルから発せられるその言葉は、グラントの意見を押し沈めてしまうのである。
「あんまり、無茶な戦い方……すんなよ」
「ああ」
漸くグラントから出された、エイルへの一言。重く受け止めているのかそうでないのか、解りづらい、エイルのぼやけた返事だった。彼は前屈をして、イーサーにその背を押してもらっている。
エイルの試合は四試合目で、それまでには一時間半ほどある。
エイルの中の思考もまた、纏まらずにいる。
〈やってやるさ。俺は、自分の力が何のためにあるのか、自分で探す……。この力が誰かの目に止まるはずだ〉
それは、自分達の存在を知っている者が他にいるはずだという、エイルの漠然とした推測からなる思いだった。
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