第3部 第10話 §11 ハンマークラッシュ
少しずつ、露天が準備をし始め、その中には射的なども出ている。この手のゲームは、二人にとって訳もないものであり。いつの間にかドライは、景品の詰まった袋を肩に引っかけて歩く羽目になっていた。
「んだよ。また広場だぜ?」
二人は周囲を一巡して、またそこに、戻っていた。言うまでもなく、例の店はもう畳まれてない。恐らく営業場所を変えているのだろう。その代わり、そこには、なにやら大がかりな物が立てかけられている。
「ハンマーアタックだって」
ルールは簡単である。床に設置されてある、台をハンマーで叩き、建てられたゲージのスリットに挟まれている重りを、何十センチ飛び上がらせられるかという、ゲームである。
「って、あれ?」
ドライは、その前に、一人の人間が立ち竦んでいるのを見つける。
その人物は和装であり、明らかに女性のスタイルをしている。
和装は袖下の長い、ボタンではなく、帯を体に回して衣類を止める、独特の服装である。その衣装を纏うのは、極東の国家だけである。
「このハンマーと、この重りの比重では、ゲージの最頂部にあるゴングに衝突させるためには……通常の筋力では不可能ね。ゲームとしては、成立していないわ」
などと、ぶつぶつとぼやいている。それは確率からであるが、
祭りの出し物に、文句を付けられている店主はたまったものではない。
「もう一度、挑戦させていただけます?」
声は、きりりと引き締まっているが、覆面をしているため、その表情までは伺えない。
「俺は、体躯以前に、アンタのその変わった服も問題あると思うよ?」
一応お金を払う限りは客である。店主は、彼女から一ネイ札を受け取り。ゲームを許可する。
「今の私が、ハンマーのエネルギー値を最大に生かすためには……」
彼女は、ハンマーを漸く持ち上げると、ゆっくりと遠心力を付け始めそれを回そうとする。
そんな理屈混じりで無鉄砲な女性の名は、暁という。理屈を並べようとする割には、行動で示さなければ、納得できない性分のようでだ。
左右に揺さぶったハンマーを漸く回し始める。恐らく見ている方が、危なっかしさを痛感していたに違いない。
「何やってんだ、ありゃ……」
そんな滅茶苦茶な行動を見たドライもまた、それが理解できずに、額から冷や汗が流れる。
ドライの興味本位でないそれに、ローズが気づく。明らかにその人物が誰であるのかを認識しているドライの視線があったからだ。
その暁が、ついにハンマーを振り上げようとした瞬間だった。
「あら?」
慣性の法則に従ったハンマーは、エネルギーを保有しながら、重力に逆らって一メートルほど飛び、重力の加速度を得ながら、石畳と正面衝突をし、もんどり打って転がる。当然石畳は、割れてしまう。
ドライは、思わず額に手を当てて、悩んでしまう。
「あら……」
それは、ハンマーの延長線上にいる、ドライを見つけてのことだった。
「俺の周りはあんな女ばっかだ、おまえといい、彼奴といい……」
ドライは、ぼやいてしまう。過去現在を問わず、数人の画像が、彼の頭をよぎる。
「へぇ~~……」
興味津々で尚かつ、意地悪なローズの視線がドライをチクチクと刺す。
「ああ?ああ、この前バス乗り損ねちまっただろ?その時にな……」
ドライは、悪びれず簡単にそれを説明すると、ローズと腕組みをしたまま、ドライの方を見ている暁に近づいてゆく。
迷惑そう露店主が、首を左右に振りながら、重いハンマーを両手で持ち、定位置に戻す。
暁はハンマーを見て首をひねる。
「加速度とか、小難しいこといって、テメェの握力なんて、考えてねぇんだろ?ったく……」
ドライは、あきれた目をしながら、首をひねっている暁にそういうと、彼女ははっとして、手鼓を打つ。そして、なぜそれが解ったのかと言いたそうに、人差し指を振って、ドライを見る。
だが、直ぐに彼女は、あるたぐいまれなる存在に気が付く。
「なんて素晴らしい色なの!?」
彼女が興味を持ったのは、ローズの頭髪の色である。夢中になると、他に目がいかなくなる。
直ぐにローズの髪の毛を手に取り、眺める。
「凄いわぁ、どんな遺伝情報が組み込まれれば、こんな色になるのかしら……それに、とても艶やかで、柔らかで、細くきめ細やかな髪質……」
ローズは何も言わない。彼女の好奇心には、邪気がないからである。それどころか、その反応には懐かしささえ覚える。それは遠い昔の記憶である。だが、ハッキリとは思い出せずにいた。
「あ、御免なさい……」
「ん~ん。慣れてるからいいわ」
ローズの美しい髪には誰もが魅了される。赤毛ではなく本当に紅の色をしているのだ。彼女の髪は、頭髪が長くなることに対する弊害が見られない。ある意味不自然であるといえる。枝毛がその代表的なものである。
指が滞りなく、髪の毛の間をすり抜けるのである。
「またお忍びか?」
暁が、ローズに忙しなく頭を下げているが、ローズそれをさらりと流している。
「ええ。折角の異国の地。自由に歩き回りたいわ」
暁の目が笑っている。自由な空気を楽しんでいるようだ。ただし相変わらずの覆面である。
「ジパニオスクは、単一民族でしょ?」
ローズが暁の衣服と彼女の成り立ちに、不自然さがあることに、気が付く。何故ならば、ジパニオスクの人間は、黒髪に黒い瞳であるからだ。なのに、彼女の瞳は青い。
「ええ、私も遺伝子情報が異なるらしいの」
彼女は、そうして自分を受け入れているらしい。そのあたりにも彼女が覆面をしている理由があるのかもしれない。だが、彼女の顔を知らない異国で、その覆面の意味があるのかどうかは、別だ。逆に言えば、彼女の服装の方が、逆に周囲の注目を引いてしまうのでないのだろうか。
いくつかの矛盾点をドライは感じながらも。それは、自分の選択肢ではないと思うと、特にそれに対して口出しをする気には、ならなかった。
「ドライ?」
ローズがドライを肘でつついて、彼女の、そして、自分の紹介をするように、促す。
「あぁ、こいつは俺の恋女房だよ。ローズってんだ。で、此奴はこの前知り合った暁ってんだ」
ドライは、ローズと、暁を互いに紹介する。
「結婚……してらしたんですか」
なんだか少し残念そうな暁の言葉自利であったが。腕組みをしている二人の姿を少し見ると、何故か心の奥が暖かくなる。それは、心の閊えがが一つ取れたような安堵感を含んでいる。
「良かった……」
なぜか、ポツリとそんな言葉を口ずさんでいる。暁はそんな自分に気が付く。その妙な言葉に、ドライとローズも、一秒ほど言葉を失ってしまう。言葉の流れに前後繋がりがない。
「さてっと、そろそろ戻って、子供達のご飯をつくるかな」
ローズがドライの腕から、するりと離れる。
「待てよ……。気ぃ使うなって」
ドライが再びローズを捕まえる。
少し慌てたドライの様子を見て、暁がクスクスと笑う。何がどれだけ大事なものなのかを、理解して動いているドライが、何となく微笑ましかった。
「良かったら、アンタも、一緒にって……あ~~~」
ドライは、暁を食事に誘おうとしたのが、彼女の覆面のことを思い出して、言葉が出なくなってしまう。
「いいわ。気を遣わないで。そろそろ戻らないと、人も多くなってくることだし。スタッフが五月蠅いから、戻らないと。今頃大騒ぎになってるだろうし」
だが、正直残念な気持ちがある暁だった。それは小さな思いであるが、少しずつ膨れ始めているものであった。
「あ、まった」
ドライは、思い立ったように、ローズと腕を組むのをやめて、景品の詰まった袋を肩からおろし、先ほどのハンマーを、店主の断りなしに持ち。片手で軽く持ち上げ、スナップを利かしで軽く空中で一回転させて、もう一度グリップを握り直し、一気に台に叩きつけると、重りはゴングを突き上げ枠を破り、軽く数メートル跳ね上がらせた。
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