第3部 第10話 §10 広場にて
エイルが開会式を終える頃、ドライとローズは、スタジアムのチケット売り場に勝者投票権の購入にやってきていた。早い時間帯のためか、混み具合はそれほど酷くはなく、ローズの機嫌も少しはマシになっていた。ただ、購入時に、販売員に何度も確認をとらされた事などが、時間を多少消費する原因となった。理由はその額だが、庶民ならば気絶してしまうことだろう。
グラントとフィアは、イーサー達と合流している。ローズとドライが二人だけになっているのは、フィアが気を回してくれたからである。
「さて、序での用事も済ませたし……」
「そうだな……」
なにか催し物がないものかと、ドライは見回してみるが、まだ午前中ということもあり、ストリートに並べられた屋台の半分は、まだ営業を開始していない。
気の早い者や商売気のある店などは、すでに店主が顔を出し、少量の飲食物を並べ、新聞を片手に、客が来るのを待っている。
「まさか、この街に、こんなお祭りが出来るなんて、思ってもみなかったわね」
ローズが、数ある店を視線で物色し始めながら、自分たちがいなかった一八年間の変化を、実感するのであった。
人もまばらで、祭の雰囲気を味わうことが出来ないのは残念であるが、それでもいいこともある。
それは、二人で腕組みをしながら、ゆったりと街を歩けることである。
夜は、人混みと熱気が祭りの雰囲気を出してくれるが、自分のペースで歩くことは出来ない。
ローズが動くと自然とドライもその方向に足を進める。ドライは、お祭り騒ぎは好きだが、猫も杓子も意味無く騒ぎ立てる祭りが、人一倍好きだというわけではない。賑やかな場所が好きなのは、確かであるのだが――。
ローズが一つの露店により、スイートポテトを買う。蒸した薩摩芋を、飴でコーティングしている、単純なお菓子である。購入は大量ではない。一人分程度である。
「あーん」
ローズは、それを一つドライの口元に近づけると、ドライはローズの指ごとそれを食べる。ドライの器用なところは、ローズの指が口に入っても、芋と一緒にそれを噛んでしまわないところにある。咀嚼は、彼女の指が離れてから始まる。もっとも、意地悪なときは、わざと噛むときもある。ただしローズの反撃は、その何十倍にもなるだろう。
「おいしい?」
ローズが、さらりと笑みを作りながら、ドライのご機嫌を伺う。
「まぁまぁだな」
特に表情を変えず、今度はドライが、周囲を見渡す。何か興味を引くものがないか、探してみるのだが、特にあるわけではない。
そういったものへの好奇心は、ローズの方が遙かに高い。
「ふふ」
ローズはこの雰囲気が好きだ。正直、ドライのどの仕草が嫌いだと聞かれれば、知る限り何一つないというのが、答えだろう。
二人でこのような時間を過ごせることが、何より大事なことなのだということを、彼女は知っている。そこに互いがいるということが、何より大切なことなのである。
スタジアムから少し離れた場所には、噴水広場がある。その道は、昔なら広いと感じるものだったが、車が横行ようになった現代では、狭いように感じられる。昔ながらの石畳が今でも敷き詰められている。
ただ、普段なら車の往来のあるこの道も、この日は歩行者専用となっている。
祭ともなれば、このあたりが尤も賑やかになるはずだ。尤も人目に付く建物には、巨大スクリーンが臨時に設置されている。
もちろん開会式の模様も決勝トーナメントのセレモニーも、そこで映し出されていたのだ。今はすでに試合が始まっている。市民枠は賭の投票にはなっていない。純然と街の代表選手を選ぶものになっている。尤も裏の方では、それも賭の対象になっているだろう。
遊びには遊びのルールがある。後腐れのありそうな事には、手を出さない。ローズの信条でもある。
それを破った者は、それ相応のしっぺ返しが待っている。遊びというものは、そういうものである。
「ドライ……あれ」
ローズは、広場の中に、体一つで勝負をしている、露店を発見する。
「この者に勝てたら一千ネイ」
そう立て札がされている。アームレスリングの台が一つ置かれているだけである。
「よせよ……ガキじゃあるめぇし……」
ドライは、あからさまに毛嫌いをして、そこから離れたがる。もちろん腕組みをしていたローズも、おまけのように引きずられることになる。
「とと……ドライ!この街にアンタがいたって、知ってる奴なら、あんな商売しないわよ?」
確かにそうである。ドライが出てしまえば商売あがったりである。いいようにカモられることは明白な事実である。だが、現にこの一八年間ドライが、そこに存在していなかったことも、事実である。
「あのなぁ……」
ドライは、笑いながら渋い顔をする。
「あ~~、そういえば。序での用事でお金使っちゃったから、さっきのポテトで、晩ご飯を買うお金ないのよね~」
ローズは、体全体でドライを引き留めて、ニコニコとしてみる。
「バーカ晩飯代がねぇんじゃ、掛け金の百ネイもねぇだろうが……」
「う……」
一番痛いところを、鋭く疲れてしまったローズである。
するとローズは、渋々、ズボンの後ろポケットに忍ばせてある財布を取り出して、百ネイ札を一枚取り出す。
「おまえなぁ……」
あからさまに矛盾の多い行動をするローズに、ドライは呆れ果てるしか方法がなかった。
ドライは、眼前に突きつけられた、札を目の前に、ガックリと気分を萎えさせ、それを受け取ると、トボトボと露店にむかって歩き出す。
結果は火を見るより明らかで。その夜、その露店がそこから、無くなっていたことも、蛇足であるが付け加えておこう。
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