第3部 第10話 §9  ホーリーシティ決勝トーナメント開会式

 エイルが食事を食べ終わると、何も言わずすっと席を立つ。

 「先にいって、準備してる」

 エイルが動き始めると、テーブルの下にいたと思われる、イクシオン(まだ、名前はない)が、一跳びに、彼の方に乗る。

 今までのように剣を持たなくとも、こうして側にいるのである。

 「んあ、まてよ」

 イーサーが、慌ててロールパンを一つ二つ口に押し込みながら席を立つ。

 エイルは、動きをせかすことがあっても、独断で動くととなど今間でなかった。

 「まってよ!」

 ミールも紅茶を一口飲んで、、同じように慌て出す。二人が慌て出すが、フィアは全く動じずにゆっくりと食事をしている。

 リバティーも、慌てず食べている。というより、慌てないようにしているといった感じである。ついついイーサーのペースに巻き込まれがちなのだ。食事の時くらいは、自分のペースを保ちたいものである。だが、なんだかんだと口元と手元が、忙しくなり始めている。

 「ああ、もう……夕べの分まで、たべたいのに!いってきます!」

 といって、我慢しきれず、牛乳を一気に飲み干す。

 フィアと、グラントを残して、エイル達が出て行くと、ドライは、座った窮屈な体制のまま、ズボンの前ポケットを探り、なにやら紙切れを出し、ローズの前に出す。

 「前評判かなりらしいぜ……」

 そこには、一人の人物の名前が書かれている。

 それが何を意味するのか、トーナメント表を見ているローズには、ピンとくる。

 ローズの耳がぴくりと動く。

 「スタジアムの周りは、お祭りよね……」

 何となくじっとりとしつつ、ドライを見るローズ。そこには、自分の意志を十分に汲むように、強い感情が込められている。

 「ブラブラして、そのついでに……な」

 あくまでも、祭りの序でというわけだ。そう、その序でに投票権を買おうというのである。それは、乗り気のしないローズへの配慮である。ドライは、少しさめかけたコーヒーを、くいっと飲む。


 決勝トーナメント開会式。


 そこにはエイルの姿がある。市民枠を勝ち抜いた選手達と、自由枠を勝ち抜いた、世界を渡り歩く男達が、ずらりと並んでいる。彼は、自由枠の選手の中にその姿をおいている。

 彼の手には、雷のように黄色く鈍く輝く剣が握られている。その輝きは、彼がその剣を手にしたときよりも増しているようだった。

 壇上にはシンプソンがいるが、彼の周囲には、厳めしい警備兵の姿がいる。

 シンプソン=セガレイほどの男が、警備などいるのかどうか、疑問なところだが、やはりそれを勧める者がいるということだろう。しかしそれは逆に、彼という人間を正しく判断していない者達が行う事である。

 だがそんなシンプソンの尤も離れていながら、鋭い気を体の周囲に纏いつつ、じっと目を閉じて、壁にもたれている男がいる。

 ルークである。エイルがルークに気が付くと、彼の方も、少しだけ目を開け、エイルと視線を合わせ、もう一度目を閉じる。その時に肩が溜息で上下するのが解る。

 シンプソンの口上は、大会に対する心意気だった。戦うことでその重みを知ってほしいということである。勝敗以上に感じることのできる何かをつかみ取ってほしいといっていたのだ。

 技量を競い合うこと以上に、大事なものを見つけろといっているのである。

 シンプソンは真剣な眼差しである。彼は何か良いことを言おうとしているのではない。傷つけあうことの愚かしさを十分に知った者の、痛切な訴えでもある。

 その重みの解らない者が、数人声を殺して笑っている。エイルも決してそれが理解できるほど、経験を積んだ者ではないが、ドライとローズが時折遠くを眺めて、二人でじっとしているのを見ている。

 シンプソンのように切々としたものではないが、両者の思いには寸分の狂いもない。

 今はそういう時代の後にある時代だと言うことを、知らなければならないのである。

 エイルには、彼の言わんとすることが、解るような気がした。

 だが、それと同時に、通常の戦闘では満足する事のできない力をどうすればよいのかと、もてあまし気味になっている。そしてドライ達が自分達に何かを隠していることが、腹立たしい。

 神秘的な力を手にすることは、凄いことだ。心が震える。

 だが、得た後に同じような喜びが得られるとは限らない。

 その力を存分に使える機会を欲する者もいる。エイルも確かにそうである。だが、いざその意味を考えると、答えが見つからないでいる。自分たち以上にドライ達がいるからである。

 ただ、危険を回避するためだけに得られた力なのか?ドライ達がその事態から、逃げられるだろうと考えていることは確かな事実である。

 彼の中でいろいろな思考が混在し合い、見通しのきかない霧となって、彼を包む。

 「ほら。君。歩けよ」

 唐突にそんな声が、混沌とした思考の霧から、彼を現実に引き戻す。

 その選手は、ニコラス=グリードという名で、澄ました青年である。自由枠の選手だ。順当にゆけば彼と準決勝で当たる事になるだろう。

 いつの間にかセレモニーは終わってしまっていたようだ。

 エイルは、ほかの選手達とともに退場する。

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