第3部 第10話 §8  微妙な距離感

 尤も汗が出るのはイーサーばかりだった。

 イーサーの剣は、ドライ達のように物質的な存在ではなく、エネルギーである。青白い光が夜の闇を照らす。

 尤も、街灯が照らす町並みの暗さは、真の闇にはほど遠い暗さで、ものを識別するのにあまり困りはしない。

 「アニキ!俺、セシルさんから、もらったもう一個の銀の円錐。使えるようになったんすよ!」

 本当ならば、戻ってくると同時にそのことを、報告したかったのだろうが、あいにくのあの雰囲気であったため、それができなかった。漸く今になって、それを言い出すことができたのだが、聞いているのはドライだけである。

 「ん、まぁ良かったな」

 あまり、はっきりとしない、ドライの返事だった。それは決してイーサーの事を見下していたり、共感を得なかったわけではない。一つ難関をクリアしたということに対して、気持ちはある。だが返事が今一ハッキリとしないのは、彼がそれをどう使いこなすのか?ということがいためだ。だから、ボンヤリとしたドライの返事だったのである。

 ドライはそれ以上の追求はしなかった。

 それがどんなものなのか?とか、どれほどのものなのか?ということも、である。

 イーサーがドライにそれを試したいというのならば、付き合わないでもない。但しイーサーも、ドライと剣を交えていたいため、あえてそれはしなかった。

 その夜のドライは、あまり激しい立ち回りや、イーサーを試すような事をしなかった。

 言葉は無かったが、彼が向けてくる矛先を誘導し、軽くその動かし方を経験させるのだった。

 受けに入り、イーサーに攻撃させては、彼の隙を作り、そこを少し早いスピードで攻める。

 イーサーは、慌てて剣を引き戻し、ブラッドシャウトの矛先を、剣で弾いて、防御を固めてみるといった具合である。ドライはしばらく攻めると、わざと一呼吸おき、再びイーサーの剣を受けてやる。

 そして、徐々にそのスピードをつり上げてゆくのだ。

 ドライが無言で剣の稽古を付けてくれることは、本当に珍しいことだった。

 イーサーもまた、幾度かこうした場面はあったものの、檄が飛んだり、叱られたりと、そんなことが多い。今日はそれがないのだ。

 イーサーが夢中になっていて、気が付かないことだった。


 翌朝。数日ぶりにエイル達とトレーニングをすることになったイーサーだった。

 そのエイルは、人一倍激しいトレーニングを望み、誰よりも早く汗をかいている。

 見解の相違。エイルとグラントがそう言っていたように、確かに二人は、トレーニングをボイコットしたり、互いのスキルを確かめ合ったりする事に関しては、協調しあっているように見える。

 無駄のない動きのエイルだが、そのために相手が一度防御に回ってしまうと、攻撃に転ずる隙をなくし、相手側のディフェンスが堅くなってしまう。

 逆にグラントは、高い防御力はあるが、その分攻撃に回す手数が少なくなってしまっているという、互いの欠点のようなものを、指摘しあっている。

 何より守備力の高いグランは、今回彼の守備を崩すことができれば、自分たちと同じクラスの相手ならば、それを崩すことができるという、エイルの確信であった。エイルにとって良い稽古相手である。

 逆のパターンを作りたければ、イーサーや、ミールが適任なのだ。フィアとは、バランスを計るために、やり合うことが多い。

 グラントとは、必要以上の会話はない。主張は曲げられないのである。

 イーサーは、フィアとミールを相手に、昨日ドライが行ってくれたように、引きつけて隙を生み出して、そこを攻めるという、動作を繰り返していた。

 リバティーはというと、ひたすら基礎訓練である。彼女が言い出したことだった。

 基礎といっても、ほとんどが身体的な基礎訓練であり、剣を握るにはほど遠い。

 「イーサー、頼む」

 次に、エイルがイーサーに手合いを頼む。

 決勝トーナメントは翌日である。普通ならば調整に入る形をとっていても、不思議ではない。エイルは何かを突き詰めるようにして、トレーニングを続ける。

 だが、予選で見せたような、力を見せつけるものではない。

 恐らくそれは、相手がイーサー達だからだろう。

 それは、遠慮というものではなく、十分な手応えが得られるという、満足感からである。

 それほど、周囲と彼らの実力差は大きく離れているいうことだ。

 恐らく各国で行われているだけの大会では、もう肉迫したものは、得られないのだろうという、エイルの予感があった。

 市民枠の決勝トーナメントが行われる日の朝のことである。この日は併せて、決勝トーナメント開会のセレモニーも行われる。

 グラントとエイルの距離感は、あの日からあまり変わらない。半分は間違いなくグラントの我慢強さのおかげだろう。二人が喧嘩をすることはない。残り半分の要因は、エイルが大会に向けて気持ちを集中させている部分もある。見解の相違ということも、その中に含まれている。

 朝食のテーブルには、ローズの広げた新聞と朝食が並べられている。

 だが、ローズの顔は渋い。眉間に皺が寄っている。

 「エイル?今大会、どれだけ儲かるかは、あんたにかかってるのに、このオッズの低さは、いただけないわねぇ……」

 ローズももちろん、大会で誰が優勝するかは、とうの昔に把握している。優れた逸材の情報が飛び込んでこないことも、その判断材料の一つでもある。

 エイルは黙々と食事をしている。

 「俺は、アンタのバクチのために、大会やってんじゃねーよ」

 だが、一言ぼそりとつぶやく。そのまま黙々と食事をとり続けるエイル。

 「あぁやめた、やめた!しらけちゃった」

 ローズは新聞をバサリと閉じてしまうのであった。賭ける気になれないといいたいのだ。

 「こんなオッズじゃ、一本賭けてもしれてるし……」

 ドライはそれに苦笑する。何せローズのいう一本は通常の額ではないからである。一晩では使い果たす贅では、収まらない額なのである。

 ローズの懐には、ヨークスの大会で稼いだ潤沢な資金があるに違いない。

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