第3部 第10話 §5 引き出される力
最もルークもその時間を与えてはいる。
そして、イーサーは、ある方角に動かされているのだった。
それは、リバティとレイオニーの前である。
厳しい眼孔を持つルークが、イーサーを見つめている。そこには甘い優しさはないように思える。
そしてルークは、わざと視線をリバティに移し、イーサーにそれを悟らせる。
それからイーサーに向かい、切っ先を鋭く伸ばしてくるのであった。
「ギギギ……」
イーサーの眼前で、それは止まる。彼が出した答えは、白羽取りである。躱さず眉間に突きつけられた刃を両手で挟み込み、懸命に堪えている。体力の限界に迫った筋肉の硬直は尋常ではない。力が入らない状態で、尚それを食い止めなければならないのである。
「躱せただろう?」
更に矛先を突きつけようと力を加えるルークである。
「今のが、ホントだったら、許さねぇ!」
食いしばった歯の隙間から漸く声を出すイーサーであった。
リバティは、落ち着いているレイオニーの横で、目の前で起こった事態に、硬直して見守るしかなかった。
「だったら、証明しろよ?」
ルークは、そう言うと、素早く剣を引き、もう一度イーサーに矛先を突きつけようとした。
イーサーは、その瞬間に、白羽取りをしていた手が解放されると同時に、左の腰にぶら下げていたチェーンをきちぎり、それにつながれていた円錐をルークの剣にぶち当てる。
すると、それはイーサーの左手を包み、銀色のグローブになり、そこから、シールドが展開される。薄青いがほぼ無色に近い半透明のシールドである。それは、激しく光る魔力の剣とは違い、静かに存在している。
ほんのコンマ数秒の出来事だった。
シールドは彼の身体を十分に覆うほどの大きさである。そして、ルークの向けた剣の矛先はシールドの手前で、食い止められている。
「わお……」
レイオニーが、感嘆の声を上げた。
それも当然である。エナジーキューブを使用した状態で、物質でないシールドを展開したのである。それは――。
「霊子力変換……」
セシルが呟くその一言。その力は、生物本来が持つ、そして、誰しもが持ち得る力である。
「ふん……」
ルークは、大して驚きもせずに、半球状に広がったイーサーの薄青いシールドに突き立てた剣を引き、さらりと腰元の鞘に収める。
「テメェの剣術がヘボイのは、かわらねぇがな……」
それは、身体的なスキルが上がったわけではないという、ルークの厳しい指摘である。
それと、同時にレイオニーが、立ち上りルークに近寄る。
「せっかく来たんだから、チェスでもしようよ」
周囲とは、険悪な空気を作りがちなルークだが、レイオニーはそうではない。ルークはいつも通り愛想の悪い態度を見せるのだが、レイオニーは構わずにいる。
「ち……」
わざわざ、周りに人がいる時に、そのようなことをいうレイオニーに、少し腹が立つが、照れくささも混ざっている。戦略という共通点がそこにはある。二人の趣味だ。ルークがレイオニーに勝てた試しはないが、それでもルークにとっては、よい刺激にはなる。
それでも懲りずに、レイオニーとチェスをするには、理由がある。
その手があったのか。
という、その意外性がいいのだ。ルークは、投げやりなようでそうではない。いい加減に見えて、見るべき部分を見ている。ドライなどはチェスのコマを見て何時間も思考を繰り広げることはない。
そしてこれは、わざわざ引きずり出された、ルークのご機嫌取りでもあるのである。
「ごめん、かなり乱暴だったな……」
サブジェイが、硬直したまま座り込んでいるリバティーに声をかける。
だが、実際リバティーの脳裏に焼き付いているのは、ルークの矛先が自分を貫くという危機感より、それ防ぐために、引かず立ち向かうイーサーの姿の方であった。それはまだまだ、隙だらけで頼りないものはあるが、安心感があった。
そしてそれはイーサーの目指しているものの、一つでもある。
「リバティー?」
もう一度、サブジェイが声をかけると、リバティーは、はっと意識を現実に戻す。
「お嬢?怪我ない?」
イーサーが、ルークが十分に警戒範囲から抜けるのを見てから、せわしなくリバティーに近寄り、肩や手を取り、彼女の無事を確認する。
「う、うん」
まだ、彼女自身の思考が整理しきれないうちの、返事であった。
「今度さ、二人にはなんか奢るから。ああいうやり方しか出来ない人だから」
サブジェイは苦笑いをしつつ、レイオニーに後ろからついて行く、不平を漏らしそうなルークの背中を見ながら、リバティーを、ついつい巻き込んでしまったことを、二人に詫びている。
非情そうに見えるルークだが、レイオニーの後ろをついて行く姿は、なぜかそれが押さえ込まれている。それは、彼が何らかの弱点を握られているとか、そういった意味ではなく、愛着や愛情が見え隠れする、何とも不器用で、愛すべき後ろ姿なのだ。
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