第3部 第10話 §4  危機感

 次の予選でもそうであった。エイルは、力を解放して見せたり、絞り込んでみたり。それは彼が力の使い方を自ら試行錯誤している結果でもあるが、勝ち方は強くその実力を見せつけるように、対戦相手を退ける。

 エイルが、いくつもの痼りを残しながら、大会の予選を順調に消化してゆこうとしている頃、イーサーとリバティは、セシルやサブジェイの下に訪れていた。

 だが、そこに姿を移していたのは、彼らだけではない。

 不機嫌そうなルークがいる。

 ルークは、サブジェイの呼び出しに応じて、その場へと足を運んでいるのである。言い換えれば、サブジェイの呼び出しだからこそ、彼はそこにいるのだ。

 「ふん……」

 退屈そうに全てを見透かしたようなルークのため息。不機嫌そうな表情は、取れないままである。

 彼が見ているのは、セシルとイーサーの、いっこうに進展のないやりとりだった。

 「セシルさんは、彼がもう一化けするんじゃないか?って思ってるだけど……」

 だが、セシルの瞳にそれだけが映っているわけではないのは、ルークにも解ることだった。それは彼に対する違和感である。

 サブジェイを育て上げたルークである。彼にもまた剣士を育て上げるセンスがある。それが訴えかけているのだ。

 サブジェイが、ルークを連れてきたのだ。セシルは、穏やかではないが、暗黙の了解をしている。ただ、その苛立ちは、イーサーに向けられっぱなし出ある。

 「ありゃ駄目だな……」

 ルークがぼそりと呟く。視線の先はイーサーである。いや、厳密にいうとイーサーの握っている、エネルギーで出来た刀身である。

 サブジェイは、直ぐに結果を知りたくなるが、ルークの行動は、順を追って見なければ解らない。それは彼自身も体験済みである。

 ルークは、腰の鞘から剣をするりと引き抜き、その刀身を陽にかざす。漆黒の刀身が、鈍く陽光を跳ね返す。黒夜叉。彼の愛刀である。

 「ふん!」

 ルークが、剣に魔力を込めると、切っ先から、黒い正八面体が生まれる。

 その大きさは、十センチ四方である。

 それが放たれた直後、セシルがいくら魔力を放とうとしても、手のひらから魔力が離れた瞬間、消えてなくなってしまう。

 それがルークの技、エナジーキューブである。

 彼と対するとき、肉弾戦を強いられるのは、必至である。魔法はその意味をなさない。

 同時にイーサーの剣も、その姿を消してしまう。魔法のルールに準ずるものならば、その術から逃げられるも術はない。

 「テメェのやり方じゃ、労力の無駄だ。おとなしく、嬢ちゃんのアシストでもしてな……」

 言い方は乱暴だが、現段階でレイオニーの研究を形にするには、セシルの力は必要不可欠なのである。セシルはその時間を割いていることになるが、それはレイオニーが気にするべき事であり、現にそのレイオニーは、焦りらしきものはみせていない。

 セシルは閉口して、何も語ろうとしないし、その場から動こうともしない。

 だが、サブジェイという存在を無視することなど出来ない。それはサブジェイの人格ではない。彼の力量を磨けあげたルークという存在が、そこにあるということである。同時に彼がドライ=サヴァラスティアという、剣士を生み出した人間でもあるのだ。

 セシルはその事実に従う。

 「ガキ、テメェの剣がそれなら、俺は帰るぜ」

 ルークは、刀身のない、イーサーの剣を見据えて、そういう。

 ルークが本気で一度背を向けてしまうと、後はどうにもならない。そんな厳しさは、普段脳天気に構えているイーサーですら、動揺してしまう。

 見捨てられることが怖いのではない。現段階での状況を打破しなくてはならないという、プレッシャーを感じるのである。

 「えっと……」

 イーサーは、刀身のないそれを、降ってみるが、何も変化は現れない。

 「ち……クソガキが……」

 ルークは、考え込んでいるイーサーが鈍重に思えて仕方がなかった。それは、スキルや彼の身体能力といった意味ではない。

 その思考の緩慢さだ。閃きやアイデアは確かに脳の中にある。だが戦いの中ではそれを自然に身体へと移行してゆかなくてはならない。本当ならばイーサーはもう死んでいる。

 ルークは何も言わず、そのままイーサーに素早く走り寄り、真上から剣を振り落とす。

 イーサーには、さぞそれが素早く感じられたことだろう。しかし、それはルークの本気の何分の一も出ていない速度である。だが、何の準備も出来ていないイーサーには、とてつもなく速い速度に思えた。

 それでもイーサーが取ったとっさの行動は、どうにか、両手でグリップ自体をつかみ、それでルークの剣を受け止めることだった。

 だが、それでいいのである。身体は自然に動く。

 ルークは、直ぐに剣を振り上げ直し、今度は彼の胴を真っ二つにせんと、剣を薙ぐ。

 イーサーの思考から緩慢さが消える。バックステップを踏み、ルークの剣をを腹部の前ぎりぎりで通過させる。

 「うわ!まってよ!俺まだ……」

 「死ねガキ!!」

 ルークは、空気中を震撼させるほどの一喝で、イーサーの言い訳や戸惑いを、消し飛ばしてしまう。

 クーガの前で、座り込みつつ、イーサーとルークのやり取りを眺めているレイオニーが、リバティーに向かっていう。

 「まぁ、ルークさんが来てくれたなら、近からずとも遠からず、彼は一つの結果を知るわね」

 サブジェイとルークの修行の日々を見てきたレイオニーである。彼女はそう確信していた。

 リバティも、セシルとの訓練の時より、なぜかルークとの修行の方が、心に走る痛みがないことを知る。

 最もルークの本気を見れば、その気持ちは一撃で打ち砕かれるだろう。

 そして、その通り、ルークが逃げ回るイーサーを封じるために、手や足も使い、彼に打撃を与え始める。そして、数分もしないうちに、イーサーは蹴り飛ばされてしまうのである。

 それでも、ルークは手を止めない。酸欠寸前で、胸で激しい呼吸を繰り返しているイーサーに対して、切っ先を突き立てにくるのだ。しかも彼の眼前にである。

 結論は、二つある。硬直し目を閉じて、死に至るか、例え数ミリでもずらし、生き延びようとするか。

 だが、目に前に迫るものを、避けようとする人間の本能がイーサーを突き動かす。首をひねり、身体をひねり、次にルークの攻撃が来る僅かな瞬間に、体制を立て直し立ち上がるのだ。

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