第3部 第10部 §3  手加減

 「さて、帰るか。おめぇが殺されちまわねぇうちにな」

 ドライも、少しそれを皮肉っていう。

 それから、フィアの肩を借りていたローズの頭を撫でて、抱き寄せてつれて歩き始める。

 ローズは、ドライとボブの会話の邪魔にならないよう、あえてドライに抱きつかなかったのだ。だが、今はしっかりと、肩を寄せ合って歩いている。

 フィアは、敬愛するローズのその姿に悲しみを痛切に感じた。

 「なるようにしか、ならない……」

 エイルが、ぽつりと呟く。それは、決してただ天に身を任せて、流れるままに、また流されるままに生きてゆくという意味ではない。そこにたどり着くためには、それ相応の事をしてゆかなければならない。

 そうでなければ、それすら適わないのである。ただ、まざまざと見せつけられた結果に呆然と立ちつくすか、はい上がるか……。そのときのために、なすべき事がある。そうならないために、すべき事がある。

 ドライがそう思っていることを、エイルはその言葉の中に感じていた。

 といっても、ドライはそれを身構えて考えているわけではなかった。着実に前に向かって歩き始めることが出来た、それだけなのである。


 やがて大会の予選の日がやってくる。それは、数日行われる日の一つで、エイルはその日に予選を行うことになっていた。

 イーサーとリバティはいない。二人は、彼のセシルとの特訓のために、レイオニーの研究所に足を運んでいる。イーサーは、エイルのことだから、予選など簡単だろうと、笑っていた。

 エイルの予選一回戦の相手は、褐色の肌を持つ、高速戦闘の達人と言われる、サンタナという名の男である。身長もエイルより高い。元々エイルは、戦士としては大柄ではない。

 その点では、グラントが一番向いているといえる。

 イーサーとリバティがいないため、あまり賑やかでない彼らだ。だが、二人も決勝には必ず、応援に来てくれるのだから、確実に勝ち進み、彼らがエイルの活躍を見ることが出来るように、エイルは頑張らなければならない。

 「エイル=フォル選手、肩の生物は、超獣か?大会の武装品は……」

 「これが俺の剣だ」

 エイルは、肩に乗っているイクシオンを指先に導くと、それを剣に変化させる。

 ロングソードの刀身を、うっすらとした空気の幕が包み、それがグレーとソードのほどの刀身になっている。

 そして、その周囲は絶えず帯電し、電気を走らせている。

 「彼奴……なに考えてんだ……」

 グラントは、エイルの行動がずっと気になっていた。ただ、エイルは黙ってみていろと言うばかりだった。それがこの結果に繋がっている。

 ホーリーシティーにいる以上、超獣と呼ばれる、人間界では見ることの出来ない生物が、そうして存在していることは、十分認知されている。ドラゴンがそうである。よって、彼が魔剣を手にしていたとしても、それは、消して不可解なことではない。

 ただ、そうした人間が現実にいるとは、思いもよらず、審判員も少し息をのんでしまう。

 当然相手選手に至っては、尻込みしたくなってしまう。

 エイルが、剣を振ると、大気が雷撃に触れ、空気が振動し、低い異音が響く。

 「はじめ……」

 少し、萎縮した審判員の声が、試合開始の合図を告げる。

 「いくら、魔剣の使い手であろうと、その技量が確かだとは限らんからな」

 サンタナの、まるで自分にそう言い聞かせるかのような台詞であった。

 現にエイルは軽快に動こうとはしない。じっくりと立ち、剣を下におろして、構えを解いている。

 サンタナの武器は曲刀タイプのサーベルである。

 「シールドはいい。剣でけりをつける」

 エイルは、剣に話しかける。それはフィアも考えずにいた行為だった。身が危険にさらされれば、剣は自動的木に、シールドを展開する。エイルはあえて、それをするなというのだ。

 サンタナが、エイルの言葉を耳に入れながらも、一気に直線上を駆け抜け、正面からエイルに対決を挑む。

 サンタナから見れば、エイルは小柄である。身体でぶつかり、はじき飛ばしてしまえば、自然と隙が生まれると、考えたのだ。

 「大気の刃を引け!」

 エイルが、さらに命令を下すと、剣はロングソードの本体のみとなる。

 そして、正面から、サンタナの剣を受ける。

 エイルは確かに剣士としては小柄だが、サンタナの攻撃を十分に真正面から受け止め、剣と剣をぶつけた状態で、足を踏みとどめる。

 力みながらも、にやりと笑うエイル。

 「残念だったな……」

 エイルは、サンタナの思惑を十分見通していた。もともと、グレートソードを振り回すエイルの全身の筋力は、彼の体軀からは、想像もつかないものである。

 ただし、剣を振るうときは、ドライのように腕だけではなく、身体全体で剣を扱うスタイルとなる。

 この状態では、身体のバネを殺された状態になるため、素早く攻撃に転じることは出来ない。

 「小僧が……」

 エイルを押し切れないサンタナも歯ぎしりをする。

 エイルは、決して押し負けない。それどころか、じりじりと前に出始める。サンタナは自慢であるその脚力を生かし、素早く後方に飛び退き、身構えようとするが、エイルの洞察力はそれを見逃さない。

 急激に退く力に対して、バランスを崩すことなく張り付くように追撃し、あっという間に競技台の縁にまで、サンタナを追いやってしまう。

 そして、その直後再びエイルの剣に風が集まり始める。

 「風に舞え!!」

 エイルがそう叫んだ瞬間、剣に集まっていた大気が一気に爆発し、周囲に飛び散る。

 飛び散った大気の殆どは、サンタナの身体に跳ね返って方向を変えたものだ。周囲には一陣の風が舞うような状態であった。

 一瞬だけ、その勢いに、目を閉じてしまう。そんな雰囲気だ。

 サンタナが競技場がから二メートルほど離れた地点に、その身を落とす。それも一瞬のことである。

 剣を握ったまま、胸のあたりが酷くしびれているのを知るサンタナは、ただ呆然と壇上から見下ろすエイルを眺めるだけだった。

 場外はルール上負けである。

 「勝者、エイル=フォールマン!」

 審判員も、少し気後れがちになりながら、圧倒的な勝ち方を見せたエイルに勝者宣言を送る。

 「エイル……お前……」

 普段あまり、率先して口を開くことのないグラントだが、フィアもミールもあっけに取られている中、彼の戦い方に、疑問を持った。いや、心配だったといった方が、より正しいだろう。

 「全力は、出してないぜ……」

 エイルは、グラントと視線を合わせない。そして、がんとして譲らない姿勢でもある。何より、自分は手加減していると言いたいのである。

 はじき飛ばされたサンタナ選手に、医師団が駆け寄り、彼の様態を確かめている。幸い怪我の度合いはしれているようだ。

 「命に関わる怪我なら、天使の涙が、割れてるんだろ?」

 命に別状がない事もまた、発せられかけたグラントの発言を胸の億に押し込める事になった。

 いつになく苛つきを見せるエイルに対して、ミールとフィアは、互いを見合って、理由がわからないと、首を振り合うだけだった。

 人を負かして勝ち上がってゆく事の意味は、ヨークスの大会を終えたばかりのグラントが最もよく解っていた。

 エイルの性格上、強さに酔いしれることなど、考えられなかった。そこには別の真意が見え隠れする。

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