第3部 第10話 §2  墓前

 シンプソンに連れられ、彼らが向かった場所。

 ドライはその場所に覚えがある。それは、過去この街にいたからと言うわけではない。その場所はドライがなくなってから出来たモノである。だが、彼は、その場所に覚えがある。

 いや、その場所に行くまでの道のりに、覚えがあるというべきだろう。

 「ここって、確か……」

 その場所は、先日ドライが迷い込んだあの場所である。

 「セメタリーガーデン……、なんでぇ……」

 だが、今度はその停留所で降りることはない、そのままリムジンに乗り、黒い鉄格子に囲まれた墓地の中へ入り、その駐車場に車を停車させる。

 アスファルトの道路に、白い宴席、蒼い芝生。並木道があり、小鳥のさえずりもある。非常に穏やかな空気に包まれた場所であり、そこだけ時間が止まったような、空気さえ漂う。

 夏に近づいているため、そろそろ日差しの方はきつくなり、季候がよければ、少々汗もにじむだろう。

 だが、そこは、山中の丘陵地になり、標高の加減でわずかばかり涼しさがある。

 「ドライ?」

 車から降りたシンプソンは、忠告めいて彼の名前だけを呼ぶ。

 「解ったよ」

 何も言うなというシンプソンの一言であり、ドライはそれをよく理解した。そして、彼がそういうのだから、決して、浮ついた状況ではないのだということも、理解する。

 とても大事な何かがあり、彼を連れ来たのである。

 シンプソン、ノアー。ドライ、ローズ。そして子供達は、列をなして墓地の中の歩道を歩く。やはりグリーンの芝に栄える白い石畳が敷き詰められている。

 土地は開けており、並木道とは違う。周囲には森の緑が遠く覘いている、広い墓地である。

 「街の人口が増えるにつれ、こんな場所も必要になりました。それだけこの街が大きくなったのでしょうけど、寂しいですね……なんだか」

 シンプソンは、墓石を見渡しながら、ぽつりとそんなことを言う。だが、足取りは確かな方角を歩いていた。どうやら、この中にさらなる目的地があるようである。

 「あれぇ~、あそこに誰かいるよ?」

 背の高いフィアが、何気なくそれを見つけた。それが気になった理由は、その容姿に見覚えがあるからである。

 彼らが近づくと、彼女も気がつき軽い会釈をする。

 ドライは決して彼女が解らなかったわけではない。だが、二人の時間は十八年前で止まっている。

 そこにいるのはジョディである。穏やかな笑みを浮かべた初老の女性である。

 「お久しぶり」

 そうやって、にこやかに二人を迎えてくれる。彼女だった。

 五十歳になろうとしている彼女である。その変化はあまりに大きい。方やドライは昔と何も変わらない。

 「ジョディ……」

 なぜ彼女がここにいるのか?と、そんな意味も含まれているが、ドライの胸の中に少し切なさがあった。ローズのように、いつまでも若く美しい訳ではないのだ。

 彼女は、ドライよりもむしろオーディンを父のように慕っていた。オーディンは彼女を見てどう思うのだろうか。年月が彼を納得させたのだろうか?だが、ドライは、二人の中に大きな時間の溝があることを痛感した。

 恐らくローズもそれを感じていたに違いない。先に行くことが理解できるバハムートの存在よりも、より心が締め付けられる。

 「歳を取ると、勘がよくなるの。シンプソンの父さんと会うのなら、ここに来るんじゃないかって想って」

 ジョディーは、にこにことしている。自分たちよりも、ずっと人生の何かを知っている。そんな面持ちである。

 黄色いワンピースの落ち着いた服がよく似合っている。

 「ごめんな、ほったらかしにしちまってよ……」

 マリーを失ったときのように、途方もない感情ではなかったが、切なさが胸の奥の感情を押し上げる。

 年齢ですっかり衰えてしまった彼女を、そっと抱きしめて抱擁をする。

 「いいえ。みんな元気なドライが帰ってきて、嬉しいっていてるわ……」

 「そか……」

 自分がどれだけの時間の溝を作ってしまったのか。計り知れない出いるドライだった。

 「そうだ、ボブの野郎はどうしてんだ?まだ、現役やるって、いってんじゃねーだろうな?」

 ボブは、シンプソン家の一人であり、最もドライに憧れた少年である。警備隊が組まれたときにも、いの一番にその傘下に加わった子である。そして、ジョディーの夫でもある男だ。

 「ドライ……」

 悲しげなシンプソンの声。

 「ボブは、十年前。街をおそった野党との戦闘で、殉死したんです」

 それを聞くと、はっとロースが口元を押さえ、涙を溢れさせる。なぜ、この場所に彼らを連れてきたのか、なぜジョディーがそこにいたのかを、理解する。

 シンプソンやジョディーにとっては、もう十年も前から知り尽くしている事実である。

 シンプソン家の子供達は、名字にセガレイをもつ。彼らの前の墓石にはボブ=セガレイの名前が刻み込まれている。

 「彼奴、最期どうだったんだ?」

 「部下を庇って……、みんな彼を誇りに思っていますよ。慕われていましたから……」

 「そっか……」

 大事なものが一つ消えた。不思議なものである。十年以上も名前を考えることもなかったはずだった。

 この街に戻るとそれらが急に懐かしさを帯びて、彼を包み込む。だが、その一つを、もう取り戻すことは出来ない。

 ドライはジョディーを離せないでいる。少し放心状態になりながら彼女の温もりを頼りにした。

 「姉御……」

 ローズが、悲しさに止められない涙を、流しながら、フィアの方に額をつける。

 いつも明るい笑顔を絶やさないローズが、涙で崩れる。

 「ハンカチだよ」

 ミールがハンカチで、ローズの涙を拭く。

 「ママ……」

 リバティがのぞき込むと、ローズは涙を止めようとするが、どうしても止まらない。

 「ドライ、ボブに話してあげてください。ずっと貴方と話したがっていましたから」

 涙が出そうなのは、シンプソンも同じである。元々情にもろい彼だ。遅すぎるボブの思いがようやく叶えられようとしていた。涙で目がかすみそうになる。

 「ああ、そうだな」

 昨日ここに迷いたどり着いたのは、ひょっとすれば、ボブが自分をその場に呼んだからなのかもしれない。ドライは、ふと、そんなことを思いながら、墓前にひざまずき、長い間顔を見せなかった詫びと、その中で自分なりに考えた結論を、語る。

 単純な結論は、「なるようにしかならない」である。だが、すべき時に備えることが大事である。自暴自棄になり棄ててしまわない限り、消して無駄になる時間はない。ただ、それが遠回りになるか、そうでないかである。

 ドライは自分は遠回りをしていると想った。本当ならば、時間がそれを許してくれはしなかっただろう。

 だが、幸い彼には、それが許されている。贅沢な話だと、彼は笑っていた。

 ボブの墓石を撫でるドライの手が妙に優しい。二度と言葉を交わすことの出来ない親しき者への、情愛がそこに込められている。

 漠然と、空を眺め、口を開かないドライは、そう珍しいことではなかったが、墓前から離れがたそうにして、じっと墓石を見つめ、口を開かなくなったドライは、今までと少し雰囲気が違っていた。

 「さて、余り長居は出来ません。暗殺計画が立てられる身ですから」

 シンプソンは、クスリと笑いながら、ドライににこりとする。

 「そういう割には、そんな気配なんて、ねぇけどな」

 ドライは、シンプソンが余り危機感を感じていないせいもあって、それが出任せでではないのか?と勘ぐってみる。

 だが、それと同時にシンプソンが何気なく空を眺める。

 「ノアーがいつも私を守ってくれていますから」

 シンプソンは、安心しきってまた微笑む。そして、上空を軽く指さす。

 「あ~、成る程ね……」

 ドライは、それに納得が行く。なにせ、上空には絶えず数頭のドラゴンが空中を滑るように飛んでいるのである。彼らがしっかり周囲の不審者を監視しているというわけだ。

 「観察者はいたようだけど、暗殺には及ばないといっているわ」

 ノアーが、シンプソンに現状を報告する。

 「そうですか。どこの手の者か、解ればいいんですけどね」

 「ドラゴンは、目立つから、追跡にはむかないわ」

 それが難点だ。ノアーがため息を吐く。ドラゴンなど、どこにでも存在するわけがない。この街独特のものといえる。それに体軀も大きい。観察者が必ずしも、シンプソンの命をねらっている訳ではない。

 それにそもそも、常識の範疇で、彼に身の危険があるなど、あり得ないのである。

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