第3部 第10話 ホーリーシティー大会 Ⅱ
第3部 第10話 §1 移ろう時間
バハムートは、ローズとの抱擁を終えると、少し疲れた表情を見せる。
「ちと、疲れたわい。年寄りが無理をすると、いかんのう」
それは自分に対するふがいなさも、少々含まれているようだった。短い時間が少し恨めしそうでもある。バハムートはそのまま姿を空気に溶かし込むように、静かに消えてゆく。
精神を実体化に近づけるには、かなりのエネルギーがいるようだ。
バハムートが、消えた直後のローズも寂しそうな瞳をしている。
特に言葉にすることはなかったが、現実ははっきりと目の前にある。何れ別れなくてはならない時期が来ると解っていても、気持ちが落ち込む。自分たちが永遠であると知ると、その気持ちはなお膨れあがるのだった。
「ほら、ぼうっとしてんな」
ドライはほぼ、横に並んでいるエイルの頭を、軽く押しながら、全員をイーサーの寝ている寝室に、つれて入った。
シンプソンがそこにいて、治療を施しているということは、それなりの理由がある。
「過度の負担による間接部の炎症、筋組織の断裂、打撲、発熱。アイシングだけで、どうにかなるレベルじゃないですよ。ドライ?貴方がいるんですから、もう少ししっかりしてください」
珍しく、シンプソンの声に角がある。
もちろん、ドライに責任があるわけではない。イーサーとセシルとの問題である。
だがしかし、今日ではなく、昨日の到着時点で気がついて欲しかったという、シンプソンの気持ちがある。
「パパは悪くないよ。私が同じ治療法しかしなかったのが、駄目だったの」
リバティが、両者の間に挟まれることになってしまう。
「すみません。言い過ぎました」
「いや、解ってるよ。なんか、あったんだろ?開会式にも顔だしてねぇじゃねぇか」
「ええ、私の暗殺計画が、出ているとか、周囲が騒いでましてね。自重ですよ」
少しウンザリしたシンプソンの声色だった。ため息をつき、元気がない。
「馬鹿じゃねぇのか?お前を簡単に殺せる訳ねぇじゃねぇか」
ドライは、騒ぎすぎる周囲をばかばかしく想う。恐らくそれは、シンプソンに共感しているであろう。やはり自分たちの水面下で、いろいろな出来事が起こっているようだと、ドライは再認識する。
彼自身の身の回りに直接的に何かが怒らないのは、彼の存在が表面化していないからにすぎない。
間接的にはヨークスの街で起こった魔物事件ということになってくる。
「どうだ?ぶらっとしようぜ、缶詰じゃ、気が滅入るだろ?」
ドライが、酒を飲む仕草をする。昼間からいっぱいやろうというのである。それと同時にドライは、胸ポケットにさしていた、サングラスを取りだし、それをかける。
「ふあ~~……」
そのとき、イーサーが目を覚ます。と同時に、ドラゴンの幼生がノアーの肩から、彼のベッドの上に、姿をうつつ。
「どうですか?」
シンプソンが、静かにイーサーの様態の確認を本人にする。
「あ、うん。すっげー、軽くなった気がする」
イーサーは、熱が籠もり鋭さのなくなっていた体中の感覚が、元の戻っている事をはっきりと理解できた。
「こいつ、なんで俺のところばっか、くんだろ?」
イーサーは、自分になついているドラゴンの幼生を、両手で持ち上げる。
「貴方の事が好きなのよ」
ノアーが、微笑みながらイーサーのそれに答える。単純だが、それ以上の答えはなかった。
シンプソンの治療を受けたイーサーは、身体を軽そうにベッドから起こし、立ち上がる。
「へへ、お嬢に心配かけちゃったな」
イーサーが、リバティに向けて無邪気な微笑みを浮かべると、リバティはそれを否定するように首を横に振る。心配しなかったわけではない、ただそれが迷惑ではないことを、言いたかっただけだった。
「へぇ~、この子ったら女の顔しちゃって……」
それを敏感に察知したのは、ローズだった。にやけた笑みを浮かべて、リバティの表情の隅々まで観察する。
「ドライ、酒場に出掛けるのもいいですが、どうせ出掛けるなら、私に着いてきてくれませんか?」
少し声のトーンを落とした、シンプソンだった。
シンプソンが出掛ける。そうなると、周囲が騒がしくなる。
定かではないが危険な情報が飛び交っている中、行動は慎んで欲しいというものである。
だが、シンプソンは柔らかくそれを退け、ドライを、いや、ドライ達を彼の思う場所へと、連れて行くのだった。移動はバスではない。市の所有する要人送迎用のリムジン数台である。
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