第3部 第9話 最終§ バハムート
向かう場所は、シンプソン=セガレイの邸宅である。エイルはすでに、その地図が頭に入っているようだ。必要な場所は、すでに調べ上げているのだろう。
「仕方のない子ねぇ、もっと心をほぐしてあげないとだめかな?」
ローズが、小さく自分の唇を一舐めする。
「バーカ。それじゃトラウマになるだろうが……」
ドライは、あきれてぼそりと一言呟く。
「ま、大会ってやつの、内容次第……だろ?」
自分より、ローズの方が、適役だろうことは、彼も思っていたようだ。大会の中で、彼自身が望む答えを出せるかどうかは、解らない。
グラントは、その中で少しだけ答えを見つけた。強さというものに対する自問自答。彼はゆっくりだが、それを咀嚼し始めている。
「ビッグだよね!これから、ホーリーシティー市長の邸宅にいくなんて。ちょっと前のうち等じゃ、かんがえられないよねぇ、ね!」
ミールは、興奮してはしゃいでいる。イライラを募らせるばかりのエイルの分まで明るさを振りまいているようにも見られる。
「なっつかしいよな。またこうやって、歩けるなんて思ってもみなかったな」
ドライの本音だろう。スタジアムからシンプソン邸、また自宅への道のり。オーディンやドーヴァとよく歩いたものである。軽く一杯、美酒で口をしめらせて、過ごした昔が懐かしい。
グラントは、そんなドライの後ろ姿を、最後尾から見ていた。なぜ、車での移動を行わずに歩くことにしたのかが、何となく理解できた。本当ならイーサー達もいた方がよかったのだろう。
歩くことに拘ったのは、彼個人的な感情の趣であり、誰かに見せるものではないのだ。
「イーサーの体調が戻ったら、また歩きたいですね」
「ん?あぁ。」
脈絡のないグラントの発言だったが、ドライはその感情に否定はしなかった。確かに、こうして歩くことは、心地よい。自分たちが育てた街なのである。
やがて、シンプソンの邸宅の門塀の前に、彼らは姿を現す。邸宅は門塀より数分歩いた位置に奥まってある。
そして、門塀の前には静かに待ち受けている、ノアーの姿もあった。そして肩には、あのベビードラゴンが、乗っている。
「よっ」
ドライが少し落ち着いた雰囲気を出しながら、軽い挨拶だけを投げる。
「お久しぶりです」
頭を下げ、よりかしこまったノアーの雰囲気がそこにはあった。先日ドライの家にいたノアーは、確かに、静かでしとやかな雰囲気を持った女性であるという、認識が、彼等にはあったが、久し振りにドライを目の前にしたノアーは、それ以上の何かを感じさせた。
「敬愛」その言葉が、そこにはある。
「お久しぶり……」
次にノアーは、ローズとしっかりと抱き合った。ノアーは、元気な二人の姿を確認することで、少し固さのあった、オーラを和らげさせた。
「ガキ共の紹介は、いらねーな」
ドライは、あっさりと片づけようとする。確かに彼らは、先日ドライ達より、早くノアーと対面している。
「うちの大事な娘と、馬鹿が一人きただろ?」
「ええ、ちょうど時間がありましたので、シンプソンが様子を見ていますわ」
ドライを見るノアーの瞳の色は、ブラニーとはまるで異なる。軽く諦めに近い表情で、愛想を尽かした様子をもって、ドライに接しているブラニーとは違い、ノアーはよりドライに、親しみを持って接しているのが解る。
「そっか、ジジイは?」
「大老は、恐らくシンプソンとともにおられると思います」
「ふーん」
ドライはノアーから視線をはずし、目の前のシンプソン邸を眺める。
古さが増しただけで、作りは昔と全く変わらない。
「んじゃ、頼むわ……」
「はい」
妙に従順なノアーの態度である。それだけこの再会を待ち遠しく思っていたということである。
「そいつには、留守番させてあったはずだけどな」
ドラゴンは、後ろ姿のノアーの肩に乗っている、ドラゴンに指を指して、一つ思い出したことをいう。
「ふふ。この子は、リバティーちゃんと、イーサー君が好きみたい。気にしてるの、二人のこと」
「ふーん」
イーサーに何かを感じているのは、なにもセシルやルークだけではないようだ。
市長官邸には、特に警備の人間はいない。上空には、ドラゴンが数頭飛んでいる。彼らが絶えず見張ってくれているのだ。ノアーの忠実な僕である。
ドライ達は、当たり前のように、官邸の入り口から、中へとはいる。
昔も、何の気兼ねなく入っていた玄関だ。ここも懐かしい場所である。
官邸の中には通常メイド達などがいる。だが、ノアーもシンプソンもあまりそれを好まない。もてなしてくれるのは、殆どノアーである。
「そう、姉さんもルークもいるのよ」
ノアーは、邸内で彼らに遭遇する可能性があることを、前もって教えてくれた。だが、それはブラニーがサヴァラスティア家に、出入りしたころに、何気なく聞いている話だ。顔を合わせても何の不思議もない話だが、それでも彼女なりの気遣いだったのだろう。
ノアーが、何も言わず案内してくれたのは、ある一室の扉の前だった。
「シンプソンは、ここにいます」
ノアーは、三度ノックする。
「いいですよ」
シンプソンの柔らかい落ち着いた声が聞こえる。何かに集中しているのか、少しだけ無表情さが伺えた。
シンプソンの許しが出るとノアーは、扉を押し開ける。
中には、ベッドに横たわっている、イーサーと、ベッド横で椅子に座っているリバティー、シンプソン。半透明になっているバハムートの姿があった。その容姿は、ドライ達が姿を消した頃と変わらない。
ドライは、何よりもまず、バハムートの姿を見たときに、少々やりこめられた表情をして、目を閉じ頭をうなだれさせ、後頭部を軽く掻いた。
「さっさと、逝っちまえよ……ったく」
「ふん。どうしようもない馬鹿がおるせいで、寝るにねれんわ!」
ウンザリしたような、ドライの売り言葉に、喧嘩腰なバハムートの買い言葉。互いに妙に意地を張った様子を見せる。
「おひさしぶり……」
ローズは、相変わらずの二人のやりとりを見て、クスクスと笑いながら、ドライの横から姿を出して、バハムートに対して抱擁の姿勢を見せる。
「うむ。元気そうで何よりじゃ。馬鹿がいると苦労するのぉ」
バハムートは、ローズの気持ちを察しているかのような発言をして、ローズと抱擁をする。
半透明だが、実体化はしているようだ。抱き合った感触が確かにあるが、そこには体温は感じられなかった。ローズしては、それが少し寂しく感じられ、別れの時が近づくのを感じずにいられなかった。
思わず、涙の粒が、目尻にあふれる。ローズは少しの間じっくりとバハムートとの抱擁の時を過ごした。
今のバハムートが自分たちのために時を生きていることへの感謝の意である。
シンプソンと同じように、また彼も、ドライ達への帰る場所となるため、そこに存在し続けていようとしているのである。
「あとで、ちゃんと顔をみにいくわね……」
そこにはローズの持つ情愛が溢れている。ドライが愛して止まないローズの一面でもある。
バハムートが、まるで自分の子供を慈しむように、幸せそうに眼を細め、ようやく戻ってきた彼女を暫く抱きしめていた。ドライが発する憎まれ口も、また返すそれも、変わりない感情だ。
強く激しい生を送っている彼等だが、その心の憂いまでも振り払って生きてゆけているわけではないのだ。
その大切さを一番胸に強く感じたのはミールだった。グラントやフィアも感じていたが、サヴァラスティア家に迎え入れられた彼女が、何より自分が欲していたものがそれだと気づく。それがどれだけ大切で幸せなことなのか、である。
老人のバハムートが陽炎のような希薄な存在となり、そのときが失われつつあることを、彼女に知らしめた。
ミールは、エイルの手をぎゅっと握る。
それは彼女が最も愛おしむべき人へ向けた想いでもある。
エイルはミールの心を感じることは出来たが、それを自分に同調させることが出来ずにいた。
いや、理解は出来ている。だが、それを心の中に溶かし込み、一体となった感情にはしていなかった。いつものようにミールが愛おしく想えるだけであった。
それは、エイルが持つ、ドライ達への不信感がさせるものだった。よく考え思案し答えを見いだそうとする彼自身が、その暗がりへと迷い込ませてしまっていた。
ただ暫く、そこにいる謎の多い人間達を、鋭く観察し見極めようとするエイルがいるのだった。
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