第3部 第9話 §17 解らないことばかりだ

 そのとき、ドライの携帯が鳴る。Only you.である。それはローズからの、着信を意味する。

 「あ?ああ、ああ、しゃーねーだろ?バス乗り違えてよ。声?別に、上ずっちゃいねーよ」

 ローズは、いつもドライと様子が異なることを見抜く。だが、取り立ててそれを追求する様子もない、それは、不可思議さから来る心理的なものであり、決して不安や危機感から来る緊張ではなかったからだ。

 サブジェイとローズは、デートを終えた後、再び空港に戻ることになる。もっともシェルを取りに来なければならないサブジェイは、どのみち戻らなければならなかったのだ。

 今日の彼は、ローズお着きの運転手扱いのような状態で、少々疲れ切ったため息をだしていた。

 それに反比例してローズのご機嫌は上々だった。

 懐かしいホーリーシティーの家。そこにたどり着いても、ドライは漠然とした思考にとらわれていた。初めてあったはずの人間に、誰かを思い出そうとしている自分がいる。

 「ねぇ、ドライ?子供達、ちょっと変じゃない?」

 ローズは、不可思議なドライの悩みよりも、現実的に苛立ちを見せるエイルや、へとへとになっているイーサーが気になっていた。

 「ん?ああ……」

 寝室での一時、二人の意識が重なり合わないでいる。

 時間も随分夜更けになるが、ドライは疲れを感じることもなく、ただボンヤリとしているだけだった。

 一方エイルも、苛立ちを沈めることが出来ないまま、ベッドの上にその身をおいていた。疲れ切ったミールが、彼に寄り添い、静かに眠っているが、彼は完全に満たされてはいなかった。

 今のエイルは、大会を勝ち進むことだけに、集中することが出来ないのだ。

 決して力を持てあましている訳ではないが、彼はグラントのように、自分を押さえて勝負に挑むことが出来そうにない衝動に駆られていた。

 理由は自分たちの存在である。セシルはそれを知っている。恐らくドライも知っているはずだと、彼は考えていた。だとすれば、その理由は何か?である。

 「いいさ……、どれだけのものか見てやるよ……」

 彼は、仲間との訓練では、決して出すことの出来ない、秘めたる力を試すことを考えた。

 エイルは自らを強制的な眠りに追いやった。そして、そうしなければ眠れない彼がいた。

 ホーリーシティー大会の日程は、ヨークスのそれと、ほぼ同じになっている。殆どの大会がそうである。

 ただ、予選の一部はリコという街で行われており、その人口はヨークスより過密になる。

 翌日。グラントの時と同じように開会式が行われるが、場所はスタジアムである。この街での大会の全てはここで行われることになる。

 エイルの大会参加には、全快と同じように一家総出で、スタジアムの表で、彼を待つことになる。もちろんイーサーもリバティーもそこにいる。セシルとの特訓は、この日はない。彼の休養日でもある。

 肉体に蓄積された疲労は、相当なものになている。イーサーは、身体を引きずるようにして、ようやく歩いている。

 だが彼は、平気そうな笑いを作る。


 大会参加選手以外は、スタジアムの中に入ることは出来ない。

 もっとも、予選になれば、選手サポート関係のスタッフは場内に入ることが許される。

 いつものように式が終わり、時刻は昼過ぎを回ろうとしている。

 「さて、ジジイに会いに行くか」

 エイルが揃うと、ドライは有無も言わさず、先頭を切って歩き始める。

 それはこの街にたどり着いて、最初にしなければならないことだった。それにセシルにも合わなければならない。彼女が何を考えているのか?である。

 ドライは、少々景色は変わってはいるが、過去に歩きなれた道をゆったりと歩く。

 「っと……、リバティー、そいつつれて先にいってるか?」

 ドライは、イーサーを指して、公的な移動手段か徒歩かの択一をもとめる。

 「平気っすよ。歩くくらいなら」

 イーサーは、相も変わらず平気そうな顔をしている。ただ、そうでないのは確かである。

 不思議な気分だ。サブジェイの時はこれほど気になることはなかった。それはどこかに自分の息子であるという自信もあったのかもしれない。

 イーサーの資質は認めているドライだが、その壁が早くも見え始めている。

 やはりそれは、セシルの考えるように、彼がシルベスターやクロノアールに組みする者ではないからだろうか?セシルは、彼にその限界を知らせようとしているのだろうか?解らない事がまた一つ増える。

 ドライは、立ち止まり、何気なく手を挙げて、道路の方を向く。

 この日の通りは、車の往来がある。タクシーなどの量も多い。公共の交通手段からあぶれた人々や、途中で気の変わった人などを探しに、タクシーの量も多い。

 ドライが手を挙げてまもなく、空車が止まる。

 「先いっとけ、無理すんな」

 いつになく優しい対応のドライがそこにいた。かける言葉にもそれが十分にでている。イーサーの身体的疲労がかなりのものであることは、他の者にも解っていることだった。

 ドライの言うことである。イーサーは、それ以上は強がらなかった。

 ドライと視線を合わせたリバティーは、こくりと頷きイーサーを導いて、タクシーに乗り、先に行くことにする。

 タクシーが走り去り、その後ろを眺めながらドライは、再びゆっくりと歩き出す。

 「あんま、ため込むな。気がめいっちまう」

 ドライが、エイルの肩を軽く叩いて、そういった。

 ドライがそれを、理解していったわけではなかったが、エイルが問い詰めようとしていることは、一時期ドライが、シルベスターの力に足して、思い悩んだことと、似ている。

 彼らのその力は、一般社会には。不必要なものである。

 「大会が終わったら、知ってることを、あんた等に洗いざらい吐かせてやる」

 エイルは、ドライの手を軽く突っぱねて、先に歩き出す。

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