第3部 第9話 §14 バスの終着駅
サブジェイとローズがデートに出かけ、一時間半ほど、経った頃だった。そろそろ昼下がりになり、夕方に近づき始めた頃合いになる。
ドライにとって、予想外の状況になっていた。
「どこだ……ここは」
確かにセントラルシティー行きのバスに乗ったはずだったドライが居たのは、緑地公園のような、手入れのされた緑の広がる場所だった。
大きなトランクを持ちながら、彼はバス停に前で、しばし呆然とする。
「ついつい、いい女のケツ見ながら、のっちまったからなぁ」
ドライは、後頭部をかきながらも、大して反省も困惑の色も見せない。現実に返ることが出来るとそんなものだった。
「だからバスってのは、嫌いなんだよなぁ」
ドライは、注意力散漫な自分を省みることもなく、ぼやきながら周囲を眺める。
そもそも、セントラルシティーに行くはずのリムジンバスに乗るはずだったのだ。それがこの結果である。
彼がバスを降りることになったのは、目的地にたどり着けなくなったことを、知ったためではなく、そこがそのバスの終着駅だったからである。
特に焦ることはなかったが、トランクが邪魔である。
ドライは、一度携帯電話をズボンの後ろポケットから取りだし、電話をかけようとするが、すぐに気がそがれて、キャンセルしてしまう。かけようとしたのは、ローズの電話である。
サブジェイと機嫌良く出かけた彼女の邪魔をすると、それもまた問題が多い。駄々をこねるに違いない。いや、それ以前に、着信自体無視される可能性がある。
着信が無視されるということは、とどのつまり、そういう状況にあるというわけだ。ローズが過剰な愛情をサブジェイに示している最中に違いない。
「レイオ……だな」
ドライはすぐにターゲットを変更する。
「あ~~、俺~……」
ドライは、通話が可能になると同時に、間の抜けた声で、しゃべり始める。
「ドライ?!もうついたの?」
と、明るいトーンで嬉しそうなレイオニーの声が聞こえる。彼女は自分に御指名がかかって、上機嫌らしい。
「実は、バス間違えちまってよ~。ああ、なんだ?セメタリーガーデン?ああ、墓地か公園だと思ったぜ。でよ、迎えにこれるか?」
ドライは、それと同時に、ローズとサブジェイが、デートに行ってしまったことも伝える。そして、それぐらいで驚くレイオニーではない。なにせローズのする行動だし、好奇心旺盛な彼女のことである。いろいろな事象が生み出すいろいろな結果に、興味がそそられてるのだった。
「ごめん!今、クーガもないし、ガゼルも再調整中なのよ。そうだ!飛んでくればいいじゃない!それに、今イーサー君とリバティーちゃんが、研究所に来てて、大事なところなの、せっかくのドライとのデートのチャンスだけど……」
それは、ローズとサブジェイも出かけているのだから、おあいこだろうという、とんでもない発想であった。意地悪に残念そうなレイオニーの声だった。
「なんでぇ、つれねぇなぁ。つーか方角わからねぇよ。え?東向かって飛べ?確かに陽が西に傾いて来ちゃいるが……」
ドライとしては、旅行気分も兼ねているのだ。飛んでしまったらそれこそ味気なくて仕方がない。ブラニーを呼ぶ手も考えたが、おそらくそれが最もつまらないものなのだろう。
ドライは、結局レイオニーとの電話で、何の成果も得られないままに、切ることになる。
「歩くか……」
それがドライの出した結論である。
「あ!俺、バスに剣忘れてるって!」
おそらくルークがそれを聞くと、とんでもない平和ボケだと、頭からしかりつけるだろう。「だからお前は、駄目だ!」などと、一喝されるのが、目に見えそうだった。
ドライは、再び電話をかける。間抜けな姿だ。
「あ~レイオ。俺だけどさ……」
ドライは、経緯を説明する。幸いバスターミナルが、歩いて直ぐのところにあるらしい。ブラッドシャウトとレッドスナイパーの総重量は計り知れない。おそらく人一人ではもてないものだろう。それを彼は片手で軽々と持ててしまうのだ。
静かな道だ、美しく刈り込まれた芝のそばを走る道路と歩道、アスファルトの道路に対して、歩道は赤煉瓦のタイルで敷き詰められている。神経質なほどにきれいな作りになっている。周囲は散歩コースにも使われていそうである。
ドライは、レイオニーの指示通りに、赤煉瓦の歩道を歩いてゆくと、金網のフェンスに囲まれた、一つの区域を見つける。その中には数台のバスが停車しているのが見える。おそらくそれに間違いないだろう。
どれも先ほどドライが乗っていた、グリーンを基調とした、クラシックな雰囲気のあるバスである。
「あ~っと、ちょい十分前に、バスに乗ってた者だけどよ……」
などと、ドライは、ターミナル入り口もいる守衛に面倒くさそうに、説明をしようとする。
「た…………隊長!!じゃない……ですか?」
年の頃はもう四十歳を超えていそうだ。体は締まっていて、マッチョでもないが、よく鍛えられている。年齢の割には、細身なのかもしれない。髪はブラウンに少々しろいものが見え始めている。もてないタイプではないようだ。一八年もの月日が流れているのだ、当然彼を知っている人間もそういう年齢になりつつある。だが、ドライの容姿は、いっこうに変化がない。
ドライが理解できなくとも、向こうは彼を理解できる。
「ヨルグですよ!て……覚えてろ!ってのも、むりか。でもさ、あんた間違いなくでしょ!?」
声を弾ませて、少々落ち着きのないように見えるが、それはドライを見て興奮しているせいだろう。
彼は、小さな守衛室から、外に出るために、一度姿を消し、横の扉から、出てくるが、少々左足を引きずっている。ドライは、それで直ぐにぴんと来る。彼のことではない。自分を隊長と呼び、興奮を隠さないこの男が、このような場所にいる理由である。
おそらく彼は戦闘で左足に負傷を負ったのだろう。人生いろいろである。
「なんでぇ、ドーヴァとか、シンプソンとかいんだろう?」
ドライは彼の引きずった足を指しながら、ごく当たり前の疑問をいう。だが、彼は小さく笑いながら、首を横に振った。
「いつまでも、出来る仕事じゃないですからね。嫁さんも子供もいますから」
恐らく、彼はそんな自分を目の前にした家族の顔を見ながら、血の気の多い職から退くことを決めたのだろう。恐らく引きずった足は、その決意なのだろう。その足では戻れないと、自分に言い聞かせてるに違いない。
沢山の人生がある。時間を経てここに戻ったドライには、その変化が見えた。
「っと、剣でしたよね。詰め所にある預かり品置き場にあるはずですよ。一日経っちゃうと、セントラルの保管庫に送られちゃいますけどね」
守衛室から出てきたヨルグと、ドライはバス職員の詰め所にたどり着くまでの、歩道用の白いラインで仕切られたわずかな距離をゆっくりと歩くことにする。
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