第3部 第9話 §13 懐かしきホーリーシティ

 日付はその週の金曜日の午後になる。

 イーサーが得られるものはなかったが、リバティーは得るものがあった、ブラニーに教えてもらった、元素コントロールである。手のひらで、ピンポン球ぐらいの小さな魔力球をつくり、それに対する温度のコントロールを行っているのだ。イーサーが、セシルと向かい合っているその横で、レイオニーの側にいる。だが、サブジェイとクーガがない。というのも、ドライとローズが、ホーリーシティーに向かっているからである。

 二人は、特等船室にいる。与えられた空間は、十畳間程度の空間で、ベッドはダブルで、冷蔵庫もある。テーブルも備え付けられている。この部屋が使用されるケースは、ハネムーン旅行などがある。

 内装はブラウンとグリーンで、落ち着いた仕上がりになっており、木造のアンティークな雰囲気がある。

 柔らかな絨毯も敷かれており、歩くと足が沈みこむ感触があるほどに、密度のある繊維の柔らかさだ。それを贅沢に、靴やヒールで遠慮なく踏みつけるのだ。

 足下にも贅の極みが窺える、高級な室内が、たった十数時間ではあるが、二人のくつろぎの場となる。


 時間をいとわず、ベッドの素肌を寄せている二人の短い旅の時間もうすぐ、終わりを迎えようとしている。

 ローズは、ドライの胸の上に、サービスのフルーツの盛り合わせを置き、苺をつまみ、ゆっくりと食べている。

 普段のローズならば、丸ごと口の中に放り込んでもおかしくはないが、二口程度に分けて食べて、その時間を味わうように、果実を堪能している。少し酸っぱくとも、さわやかな甘さだ。

 「いいわねぇ……、百万ネイくらい使って、世界旅行でもしてみない?」

 何も考えず、空の中に浮かぶ揺り籠の中で、時間に囚われず、全てを無責任に放棄して過ごす空の旅。全ての煩わしさは、メイドなどに任せてしまえばよい。

 二人は抱き合いたいだけ抱き合い、補給のために立ち寄る街々に出歩き、したいことをする。

 「バーカ、その倍はかかっちまうよ、俺とお前だぜ?」

 そこには、農園で働くようなドライの姿はなかった。賞金稼ぎ時代の剛勇を重ねたころのように、少し何かに冷めたものを感じている眼をしていた。それでも、ドライは、余りある財を残している。それはローズもである。

 百万ネイはおよそ一億円に匹敵する価値がある。

 「いいじゃない。あの子には、ちゃんと残してるでしょ?」

 「ガキが五人も追加で増えたんだぜ?」

 急に放棄的になっているローズに対して、ドライは少しとまどっていた。突飛押しもないことを、口にすることのあるローズだったが、このときはそれ以上のような気がした。

 「じゃぁ、もう一働きして、それから……ね」

 ローズは、ストロベリーの甘酸っぱい香りの残る唇を、ドライの唇に重ねた。それは甘い一時の終わりでもある。



 空港に着いた二人は、いつも通りのラフな服装である。特にウェスタン調の色合いの濃い服装になっている。シャツにジーンズにブーツ。カントリースタイルにもとらえられそうだが、ローズだと、青臭さがない。

 そんな二人が、指定の乗降口からコンコースへと姿を現す。ドライは大きなトランクを引き、もう片手には、まとめられた、ブラッドシャウトとレッドスナイパーを持っている。

 そこには、出迎えのサブジェイがいた。

 「ふぅ……」

 やっと到着したか、そう言いたげなサブジェイの待ちくたびれた表情とため息。

 「サーブジェイ!」

 ローズが、両手を広げて、ゆっくりと走り寄ってくる。その意味をよく理解しているサブジェイは、顔を引きつらせながら、抱きついてくる母親に抱擁をする。

 だが、ローズの母親らしからぬ行動が、その直後に始まる。

 愛情いっぱいのキスである。彼の頬や額に何度もキスをする。

 「だから……人前でやめろって」

 サブジェイは、抵抗したいが、抵抗しきれずにいる。

 「いい子にしてた?ん?」

 ドライは、それを見てクスクス笑う。ドライはホーリーシティーにいるときには、サングラスなどはかけない。だが、十八年以上も離れていると、彼らの関係を知らない人間も多数いる。まして異国人の出入りの激しい空港では、それが大半以上と言えるだろう。

 サブジェイの存在は、知られている。だが、ローズとドライの存在は知らない。

 美しいローズの、甘い抱擁と、天剣と呼ばれる男より一回り以上大きい、ドライの存在。その二人はあまりにも相似点が多すぎる。遠くからざわめきが聞こえる。

 だが、彼の存在を間近に知っている人間でも余り彼には近づこうとしない。

 それが出来るのは、本当に昔から彼を知っている人間や、彼の周りにいる人間である。

 「ほら、愛想してやれよ」

 ドライがサブジェイに、ローズのそれに答えてやるように、催促する。

 ローズに対するそれは、抱擁をすればよいというものだけではない。キスの数だけキスで答えなければならない。それもただ上辺だけで行えばよいというものではない。

 間近で見るとローズの美しさは、見た目だけではないことがわかる。

 その肌のきめ細やかさ、ふれる肌触り、漂う肌からの香りも、十分男性を魅了する材料になる。

 「ん……」

 決して唇同士がふれることはなかったが、サブジェイの丁寧なキスに、ローズは動かなくなる。

 「ドライ、サブジェイとデートするから、先にいっててくれない?」

 ローズは随分満足したようだ。だが、満足しきれない部分もある。十七年の時間は、まだまだ埋めなければならない。しっとりとサブジェイに張り付いたままである。

 「しゃぁねぇなぁ」

 だが、そういうドライは笑っている。

 「まてよ!二人乗せるために、シェルまで引っ張ってきてんだぜ!?」

 「今満足させとかねーと、利子がきつくなるぜ」

 ドライは、笑う。ローズの性癖をよくしているからこその彼の発言である。そういったドライは、コマ付きの重いスーツケースを引きながら、つり下げの案内を見ながら、バスターミナルへを歩き始めるのだった。

 片手には剣を二本も持っている、あまり旅行者には、見えづらい感じもする。妙な格好だ。

 「オヤジ!」

 サブジェイは手を伸ばして、ドライを制止しようとするが、ローズが邪魔で思うように動けない。

 「ったく……、お袋も……って……」

 サブジェイは声を張り上げるが、周囲の目を気にするような女ではない事は十分知っている。それを言ったところで、彼女が抱擁をやめるようなことはない。

 「クーガにいこうぜ、ったく……」

 サブジェイはぼやいてばかりだ。だが、ローズをひょいと抱える。

 客観的に見てどうはかは解らない。だが、ローズから見れば、サブジェイのそれは随分男ぶりがあがったように見えた。大満足である。

 サブジェイはそうしないとロースがそこから動かないことを承知した上での行動である。

 顔は、ぶつぶつと呟いているのがよくわかる。周囲の目が気になるため、恥ずかしさで頬が赤くなっている。

 暫くするとローズは、その腕の中から下りたがった。延々そのまま歩かせ続けるわけにはゆかない。エスカレーターや、そのほかの移動に不便なこととが理由だが、ある程度の満足感を得た事も確かな事である。

 「お腹が空いたわ、いいお店で食事して、ドライブして、いい場所につれていって」

 クーガは一般の駐車場ではなく、要人が使用する、特別区域に駐車されている。サブジェイがそういう立場の人間であることも、またこの街での事実なのである。

 ここまでくるのには、随分人の目があった。そういう世間体が気になるわけではない。好奇の目がいやなだけだ。

 「ふふ。天剣が、女を抱きかかえて、空港にいたなんて、明日あたりゴシップ誌に載るかもしれないわね」

 「面白がってんだろ?……んとに」

 サブジェイは、電子キーをクーガに差し出して、ボタンを押す。すると、クーガのシールドが開き、九〇度後方に上がる。サブジェイが、クーガの右サイドパネルを数カ所叩くと、ジョイント部分が切り離される金属音がして、クーガ本体が少しだけ前に出る。

 「ドライブには、シェルは邪魔だから、おいてく。乗れよ」

 サブジェイは少し不機嫌だ。それは別に、陰気なイライラではない。ローズという人間のペースに乗せられていることをどうしようもなく受け入れている未熟さに対するイライラだ。

 ローズは、戦闘機のコックピットのような、クーガの車体に乗り込む。だが内部はバイクのようにシートにまたがる形になる。

 ローズは、クーガの内部に入ると、しっかりとサブジェイに密着する。

 「お袋!」

 「デートでしょ?」

 「ったく……いくぜ!」

 サブジェイが、再度右手側のボタンを一つ押すと、クーガのシールドは、九十度に開いていたクーガのシールドが覆い被さり、閉じる。

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