第3部 第9話 §11 老い行く者

 その後、イーサーは何時間もセシルと向かい合うことをやめなかったが、その日、結果を見いだすことは出来なかった。

 夕刻。エイル達も、一段落をつける。やはりあまり集中しきれないエイルがそこにいた。

 彼らは相変わらず庭先で座り込んでいる。娯楽としてあるのは、エイルの持ち込んだラジオだけである。そこからはすでに来訪した、ジパニオスクの要人達のニュースが、流れてきている。

 ジパニオスクの要人の中には、数人頭巾をかぶった人々がおり、おそらく要人中の要人らしいことも、報じられており、目的は他国の視察であるそうだった。その人々は、大臣とは違うらしい。

 少し異文化に興味を持つエイルだった。

 そして、そこにいるのは、エイル達や、ブラニーだけではなく、シンプソン孤児院で育った一人ジョディーがいた。彼女ももう五十歳になろうとしている。初老である。

 彼女は淡い黄色を好ん出来ている。少しふくよかで、ロマンスグレーの頭髪、白い肌。いつも何かを悟ったようにおっとりとし、にこにことしている。時折見つめる瞳が、少し悲しげである。

 「そう、残念ね。ドライ達が戻って来るときいて、来てみたのだけど……」

 「すみません。お嬢も、セシルさんのところに俺のダチと出かけてしまってて……」

 エイルは、この人に対しては、心が和んだ。言葉も自然に丁寧に出すことが出来る。

 「ふふ……、リバティーちゃんは、赤ん坊の頃に写真でしか見たことがないの。二人に抗議しなきゃね……」

 穏やかに微笑む。だがとても切なく感じる。

 そこに、サブジェイのクーガがゆっくりと走ってくる。シェルがつながれている。

 普段鮮やかに白いクーガの車体が、夕日に染まりオレンジ色に光り、アールのついたボディーにその光が反射している。その一点を直接見ると、眼が火傷してしまいそうだ。夕日の輝きが強い。

 まずクーガのフロントシールドが開く。

 「ジョディー……姉さん」

 サブジェイは、そう呼ぶ。彼らの年齢は十五ほどしか離れていない。年の離れた姉弟のようなものだ。それはレイオニーの方がより強い感覚をもっているだろう。ジョディーは、二十歳になる前に、同じ孤児院のボブと結婚をしている。それまでは、孤児院にいつつ、一番にオーディンをしたっていた。

 ボブは、最初にドライに憧れた孤児院の男子である。

 サブジェイは、彼女がそこにいることに対して、少々驚きがあったようだ。

 ジョディーは、にこやかに微笑んで、サブジェイに手を振る。動作の緩慢さは、年齢から得られる、特有の落ち着きである。

 そうしている間に、クーガシェルの、シールドが開かれる。

 そこには、リバティーと、すっかり疲労困憊で深い眠りについているイーサーがいた。

 イーサーとリバティーの姿を見ると、ドラゴンの幼生が、すぐに起きあがり、翼をはためかせ、ゆっくりと二人のところに、舞い降りた。

 「アギャァ~」

 と、何やらを話しかけるように、リバティーに視線を合わせて、声をかける。

 「ごめんね。気持ちよさそうに眠ってたから、起こさなかったの」

 それが抗議の鳴き声であることを、リバティーはすぐに理解できる。特にドラゴンロアーというものを、理解できている訳ではなかったが、感覚的にそう抗議しているのが解るだけの話である。

 リバティーが、ドラゴンを抱きかかえて、シェルの中から下りると、サブジェイが、寝入ってしまっているイーサーを抱きかかえて、シェルの中から出る。

 「イーサー!」

 やはり、一番に心配の声を上げたのはエイルである。

 そしてすぐに走り寄ってくる、彼の行動は誰よりも機敏である。ほんの半秒ほど遅れて、フィア達もサブジェイに抱きかかえられたイーサーのそばに駆け寄る。

 「大丈夫。疲れて寝てるだけだ。でも明日は、ゆっくり寝て他方がいいかもな」

 ジョディーは、暫くリバティーに視線がゆく。髪の色は、独特のパールピンクであるが、顔立ちはローズによく似ている。

 「?」

 リバティーは、暫く自分を見つめるジョディーの視線に気がつく。

 「ああ、気にしないで、ローズによく似ていると思ったの。ごめんなさいね」

 彼女にそういう人間なのならば、ドライとローズの関係者に違いないし、サブジェイが彼女の名を呼んだところを見ると、彼らの事情を知っている人間なのだろう。リバティーも足が止まる。

 「ブラニーさん。この子達の食事つくりませんか?」

 ジョディーとブラニー。外見では、ブラニーの方が、彼女の子供と見ても、全くおかしくない。だが事実は逆である。ジョディーは、ブラニーがリバティーに、会いに行っていることをシンプソンから聞いている。

 不器用な彼女の性格も理解している一人でもある。

 例えジョディーの方が年齢的に若くとも、そのほほえみは、ブラニーに何となくそれを承諾させた。それが年齢を重ねたものの雰囲気なのかもしれない。

 「そうね。でもあまり無理をしない方がいいわ。高齢なのだから……」

 「ふふ…………」

 ジョディーのほほえみは上品だった。自分をしっかり踏まえた者の、落ち着きがある。いつまで経っても落ち着かないドライやドーヴァとは、全く違う。彼女は自分を認めていた。そこには、永遠でない儚いものの美しさがあるように見えた。

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