第3部 第9話 §9  旧サヴァラスティア家にて

 ジパニオスクは、長期にわたり鎖国政策を貫いており、交易は限定された国のみとしか、行われていない。文化も独特のものが、いくつかあり。服装も和装と呼ばれる、優美なものがある。

 袖下が長く、織物のような服を前で合わせ、それを帯でしめる。西洋のようにボタンで、服を閉じるのではない。最も彼らも和装ばかりを来ているわけではない。一般的なスーツを着る、対外的な文化も取り入れている。

 和装は「嗜み」である。

 この来訪の件で、シンプソンは大臣達に酷く非難されている事実がある。

 あまりにも穏和なシンプソンは政治的駆け引きを知らなすぎるといわれていた。彼はそれを甘んじて受け入れるが、彼が望んでいるのは、政治的駆け引きではなく、和平だという信念も決して引くことはなかった。

 「私もそろそろ、隠居……ですかね」

 シンプソンが、議事堂内のプライベートルームで、ルークを相手に、紅茶を飲みながら、小さく笑いながら一言漏らす。

 「好きにすればいいさ……」

 ルークは、シンプソンがそこにいるから、そこにいる。それだけのことだ。

 安定を求めて、身を寄せた街に、彼らがいた。そして彼らが街を守っていた。それだけの事実だった。だがそのルークも、街を守る一人である。

 「ドライが農場をやってるそうですよ?」

 「よせ……彼奴の話をすると、胸がムカツク……」

 ルークは急に口の中にわいてきた渋みと苦みを唾液と一緒に吐き捨てるとようにして、口を酸っぱくする。

 「この街は、大きくなりすぎました……」

 少し切ないシンプソンの視線が、天井を向く。立派な天井だ。装飾品のシャンデリアは、誰のためにつけられているのか?それさえも解らなくなる。一ついえることは、彼が率先して購入したわけではないということである。

 「なら、下りちまえよ」

 「よしてくださいよ。知っているでしょう?御老体の容態を……」

 シンプソンのもう一つの危惧はバハムートである。もはや自力ではしゃべることも出来ない彼を、おいてゆくわけにはゆかないし、連れて行くにも、彼の容態が悪化するのを危惧しなければならない。

 「ふん……テメェのケツに火がついてるのに、爺の心配ばかりしやがる……暢気だよ……てめぇは……」

 ルークが切り捨てるようにそう言い放すが、シンプソンは困りながらクスリと笑う。そういうシンプソンにつきあってくれているルークがいるのだから、それがおかしい。

 ドライがこの街にいない以上、シンプソンという柱がなくなれば、もうこの街に、彼らの居場所はない。ふつうの人間と同じ波の中では、暮らしてゆけないギャップもある。

 ルークも、シンプソンがこの地位から退けば、防衛隊長として動いている意味すらない。ルークはシンプソンのために、そこにいるようなものだ。他に興味はない。

 ノアーもドラゴンを戻すであろうし、ブラニーも街には興味がなくなる。

 「また、小さな村で、のんびりとやりたいですね」

 シンプソンは、無医村にいる自分の姿などを、ふと思い浮かべた。

 シンプソンがそう言いつつも、この街から離れないのは、なにもバハムートのことだけではない。

 ルークもそれは直感している。

 シンプソンがいなくなれば、この街は巨大化した恐竜のようなものだ。行き場がなくなりいずれ滅びる。形は残るかもしれないが、何も残らない。


 そのころ、ホーリーシティーのドライの家には、珍客が訪れていた。

 ブラニーである。もちろん目当ては、リバティーである。だがそこには彼女はいない。少々ご機嫌斜めである。だが、帰らずにいるのが彼女らしい。

 本人は何気なく訪れたつもりなのだろうが、目的はすでに知られている。

 仕方がなく、リンゴを剥いている。

 「人工栽培ものだけど、いい香りでしょ?」

 言葉はどことなく社交辞令気味だ。だがそうしていると、女性らしい。いつも本の虫である彼女からは少し想像がつかないかもしれない。

 ローズのようにデタラメな部分ばかり目立つ母親?をもつ彼らとしては、しっとりと腰を落ち着けたブラニーの姿は新鮮なものだった。

 何となく彼女を囲んでいる。

 「剣の訓練を受けたければ、ルークに話を通しておいてあげるわ明日にでも、兵の訓練に、スタジアムに顔をだすはずだから……」

 ブラニーは、彼らがそれぞれ、肩に乗せている精霊の変化した姿を見やりながら、そんなことを口にする。ルークも具体的ではなかったが、彼らに興味を示し、稽古の話を持ち出している。

 ブラニーが思うのは、この場所では、彼らが思う存分に自分の実力を鍛え上げることが出来ないということである。互いに近いレベルの人間が切磋琢磨出来る場所が必要なのである。

 そこはオーディンもドライも互いに本気でぶつかり合えた場所である。

 「ルークって、昨日のおっかなそうな、ドレッドの人だよね?」

 とミールが、丸聞こえの小声で、フィアに対してぼそぼそと話しかける。

 「おい……」

 そんな話が本人に届いたら大変だと想ったグラントが、ミールを止めにかかるが、すでにブラニーの耳にも届いている。だが、ブラニーはむっとした表情はみせない。それどころか、その通りだと思い、クスリと笑う。

 無愛想なルークだが、そんな彼でも、意外なほど本音が見え隠れしている。もちろん小さな動作だったりすることが多いのだが、特にシンプソンとよくお茶を飲むことや、自分の誘いは基本的に断れない弱さを持っている部分などがそうである。

 ジャスティンはもちろん、サブジェイとレイオニーには、甘いルークがいることも、ブラニーは知っている。無愛想だが甘いのがルークなのかもしれない。

 ブラニーには筒抜けの声で喋るミールがおもしろかった。あわててエイルに口をふさがれているが、すでに後の祭りである。

 そんな中に、リバティーとイーサーの姿がふと入り込んでくる。それは彼女の想像にすぎなかったが、孤独になりかねない自分たちの運命の中、彼女の居場所が出来ているように思えた。

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