第3部 第9話 §8  不信感

 考えておかなければならない存在。それが、真実だろう。その事実は、レイオニー、サブジェイ、セシルしかしらない。

 イーサーと、リバティーがいなくなったドライの家の庭では、エイルを中心に模擬戦を行っていた。近距離でのフェイクに対するものが中心である。その様子は、グラントの時とあまり変化がない。

 「エイル!なんか、気合いが入ってない!」

 ミールが正面から矛先を、エイルに突きつけるようにして、注意を促す。注意力の無さは、大怪我につながる。普段集中力を欠き気味になるのは、ミールの方である。その彼女から見て、エイルのがそう見えるのだから、それはあからさまな反応になって、現れている証拠である。

 「珍しいな」

 グラントも構えるのをやめて、いまいち乗らないえいるを不思議がる。

 「イーサーが気になるんでしょ」

 フィアには、何となくだが解っていた。ミールが指摘したことで、それが明確な判断となる。だが、イーサーが気になるのは、何もエイルだけではなかったのである。その場にいた全員が心の端に何かが引っかかっていた。

 それは、別に彼がその場にいなければならないという意味ではなかった。

 「あのセシルって人、俺たちに何か、隠してないか?」

 それは自分たちのこともイーサーのことも含めてであった。言葉は漠然だった。エイルがそう言い出すと、確かに違和感を感じずにはいられない。それもまた漠然としたものだ。

 「あの人、本当に俺たちの才能とかを見込んだのか?それだけでここまでするのか?」

 もちろんセシルの言葉を忘れたわけではない。彼女が武器を与えるということは、戦わなければならない時期が来るということ。つまりそれは宿命なのである。

 確かにヨークスの魔物事件は、あれ以来起こっていない。だが、その事実は確かなものだ。いずれ波乱が起こる幕開けだと取れる。

 エイルが感じていた違和感は、自分たちとイーサーの扱いの差にもある。昨日のイーサーの扱いは、確かに彼を見下したような節があった。

 ここ暫く見られなかった、鋭いエイルの観察眼が、再び動き出す。

 「でもさ、今は、大会のために来たんだろ?イーサーだって、別に危ないところにいった訳じゃないんだし……」

 グラントは、エイルの苛立ちを押さえるための口上を並べた。確かにグラントのいいう通りだった。この街に来た目的は、別にセシルに会いに来ることではない。エイルが大会に出ることである。

 「そうだな。でも、少し休憩しよう」

 エイルの気持ちがふとゆるむ。そのときだった。

 「そういえば、あれ。いつまでここにいるの?」

 と、ミールが、少し離れた位置で、地面に寝そべっている。例のドラゴンの幼生を指さす。退屈そうな印象がぴったりだ。

 「お嬢とイーサーにおいていかれて、すねてるんじゃない?」

 フィアが、その様子を見て、何となく想像力をふくらませた。だが、その想像はあながち間違っている者ではなさそうで、ドラゴンの目がちらりとフィアを見て、また閉じる。どうやら、言葉を理解しているらしい。

 元々人間より知能が高いといわれるドラゴンだ。言葉を理解していても、何ら不思議ではない。

 ふてくされて、ぷいと横を向いた。

 それが何となく表情豊かでおかしい。ノアーの肩に乗っているときのような無邪気さはない。

 ホーリーシティーセントラルの住宅街は、静かなものだった。ドライの家は、そんな場所にあるのだが、正直彼には似つかわしくないのかもしれない。それとも、彼がいなくなったために、静かになったのか?

 おそらくその両方がいえるのかもしれない。

 オーディンや、シードがいた頃には、この場所でよくガーデンパーティーが開かれたモノである。そんな風景も今は昔……である。

 おそらく彼らのたてる剣の音や、かけ声が最も騒々しいモノなのだろう。


 その賑やかしは、今は彼等が演じていたのだが、あまり身の入らないエイルのために、少し休憩が取られることになった。スポーツ飲料を少しずつ口にしめらせながら、エイルはラジオをつける。

 そこから流れるのは、ジパニオスクという国からの要人来賓である。

 当初は、皇帝自ら、来訪するはずだったが、どうやら土壇場になって大臣クラスにすり替わったようだ。これには、ホーリーシティー側もかなりの批判をしたが、シンプソンは、あまり口を開かなかった。

 市長からのコメントは一切ないという。

 元々外交などは、シンプソンの得意分野ではないし、彼が望んでいるのは、街の安全である。そして人々の暮らしの安全である。

 小さな名もない村の、貧しい小さな孤児院を営んでいた彼は、村人から頼りにされ、いつの間にかそんな立場の人間になっていた。それだけのことである。元々は政策などには、無縁の人間なのである。

 そもそも、この街にジパニオスクの要人が来訪することになったのは、剣術大会が間近に迫っているためだ。町を挙げての一大イベントである。特にホーリーシティー、エピオニアには各国の主要人物が現れる。

 そのタイミングに合わせたということだろう。早めの来訪は、大会直前の混乱を避けるという事もある。

 予選はこの週末から行われる。

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