第3章 第9話 §7  ラボへ

 翌朝、彼のために迎えの車が、ドライの家の前に停車していた。セシルの使いであるらしい。その車は彼が出てくるまで、ずっとそこに待っているつもりだったのだろう。

 来いといっておいて、場所も告げなかった彼女の配慮らしかった。

 「んじゃ、行ってくるよ」

 呼ばれたのはイーサーだけであるが、リバティーは当然のように彼について行くことにする。

 「ちゃんと連絡入れろよ」

 エイルが珍しくイーサーを心配そうに見つめている。

 セシルのイーサーへの接し方は、神経質なものがある。何か事が起こるのではないか?と、念頭に浮かんで仕方がない。

 「うん。心配すんなって」

 イーサー達の乗った車は、要人御用達の黒リムジンである。まさか、この手の車に乗るとは、思いもよらないイーサーだった。

 研究所。彼が向かう場所はそこだった。ホーリーシティーにある、現代の科学技術のレベルを遙かに凌ぐ、レイオニー=ブライトンの庭である。それはバハムートから、彼女へと受け継がれたものだ。

 場所は、ホーリーシティー南の郊外にある。山中にあるホーリーシティーの郊外の街道は、美しい新緑の木々に囲まれ、勾配とカーブの多いドライブウェイを思わせる。

 街から離れ三十分ほど走ると、開けた丘地にさしかかる。天然の草花が一面に広がる、穏やかで暖かな日差しに包まれている碧い草の絨毯が何ともいえない。

 その中に一本の分岐路が見える。リムジンはそちらに右折し、草原に横たわる路面を走る。

 やがて、高く白い外壁が現れる。それは少々自然にとけ込まない人工造形物に思えてならない。厳重さだけが妙に浮き出ている。

 これが、リバティーととなら、山中を走るワインディングロードも、心地よいデートコースになるのかもしれないが、今はセシルに再び会いに行くためだけに存在している。豊かな感情は生まれなかった。

 そばにいるリバティーも、周囲の景色に目を奪われる余裕がない。

 セシルがイーサーに求めている答えを引き出すことをしばし考えているのだ。

 リムジンが塀に近づくと、その高さは五メートルほどもあり、厚みもかなりある。神経質なほどの頑強さである。

 だが、そこを通過すると、ほとんど何もない。ただ、中心だと思われる場所には、真っ白な外壁を持つ、アールのついた壁面を基本とした、いくつものドーム状の屋根の連なった不思議な建物が建っている。高さは十数メートルほどである。

 敷地内に入ると、クルマは速度を落とし、ゆったりと走り始めた。

 しかしそれ以外には、何もないようだが。

 「あれ?あれ天剣のクーガだ」

 イーサーが何気なくそれを見つけるが、あるのはそれだけではない。ゼブラや他に数台同じような期待が並べられている。他の期待はクーガやゼブラのように、表面がペイントされていない、どうやら制作途中のようだ。

 クルマは、建物に到着する前に停止される。

 「到着いたしました」

 あまり愛想のよい声ではない。だが、扉はドライバーによって、丁寧に開かれ、二人は降ろされる。

 イーサー達が到着すると、クーガのシールドが開かれ、サブジェイが姿を荒らす。

 「よ!」

 サブジェイが、親しみのある声で、いまいちぱっとしない表情をしている二人に声をかける。

 「天剣……」

 イーサーがサブジェイを見つけると同時に、リムジンは静かに走り去ってゆく。

 サブジェイが二人に挨拶をすると同時に、クーガの後方に連結されているシェルから、レイオニーが姿を現し、その横に隣接されている、ゼブラから、セシルが姿を現す。

 「どう?新しい錐の使い方は決まった?」

 少し冷たさが含まれるセシルのクールな声。

 「え……いや……」

 イーサーは、セシルの言葉に鋭さを感じていた。そのため、のんびりと構えている事の多い彼の言葉が少しつまっていた。緊張感も含まれている。昨日のように唐突に仕掛けられるかもしれないという、意識も働いている。

 だが、それは決して間違っている傾向ではない。セシルから武器を受け取るという意味は、そういうときがやがてやってくるということなのである。

 セシルが前に出ると、サブジェイもレイオニーも、口を開かなくなる。

 彼をここに呼んだのは彼女なのである。まずはその用件を済ませなければならない。

 リバティーも、イーサーの横に立ち、セシルを警戒している。決して、力で彼の助けになるとは思っていないが、その眼には引かない意志がはっきりと出ていた。

 だが、セシルはリバティーには一切ふれない。

 「まずは、あなたに謝っておかなくてはいけないの。イーサー君」

 そういったセシルは、イーサーの正面に立ち、じっと彼を見据えるが、謝るという雰囲気ではなかった。ただ、彼女の誤算がそこに存在したため、それに対する訂正事項があるといういうことだけであった。

 「あなたが最初に手にした円錐。その使い道は、あなたに決めてもらうように、いったわ。でもね。でも、私は、その円錐が武器に変化することはないと思っていたの。無論防具にもね」

 「えっと……」

 イーサーは、彼が考え予想する範疇からはみ出た話の方向に、少々混乱し始める。彼が間耐えていたのは、あくまでも、新しい円錐の能力発掘だけだったのである。それについて、セシルが厳しい試練を用意していると、思っていたのだ。

 「非道い言い方をすれば、貴方には、何も期待していないということなのよ。いえ、そうだった。と訂正しておくわ」

 イーサーの存在を否定し続けるようなセシルの言い回しに、リバティーの方が苛立ちはじめ、歯ぎしりをしだし、今にも殴りかかりそうなほどに、拳を強く固め、セシルを睨みつけている。

 イーサーは、セシルの言葉をあまり上手に理解できてはいなかった。

 「逆に言えばさ。俺のチカラって、セシルさんにも、見抜けない……ってことだよ……ね?」

 イーサーは、少しどきどきしながら、訪ねた。彼の中には、リバティーの持っているような苛立ちはなかった。むしろセシルほどの人間が、自分の能力を見抜けないということに、震えた。

 「そう、いえるわね」

 セシルは、イーサーのそれを少々皮肉とすて受け取った。だが、その問いから逃げずに正直に、自分の目測の誤りを認めた。セシルはそういう事実に対しては、率直な女である。まっすぐにイーサーを見つめている。

 イーサーの警戒気味の緊張がほどけると、不思議とリバティーの苛立ちも収まりを見せる。

 「私の与えた円錐は、本来、その人間の属性にあわせて変化をなす。だけど、貴方は違う。今度こそ嘘偽りなく、貴方が決める。貴方がそのチカラを支配する。それが今解る、貴方への回答よ」

 イーサーは、持ち歩いているナップサックの中から、円錐を取りだし、それをじっと眺め始める。

 「セシルさん……」

 イーサーは、一つ思いを決めて、一度唇をぐっと噛みしめた。

 「何かしら?」

 神妙なイーサーの呼びかけだったが、セシルはクールに返事を返す。いや、わざとそうしているといってもよい。実は、イーサーに対するセシルの苛立ちは、収まったわけではなかったのだ。

 イーサーの本質を見極めようとするセシルの眼力が、その苛立ちを生み出している。だが、レイオニーが解析したカイゼルレポートの内容を見ると、それが納得できるのだ。そこから成り立つ推論が、正しいものであれば、という条件だが。

 「昨日の続き、頼めますか?」

 そう来るとは思いもよらなかったセシルの目は、一度きょとんとしてしまう。そういうセシルの目は久し振りだった。ドライとローズがやらかす無茶を目の前にして、呆然としている時の彼女だった。

 イーサーがなにも懲りていないようで、セシルがそれを悟るまで数秒かかる。

 尤も、そう来なければ、円錐を与えた意味がない。

 「わかったわ。リバティーちゃんは、危ないから、クーガにでも入っていて。サブジェイもレイオニーも」

 イーサーは、何かのイメージを掴もうとしているのだった。それは同時に、エイル達にあって彼にないものでもある。

 「へへへ」

 イーサーが、リバティーの向かって、ニカッと笑う。そこにはウキウキした彼がいる。心配はないようだ。

 だが、逆にリバティーには、それが寂しかった。

 そう思いながらも、イーサーがつかもうとしている何かのために、彼女はおとなしく、サブジェイの方に向かい歩き出す。

 そして、レイオニーに案内されて、シェルの中に乗る。サブジェイはクーガの中である。

 「大丈夫。セシルさん。イライラしてるけど、彼のことちゃんと考えてるから」

 シェルの中に入った、レイオニーはリバティーの頭を優しくなでながら、にこりと微笑む。そういうときのレイオニーの笑顔は、ニーネ譲りの上品で、落ち着いたものだった。

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