第3部 第9話 §6 不信感
「う……ん。あれ……俺」
イーサーが目をさました場所は、昔サブジェイが寝ていた部屋である。
最後に受けた衝撃を思い出し、頭に手を触れてみるが痛みは取れていた。
リバティーが、ベッドの脇にいすを寄せ、前屈みになり腕を枕にして寝ている。開かれた窓から、夕方の涼しくなった風が迷い込んでいた。
室内が少々夕日に染まり、全体的にオレンジがかっている。
「そっか、セシルさんにいきなりぶっ放されて……て、なんか俺悪いことしたかな?」
考えても思い浮かぶわけなどなかった。よい意味でも悪い意味でも、それがセシルの考えがあっての行動だということを、彼は理解していない。
「て、ここ……」
イーサーは、見慣れない場所での起床に、少々とまどっている。それに、テーブルの上には、礼のドラゴンが陣取り、暇つぶしに寝ている。
今更ながら、膝元近くに寝ているリバティーに気がつくイーサーだった。
「へへ、お嬢の寝顔、かわいいなぁ」
イーサーは、リバティーを見ると、心が幸せでいっぱいになる。出来ればその表情をより近い位置で眺めていたい。彼はゆっくりと起き、しばらくリバティーの様子を眺めようとするが、かすかな振動がリバティーの目を覚めさせてしまうのであった。
「ん……」
リバティーは眠たげに目をこすりながら、間近に迫ったイーサーの顔をぼんやりと眺める。もう見慣れた顔である、驚きも何もない。自然がそこにあるように彼の顔もボンヤリとした背景の一つとして受け入れられる。
「ごめん。起こしちゃったな」
「んーん……。それより……」
リバティーは、鈍重に左手を伸ばして、彼の額をなでる。
イーサーは、にこにこしたまま寝ぼけ眼のリバティーを眺め続ける。
「効いてるんだ。私の魔法……」
「サンキュー。ヘヘヘ」
それがリバティーが施してくれた治療ならば、彼はなお嬉しい。
「セシルさんて、ヒドイよね。いきなりだもん……」
リバティーは、もう暫くイーサーの額をなでながら、胸に押し込めかねる感情をぽつりと呟く。
「てか、あれが天剣なら、ぱっと裁いちゃうんだろうな……」
イーサーは想像上のサブジェイを思い浮かべて、クールにはじき返す様を思い浮かべるのであった。あの瞬間確かに体が硬直気味になっていた事実がある。
イーサーは、いつもそうである。むやみに他人を責めたりしないでいる。
「イーサー……」
「なに?」
「…………しよ……」
リバティーは、言葉のはじめを濁し、その分、唇の動きではっきりとそれを示す。
「抱いてほしい」リバティーの売るんだ瞳が、はっきりとそういっている。その色合いはなんだか切ない。より深い情愛を求めているのが解る。
イーサーは、立ち上がりざまのリバティーを引き寄せ、抱きしめベッドの上に、横たわらせ、唇から順番に、一つ一つ情愛を込めて愛し始める。
求めてゆく一つ一つがとても大事に感じられた。
何よりリバティーがそうしてほしいと望んでいるのを感じた。
二人は心に流されるまま、時間と気力が許す限り、互いを自由に奪い合った。そして分かち合い与えあった後の一時を、ゆったりと過ごす。
「お嬢なんか、あったの?」
「んーん。何にもないよ。ただこうして欲しかっただけ」
イーサーは、リバティーを抱きしめて、その頬にキスをする。言葉で蒸し返すのはよした。いつも以上に密着間のが強く濃密的、そして何かを確かめるようなリバティーの熱。
「あ……」
リバティーの吐息。イーサーがもう一度その熱を確かめた瞬間だった。イーサーは、もう少しだけ、その感覚に酔いしれることにした。
二階の一室で、二人が情熱を燃焼し尽くそうとしていた頃。
エイル達は、ただリビングで静かな時間を過ごしているだけだった。無論彼が大会に出場するための、手続きを済ませてからのことである。
手元にあるのは、エイルのラジオしかない。だが、そこからのニュースも、対して興味のわくものではなかった。それに、ホーリーシティー中心のニュースである。
「エイルぅ~」
ミールが沈黙に耐えきれなくなったのだ。ここへたどり着いたときの意気揚々とした気分は、もうどこにもない。
「出かけてくる……」
だが、エイルはそれに構う様子もなく、立ち上がる。
「出かけるって、もう夜だよ?それに、どこに?」
フィアは、エイルと違い、特に神経の苛つきがあるわけではなかった。グラントは、ただ見守っている。
「絶対、何か隠してる」
「もう……いいじゃん!姉御とアニキが到着してからでさ!」
現時点において、ミールにとってそれは、それほど大事な問題ではなかったのかもしれない。おそらくこの中でもっとも受け流していたのも、確かに彼女なのだろう。フィアはあるがままに受け入れる女だから、時が来るまで待てるのだろうと、のんびりと構えている。
グラントは現在を遵守している。その流れからはずれることをあまり望んでいないのである。だからエイルのように能動的にはなれない。それに、ドライが言った「今は前だけを向いて走ればいい」という言葉が、彼を押しとどめている部分もある。
「一ついえるのはさ、大会に出るのに、こんな大きな力はいらないよね。俺、結局何も技なんて使ってないし。エイルも今は、大会のことだけ、ちゃんと考えないと駄目なんじゃないかな」
つまりそれはここに来た目的である。セシルに突っかかりに来たわけではない。
グラントのそれは確かに、一理あることだった。他に気をとられていれば、足下を掬われかねない。
「腹へったぁ~」
イーサーの声である。リビングの扉の向こうから、それは聞こえ、入ってくると同時に、全員と視線が合う。
「おはようっす」
イーサーは楽天的である。セシルに倒されたことのショックなどは全くない。
「なに?」
イーサーは注目されている自分の顔に何かついているのではないか?などと、思いながら、その神妙な視線に、等何もなく緊張する。
「いいよねぇイーサーは。ホントな~んにも、考えてないし……」
ミールが、べたりとテーブルに張り付いてしまうのであった。
「お嬢は?」
フィアが、リバティーの姿が見えないことに気がつく。
「ん~。ああ、へへへ!」
イーサーは照れ笑いをする。立ち上がったフィアが、彼をつつくのであった。
何事にも平然として、笑っていられるイーサー。彼のその部分は変わらない。エイルはイーサーのそれこそが、誰よりも強い部分なのだと思う。彼がイーサーを好む部分でもある。
自分の身の上に降りかかった出来事を笑っていられるイーサー。
そんな彼が、再びベッドの上に戻る時間が来ると、彼は、セシルから与えられた「課題」を、目の前でくるくると方向を変えつつ眺めるのであった。
そんな彼の横には、すっかりベッドの感触に落ち着いたリバティーが眠りに入っている。
「明日、セシルさんのところに行けば、解るんだよな。うん」
イーサーは、静かに目を閉じるのだった。そして眠りにつく。
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