第3部 第9話 §5 導けない者
「あ、そうだ!あのさ!」
今まで、全く無関係に座っていたイーサーが、思い出したようにして、立ち上がるが、ドラゴンのせいで、いつもと重心が違っているため、多少よろめきながらになる。
「セシルさん、俺さ、あの銀の円錐、自分のものにしたぜ!」
イーサーは、首元の、クロスのアクセサリーがぶら下がっている銀色のチョーカーをぎゅっと握りしめ、興奮している。自分の者にしたというのは、多少語弊がある。彼は一つの結果を見ただけである。
セシルは、そんなはずがないと、思っている。なぜなら、銀の円錐は彼に何の適正も示さなかったのである。そしてその結果の半分は、確かに当たっていたのだ。
ここに来て、わき上がっていた一同もイーサーに、注目する。
確かにそういう事件があったのである。
「早く、見せてやれよ」
エイルがイーサーを引き立ててくれる。
「おうよ!っと、その前に……んっしょっと」
イーサーは、頭の上に座り込んでいるドラゴンを引きはがして、リバティーに預けだっこさせる。
「へへへ」
少しもったいぶった自慢げな笑み。それとは裏腹に、セシルの表情にはあまり感慨深げなものはない。期待感もあまり込められていない。それは彼をさげすんだり見下したりしているわけではない。
「え?」
だが、セシルは集中し始めたイーサーを見て、そう声を漏らす。妙な話である。何故ならイーサーは、集中をしただけで、どんどん彼のイメージに変換されてゆくのである。彼の持っているチョーカーには、何一彼に調整されているはずがないのだ。
そんなことはあり得ないのである。
イーサーが、意識を全快のイメージに集中しチョーカーに手をあてがい、アクセサリのシルバークロスを軽くつまむと、それは、銀色の柄と鍔に変化する。
彼が握りしめ、もう一つ意識を集中すると、そこに青白い光で出来た、ブロードソードの刀身が出現する。
「いいわ。少しそのまま、あなたを見せて」
セシルの目がガラリと変わる。構造的なイーサーの本質を見透かそうとするセシル独特の視線である。
イーサーが、軽く剣舞を見せる。剣を振るうたびに、重低音で、ン……という、電子的な音が周囲に響く。
レイオニーが、分析したデータ中のレポートの存在。セシルの脳裏にそれがちらつく。
「ファイアーボール×(バイ)5th!」
セシルが至近距離でイーサーに手のひらを向けた状態で、魔法を唱える。
「うそ!!」
こういう時の反応はミールが最も早い!高い声をさらに裏返して、驚嘆した。
「うあ!」
イーサーが、とっさに反応し、五発中四発を剣で受け止めはじき返す。そのときに、刀身が赤とオレンジ色に光り輝く、硬球大の火炎とぶつかり合い、周囲に青白い光を放射状にばらまく、だが、刀身自体が崩れたわけではない。
しかし、一発だけ、イーサーの顔面を直撃する。
はじかれた衝撃で、イーサーは大きく頭をぐらつかせて、後方に倒れ込むのであった。あまり上手な受け身がとれなかったらしく、こけ方がみっともなく、ダメージもあるようで、痛そうに背中を反らして少しもがいている。
「イーサー!」
リバティーには、セシルを責めたりするゆとりなどなく、すぐにイーサーに駆け寄り、彼の様子を見るが、額が少々赤くなっている程度でけが自体はないようだ。髪の毛は確かに、少々焦げて縮れている。
イーサーは、衝撃のあまり、そのまま気を失ってしまったようである。
「まじ……っすか」
グラントは、あまりの出来事に、呆然としてしまう。
セシルを睨んだのはエイルである。
そのエイルに対して、セシルがイーサーを見たまま、手のひらを向ける。
エイルは、瞬間的に攻撃が来ることを悟る。
「アイスエッジ・ガトリング!」
彼女がそう唱えると、長さ二十センチ、半径十センチ状のブリット状の物体が、彼女の手のひらから何十発も発射される。
エイルは、両腕を正面に出して、大気の壁を作り、それを防ぐ姿勢をとるが、その必要はない。
肩に乗っている彼のイクシオンがすぐさま剣の姿に変化し、彼の前に立井で、シールドを張り粉々に砕いてしまったのである。
攻撃の度合いはイーサーよりも遙かに激しい。
セシルの唱えたその魔法は、呼称だけの単純なものであるが、殺傷力は十分にある。
エイルは冷や汗を流す。だが、体には何一つ傷がない。それが守護精霊の力というものだ。セシルは冷静な表情のまま、すでに気を失っているイーサーを見ている。
そのとき、街に配備されている警護兵達が、騒動に気がつき走り寄ってくる、それも一人二人ではない、そこら中から走りより十数人ほどに、膨れあがっている。警護兵達は、鋼鉄の胸当てとレガースといった装備で、剣も鋼の者を使用しており、すでに戦闘準備態勢に入っている。
昔では当たり前の装備だが、この時代には少々古いスタイルのものになり始めていた。
「セシル様!?賊……ですか?」
見慣れないエイル達に対して、彼らはことごとく反応を示す。
「いえ、今のは私。彼らは私の客人です」
状況のわからない兵士達は、互いに顔を見合わせているが、セシルがそういうのならば、彼らを確保するわけにはゆかない。
「騒がしいぜ……何事だ?」
低い声でそういって兵士達をかき分けて、現れた男は、あのルークである。黒いマントに身を包み、周囲を寄せ付けない気高い獅子のオーラを持つ。彼の異名は黒獅子。今ではこの街の警備隊長であり、シンプソン=セガレイのガーディアンでもある。
彼が現れると無駄に口をきく者がいなくなる。張りつめた緊張感のある、静けさが周囲に包まれる。
「セシル=シルベスターじゃねぇか」
「ごめんなさい。騒動の責任は、私にありますから」
あまり表情の見えないセシルの声だった。だが、ブラニーの事を念頭に置いている彼女とは違い、苛立ったものは見受けられない。逆になにか別の苛立ちを隠そうとしているそうに見える。
「ひどいね。セシルさんて……」
冷えたリバティーの言葉が、突然ルークと、セシルの作り出した緊張感のある空気を別の緊張感で壊す。
リバティーは座り込み、気を失っているイーサーを保護するように、彼の頭を膝元に抱いている。声が震えていた。
「イーサー。ただ、嬉しかっただけなのに……」
リバティーは、ドライとセシルのやりとりを知っているし、セシルもエイル達とイーサーの事情を踏まえてそう言っていることを理解している。
「お前等!持ち場戻れ!ジパニオスク帝来訪は、明日だぜ!」
まさに鶴の一声である。警護兵達は、あっという間にその場から散ってしまうのであった。
ルークはその場から去らない。
「セシル。あなたどうかしてる」
ノアーの悲しそうな声。
セシルは、それにドキリとする。確かに図星だった。
「彼には、守護するものがない。彼には全てがあるようで、全てがない。私には彼が見えない。導けない……、この子達のようには……。もう一つ錐をあげるわ。明日研究所に来て」
セシルは、呟くようにしてそういい、例の円錐を大気中から作り上げ、それをそっと、気を失っているイーサーの横に転がす。
「あなた達は、ルーク=アロウィンに剣の手ほどきを受けるといいわ。天剣を育て上げた、最強の剣士だから」
セシルは、現実的であった。それはお世辞でも何でもない。たくさんの技量を持てあましていたサブジェイを磨き上げたのは、間違いなく彼なのだ。そこに私情はない。
「ほら、サブジェイが言っていた子供達……」
ノアーが、セシルの補足をルークにすると、彼も何となくピンとくる。ルークは、確かになるほどと思う。
特に精霊の力を得た彼らは、一つ違うものを持っているのだ。磨ける原石がそこにあるとなると、ルークの触手が疼かないわけがなかった。
「ほう……」
それはルークが関心を示したことから、発せられた言葉だった。
それから、気を失っているイーサーを見る。
そのルークも、イーサーに対して確かな違和感を感じた。セシルがなぜ苛立っているのかが解るルークであった。
「彼奴は……、なんなんだ?」
ルークがセシルにモノを聞くことは、そうない。だが、二人には似たような感覚器があるようだ、ただ、物理的なセシルに対してルークのそれは直感である。
ルークにとって、彼らが子孫達であろうとそうでなかろうと、それはどちらでもよい話だった。
だが、セシルは全く口を開かない。
「ち……」
ルークは舌打ちをする。あまり長く言葉を掛け合う相手でないことも、十分に知っている。
ルークにとってイーサーという存在は、手が出そうでなかなか、そうでないといった存在だった。手の付け所が解らないといった方が、より正確なのかもしれない。
「悪いがイーサーが目を覚ますまで、俺たち動く気ありませんから」
エイルが、先に仕掛けた。彼もセシルに対して少々気分を害された気持ちがある。彼らが自分たち以上にイーサーの何かを知っているようなことも、気に入らない。
「ふん……」
ルークはそういって、背中を向けて、ゆっくりと去ってしまう。
「それでは私たちもそろそろ帰ります」
ノアーが、気まずくなった雰囲気の中、ゆっくりと彼らに対して頭を下げると、柔らかなノアーに対して、誰もが頭を静かに下げた。
「これだけは覚えておいて。君たちは近いうちに自分の道を決めなければならなくなる。私が武器を与えるということは、そういうことなのだと、解ってほしい」
セシルが足早にそこを立ち去る。
「あ、あの子彼が気に入ったみたいだから、頼みますね」
ノアーが、リバティーと一緒に、イーサーの側に座り込んでいるドラゴンの幼生を指さし、申し訳なさそうに、にこりと微笑んでセシルの後を追う。
セシルとノアーがそこを去り、数時間が経ち、陽は随分と西に傾く。
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