第3部 第9話 §3 雷霊
家を後にしたサブジェイとレイオニーは、ゆったりと街を歩き、議事堂に向かって歩き始めるのであった。イーサーの父親に関する資料解読にあたっていた間、二人は久し振りにこの街でのゆったりとした時間を過ごしていた。
最も、レイオニーは、研究所に缶詰になることの方が多いため、毎日のようにそうして過ごせているわけではなかった。
「サブジェイは、どう思う?」
「ん?さぁな、でも……わかってるんだろ?確かめるための方法論……」
「うん」
方法論。それは、DNAの採取である。サンプルと、データに残されている型式と一致すれば、彼の存在は確かなものになる。
イーサーに関しては、彼の父親の情報が得らればいいだけのことだった。レイオニーとしては、新たなテクノロジーの切っ掛けにつながればいいことだったのである。
「でもまぁ、事実が全てじゃないって時もある。て、逃げてるだけかもしれないけどな……言うのが怖くて……」
サブジェイ達が去った後、ノアーは改めて、彼らを庭先に連れ出した。理由はセシルの話の持ちかけにあった。庭先の芝はあおく、短く丁寧に刈り込まれており、手入れがよく行き届いていた。その間、翼竜は、イーサーの頭の上に預けられることになった。どうやらそこのの居心地がいいらしい。
思ったより重量のあるドラゴンに、イーサーが迷惑そうな顔をするが、リバティーはそれを見てはクスクスと笑い出す。
フィアの肩には、しっかりとゴン太が乗っている。この庭先での話には欠かせない存在だった。
「守護精霊というものは、誰にでもあるわけではないわ。いわば生まれ持った能力の一つなの。あなた達の出会いも、決して偶然ではなくて、運命の連鎖がもたらした出来事だと思ってほしいのです」
ノアーが儀式を行う前に、一つ語りを入れる。
それは同時に、ドライやサブジェイと会ったこともまた、偶然ではなく、運命が関係しているということなのである。その部分は当分彼らに伏せられることになるが、その含みはあった。
彼らを並べて、説明をしているノアーの姿は、課外授業をする生徒に対して、注意事項を説明する教諭のような雰囲気だった。
ノアーは続けていう。
「精霊は本来、何かの形状をしている訳ではありません。イーフリートのようにその形状に個性を持つ精霊は、上位の精霊であり、その歴史も長く、非常に知恵のある者だといえます。フィアさんが、イーフリートを守護精霊につけることが出来たのは、精霊の霊力が極限まで失われた状況下において起きた、類い希なるケースだと思われ、容易なことではありません」
「つまり?」
少し遠回りに話すノアーの説明に、エイルがついつい話の本筋を求める。要は得られる結果の内容である。
「基本的に、精霊の形状は、精霊が決めるのではなくて、あなた方との相性で決まるということです。ですが、あなた達のイメージで決まるというものでもありません」
ノアーが言いたい事。それは、表面的な相性や、好き嫌いで決まるものではないということだった。
ノアーは、長話を嫌ったエイルに気を遣ったのか、指先に魔力をともし、しゃがみ込み、地面に小さな魔法陣を描き始める。
「どなたからに、なさいますか?」
普段穏和な笑みを浮かべていることの多いノアーだが、このときはあまりそうではなかった。人の運命を左右する鍵という役割になるのだ、それを受け入れた彼らの後の運命は、おそらく大きく変わってゆくに違いない。
彼らに大きな可能性をもたらすと同時に、多くの争いの火種が降り注ぐことにもなるだろう。
彼女は今それを淡々と進めようとしている。彼女にそうさせているのは、彼らがシルベスターやクロノアールの血縁者だということもあったが、何より有事の際に、ただ死を迎えるのを待つだけの人間ではあってほしくないと思ったからである。
「エイルいけば?」
ミールがさらりと流す。彼女はあまり大事に考えてはいなかった。
「よし……いってやるよ」
彼らは妙に浮かれることもなかった。
「座ってくださる?」
自分の正面にやってきたエイルに対して、ノアーがそういう。集中しているため、目を閉じ、あまり表情を作らない。
「てか、いいんですか?こんな市街地でこんなことして」
グラントは周囲を気にしている。こういう儀式じみたことは、もっと厳かに行うべきではないだろうか?と思う。それに、周囲の視線が気になる。
あまり着飾らないノアーには、そういう雰囲気はないが、彼女がファーストレディーであるということも忘れてはならない。
だが、グラントのそれには、誰も答えてくれなかった。
「もし、野次馬が集まってきたら、チャームを使用しますから……」
しかし、あまりにも切ないグラントの扱いに、数秒おいて、セシルが答えてくれる。
エイルがノアーの正面に座ってしばらく、魔法陣の中に、ハンドボール大の薄膜が現れるが、その中には何も見えない。
「大気は目に見えるものではないわ。これがあなたの守護精霊。剣に封入なさい」
確かにそうである。四元素の中で、大気は目でとらえることの出来ない唯一のものである。フィアのように目に見えるモノを想像していたエイルには、少々肩すかしに感じた。
エイルは、剣を差し出し、鍔に埋め込まれている球場の水晶をそれに向けると、それはひゅっと、視覚的に感じる音で、そこに吸い込まれるのであった。
すると、剣は全体的に銀色から薄い黄色に変化し、大気よりも雷に近いイメージになる。尤も雷は大気の起こした静電気の化け物であることは、いうまでもないだろう。
エイルが剣に魔力を込めると、ロングソード程度の刀身の周囲に大気の膜が張り、彼の普段扱うグレートソード並みの長さになる。それはあまり、普段と変わりないようだ。
「軽く一降りしてみなさい」
あまり剣に強い変化が得られないと感じたエイルは、一瞬無造作に、真上から剣を振り下ろす動作をとろうとするが、一瞬躊躇いを感じる。もし変化に大差がないのなら、精霊の力など借りる必要性などないはずだ。
だが、ドライ達ほどの偉人が関わる儀式となると、恐らく自分の手応えとは比にならないほどの力を有することとなる。
彼は、後ろにいるイーサー達、正面にいるノアー達に、剣圧が飛ばないようにするために、横から払うようにして、剣を振り下ろした。
するとどうだろう。轟雷とともに、幅数センチ、深さ十数センチにわたり、地面がえぐれ飛び散り、吹き飛び、静かだった、大気の刃を持つエイルの剣の刀身中に、青白い稲光が激しく走り、飛び交っているではないか。
「押さえてというのは、力ではなく、魔力のことなのですよ?」
ノアーは座ったまま、落ち着き払って、エイルに忠告をする。
「わかってるさ。魔力も力も十分押さえたつもりだよ」
ひやりとした汗を流し、珍しく気を動転させているエイルが、そこにいた。ここに一人、平和な時代に不釣り合いな力を手にした人間が、また一人生まれたことになる。
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