第3部 第9話 §2 旧サヴァラスティア家にて
イーサー達は、サブジェイに連れられ、昔ドライとローズが暮らしていた家へと向かった。シンプソンの家から十分ほど離れたところにそれはある。
適度な庭と、一世帯が暮らすより、少し広めの邸宅が、いつでも人を迎え入れられるように、手入れされている。
「あれが、パパとママの昔のお家?」
リバティーは、現在のログハウスのような、ワイルドな家でなく、壁面の塗装も屋根の作りもしっかりとした、その家を見て、過去の二人の暮らしぶりを実感した。
「ああ、いい家だろ?」
サブジェイは、少々驚きの隠せないリバティーを横目でちらりと見つつ、クスリと笑う。確かに現在のサヴァラスティア家は、おおざっぱで野性味のある作りである。田舎といえばそういう雰囲気も確かにある。
この家は、二人が住むには上品すぎるのかもしれない。広い敷地があるわけではないが、そう思えるほど、立派だ。手入れされた、芝生の庭がなおそう感じさせるのであった。
サブジェイが何気なく玄関の扉を押し開ける。
鍵はかかっていないようだ。というよりも、すでに中に誰かがいるのである。
「レイオ。セシルさん」
サブジェイは、まず入ってすぐのホールで、最終的な掃除を行っている二人を見つけて。声をかける。
「ああ、到着した?」
簡単なレイオニーの反応。もう十分だろうと言いたげに、額にしっとりと汗をかいているレイオニーだった。掃除の方にかなり気をとられていたみたいだ。
セシルは淡いグリーンの服を好む。このときもそうだった。神秘的な彼女ではあるが、それでもスカート姿で掃除していると、主婦という姿を感じるところがある。
しかしレイオニーは相変わらずのスラックスとカッターシャツ姿である。
過去のマリー=ヴェルヴェットもそういう動きやすい服装を好んだ。影響を受けていることは明白である。
「ここが、アニキの家かぁ」
イーサーは感心して、きょろきょろと見渡すのであった。
このサヴァラスティア家の基本色は白である。居間には暖炉もあり、赤いカーペットもあるが、テレビはない。そういう時代の家なのだ。クリーム色のソファーもある。
「ノアーさんは?」
サブジェイはもう一人応援に駆けつけてくれているはずの女性が、そこにいないことに気がつく。
「ノアーは、寝室でベッドメイクをしてくれているわよ」
セシルは、小さな汚れがないかを細心の注意を払っているため、あまり言葉に意志がこもっていないかにように見えた。
ホールといっても、それほど大きなモノではない。正面にある二階へと続く階段、奥にあるリビングやキッチンダイニングをつなぐ中継点にそれがあるようなものだった。
「あら?騒がしいわね」
おっとりとした落ち着いた声はノアーのものである。二階からの階段をゆっくりと下りてくる。どうやらベッドメイクの方は完了したようだ。
そんなノアーの肩には、翼竜の幼生が乗っている。幼生といっても猫より大きく体重もある。細いノアーの肩に乗っているそれが重そうに見えて仕方がない。
翼竜といっても、翼があり、手足があり、羽が生えているが、体長は長いものではない。なんとなしにずんぐりとしている。体の色は深いグリーンをしており、瞳は金色である。
そんなノアーの肩には、革のショルダーパットがつけられており、ドラゴンの爪で衣服が傷つかないようになっている。
ノアーもブラニーと同じように、黒い衣服を好むが、パンツルックであるブラニーに対して、ノアーは足首の少し上まである、ロングスカートをはいている。ローヒールも黒である。
「ブラニーさん?じゃ……ないよな?」
間違えそうになったのはイーサーである。
ブラニーとノアーは確かに少し年の離れた姉妹であるが、よく似ているものだった。
違うところはやはり視線の鋭さである。攻撃的な性格のブラニーの方が、はやり目元もしまりがあり、ノアーの目尻はおっとりとした性格がよくでている。長い黒髪の見事さは、同じである。
「あの人が、あんなに上品なわけないだろ?」
と辛口なのはエイルである。ブラニーは、ドライを全力でひっぱたく女である。ノアーはそうは見えない。
確かにその通りだと、おかしくなったのは、リバティーである。
「姉は、私の家で、孫の子守をしてます」
ノアーは、彼らのブラニーに対する評価が可笑しかったのだろうか、クスクスと笑い始める。上品な笑みだ。
「朝、早くからご苦労さまでした」
フィアが、自分たちの到着時刻のことから、朝はやめから彼らが滞在できる準備を整えてくれていたことを察知し、深く礼をする。
「あ、そっか」
ミールもあわててお辞儀すると、一同頭を下げる。
「と、ところでさ、それドラゴンですよね!」
イーサーが、幼い顔をして、ノアーの肩に収まっているドラゴンの幼生をみて、好奇心いっぱいになる。
「ええ、この前生まれたばかりの子よ。かわいいでしょう?甘えん坊で離れてくれないの」
ノアーは、ドラゴンの顔をなでると、ドラゴンは目を細めて、喜んでいる。ノアーを慕っているのがよくわかる。
「とてもじゃないけど、ドラグマスターとは、思えないんだけどね」
サブジェイは、温厚そうなノアーの表面と、その実力のギャップを未だに信じがたそうに、苦笑する。
「それじゃ、セシルさん、ノアーさん。後頼みます。レイオ!いこうぜ」
サブジェイが何かに神経を集中させ始めると、全くほかの声が届かなくなるレイオニーを強く呼んだ。レイオニーは、細かく汚れのチェックなどをしていたが、その声に反応して、現実に帰る。
「あ、うん。そうね」
「え~?天剣もういっちゃうんすか!?」
不服そうな声は、やはりイーサーである。久し振りに彼に会え、今から稽古の一つもつけてくれるモノだと、思っていたのである。
レイオニーは、まくり上げていた袖をおろし、軽く衣服を整えるのであった。
「そうだ。オヤジのこととか、あれからなんかわかったんですか?」
動き始めたレイオニーを見て、イーサーは思い出す。なにか、いい情報が得られるモノだと期待したイーサーの笑顔に対して、レイオニーはわずかに曇った表情を作る。
その表情は微妙だった。困った顔だといえるし、悩み事を抱えた様子であるといえば、そうとれないでもない。
「ごめんね。思ったより複雑なのよ。一朝一夕にはいかなくて」
にこりとしたレイオニーの笑顔だったが、陰りはとれない。
イーサーにその理由がわかるはずもなかった。
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