第3部 第8話 §17 いざホーリーシティへ

 空港に到着すると、出迎えてくれたのは、サブジェイだった。

 「よ!」

 「おにい……ちゃん」

 少し言いづらそうなリバティーだった。照れくささと、そう呼ぼうと意識するぎこちなさが表れている。

 「天剣じゃん!」

 そう大声を出したのは、イーサーだった。彼の方がよほど親しみを持ち自然に見える。

 「いいんですか?簡単に俺たちの前に顔なんか出して」

 と、サブジェイの立場を考え、エイルは気を遣う。

 「ここは別なんだよ。この町じゃ、俺は今も昔もサブジェイだからな」

 雰囲気がずいぶんリラックスしている。それはドライたちと会っているときよりも、そう感じるほどの言葉遣いだった。エイルの気遣いに対して、笑顔で返すサブジェイだった。

 「さっ……てと。とりあえず、飯食べて、家に行くか」

 サブジェイは、剣や衣類の詰まったバッグをモタモタと抱え込んでいるイーサー達を、朝食に誘う。

 レイオニーはいないようだ。

 「マジっすか!」

 天剣が食事に誘ってくれるのだ。イーサー達としては、これ以上の感激はない。リバティー以外は、一瞬だが、わっと、盛り上がる。

 彼らは、空港内のレストランで、簡単な朝食を済ませる。

 空港は、ホーリーシティーと、その衛星都市のリコとう街の間にあり、森の中に切り開かれた空港である。

 そのホーリーシティーの上空には絶えず大きな影がいくつも飛んでいる。鳥ではない。それとは比にならないほどの巨大な影である。

 一同は、街が運営しているシャトルバスで、街の中央まで移動することになるのだが、サブジェイほどの人間が易々と交通機関を使用するケースなど、考えられない。周囲はパニックになってもおかしくないはずである。だが、彼はそんな中、普段通りにしている。

 彼はこの町では、自分は昔のままのサブジェイだといったが、決してそうではないのだろうと、エイルは思う。

 周囲が彼に視線を送るが、消して親しみを持って近づこうとするもはいない。

 普段見られる彼は、プロフェッサー、レイオニー=ブライトンのガーディアンとして、その厳しいオーラを周囲に放っている。にわかに彼を知るだけの人間であれば、易々と近寄れたものではない。

 空港から、シャトルバスへと移動する時、ちょっとした事件があった。

 しかし、世間一般からすればそれは、小事ではない。巻き込まれたくないものだった。

 「天剣のサヴァラスティアだな?」

 サブジェイの前に、スーツ姿に、ステッキという全身黒ずくめの、マフィア風の男が姿を見せる。

 サングラスもかけ、素性がわからないようにしている。歩みを止めたサブジェイに、近づき彼に立ちはだかるのであった。

 「今日は日が悪い」

 サブジェイが、何もなかったようにその男の横を通り過ぎようとしたとき、男はステッキの頭を握り、本体部分を握り、剣を抜く体制に入り、頭を本体から引き抜いた。

 それは仕込み杖である。ひらりと振り上げられ、真上からサブジェイの背後から振り下ろされようとするそれよりも早く、サブジェイの後ろ蹴りが男の顎を砕くのだった。

 「今日は日が悪いっていっているだろう」

 その一幕に、周囲が騒然とする。

 「見せ物じゃねぇんだよ」

 サブジェイのさめた一言。そして、刃物のように切れた視線で周囲をちらりと見渡す。

 機嫌の悪そうなサブジェイの視線、その苛立ち方に、イーサーですら、背中にゾクリと来るものがあった。

 「名を上げたがるやつが多くてな。屡々こういうことがあるんだよ」

 サブジェイは、笑っているが機嫌のよい笑いではない。そういう出来事にウンザリしている様子だった。そんなサブジェイの背中が、なんだか少し寂しそうな気がするイーサーだった。

 この状況で親しまれることは、あり得ないだろう。だが、彼の寂しさがそういうものではないということは、わかっていた。

 彼らはシャトルバスに乗り、街の中央へと向かうことになる。セントラルにドライ達の旧家があるのだ。

 上空を舞っているのはドラゴンである。種族は翼竜が多い。それを壮観だと思うものもいれば、威嚇的であると見る人間も多い。

 「すごい……ですね」

 グラントが、シャトルバスから見える、その影に少し驚いている。

 「親父達が散った後、ホーリーシティーは、戦争の舞台になりかかったんだ。西バルモア大陸の東西に境界線を引く戦争だ。オーディンが、世界連盟協議を考えたのはそのころだ。理由はいくつもある。大陸内で急速に成長してゆくホーリーシティーに、目をつけたこととか、じいちゃん……っと、えっと、考古学会の長と呼ばれる、ハハムートが、街の中心的存在としてい、存在しているということ」

 「教科書じゃ、西側の領土拡大の戦争ってのってた」

 リバティーは、頭の中におかれてある教科書から、一ページを引き出し、その史実に対しての一般的な答えを述べる。

 「まぁ、親父、オーディンが抜けた後ドーヴァさん一人で大変だったのは確かだよ。ホーリーシティーの勢力を落とすには、いいタイミングだったのかもな。でも、今じゃドラゴンも街の案内人だよ。時々通りで寝そべってじゃまになってるけどね」

 サブジェイは巨大な体を横たわらせて寝ているドラゴンを平気でしかりつけている一般市民の光景を思い出して、ちょっと笑いがこみ上げる。

 肉体的な力関係は、明確であるが、ドラゴンが渋々退くのである。

 そして、そのドラゴンを管理しているのがノアーである。非好戦的なのは、おそらくノアーの影響なのだろう。

 「ホーリーシティーっていろいろあるんすねぇ」

 イーサーは簡潔にくくってしまう。

 「まぁ、東バルモアで、大きな街はヨークスだけだからな。無縁な話さ。今は……な」

 エイルは、緩やかな連携をとっている都市国家群である東バルモア大陸の国々を、そう見ている。だが、ヨークスに富が集まり始めている今、おそらくいずれ問題は出てくるだろう。貿易不均衡や、武力問題など、そのほか小さな問題を満ち出せば、きりがない。

 また、逆にヨークスと連携を強めることで、より裕福になる都市も出てくるだろう。

 アンバランスに文明だけが先走りしている今、一度衝突が起これば、その悪化は激しいことは、容易に想像できる。

 「あの街には親父とお袋がいるから、どうってことないさ」

 サブジェイは、ふっと笑いを漏らす。

 そういいきれるのは家族がそこに存在しているからである。二人が彼らを守るためならば、夥しい死体の山をも築き上げるだとういうことは、容易に想像できた。

 ローズの魔法は一撃で、一都市を壊滅に陥れることができるし、ドライがシルベスターモードになれば、それこそ大陸の一つも沈めることもできるだろう。

 それを家族を守るという理由のためだけに使えるのだから、恐ろしいし、頼もしい。

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