第3章 第8話 §最終 着ボイス
シャトルバスは、ほぼ二時間かけて、街の中央にやってくる。
ホーリーシティーの市街地にはもう随分前に入っているが、この街はそれほど肥大化している。
二十年前には近代的だと思われた建物達も、そろそろ流行から後れ始めている。装飾や作り込みが見える柱や、壁もくすみを見せ始めていた。
現在最も好まれている様式は、さっぱりとしたビジネス的な趣のある建物である。より無駄のない機能重視というものが伺える建物の方が斬新で、好まれるらしい。
特にホーリーシティが文明的な面として顕著なのが、町中のサイネージでや掲示板で、デジタル化が進んでおり、サテライトコミュニケーションシステムを利用した、情報案内のリアルタイム化が進み始めている。
他の街は、中央がもっとも人口密度が多く、高層化が激しいが、ホーリーシティーでは、都市の高層化が多少ドーナツ型現象を起こしている。。
何故なら、古くからの公共施設が中心部に集約されており、昔からこの街を支えてきた創設者の住まいがあり、昔からの風情がそこに残されているからだ。
中心にあるのは、シンプソンの家でもあり、議事堂でもある庁舎である。
また、質の高い医療施設や、中央図書館などもそのエリアにあり、ドライ達の旧家もそこに存在している。
シャトルバスの終着点である庁舎前になると、ほとんど観光客はいなくなる。余り観光には向いていないためだ。
庁舎の周囲の道路はロータリーになっており、ぐるりと一回りできるような仕組みになっているそして、東西南北へと大通りが走っているのだ。ロータリーの進行方向は左回りである。市庁舎は南側を向いており、リコの街は北側にある。バスは半周回って、庁舎の正面に到着する。
彼らは、バスから降りる。
実に閑静な場所である。本当に街の中心なのか?と思えてしまう。
「ほら、あれがこの街のスタジアムさ」
サブジェイは、庁舎を正面に左手にかすかに見える、コロッセオのような外壁を持つ、ホーリーシティーのスタジアムを指さす。だが、周囲の建物が障害になり、見えるのは、上段の一角だけである。そこで試合が行われるのである。
そのころには、すっかり普段のサブジェイに戻っていた。
「今頃、ノアーさんとセシルさんが、家をきれいにしてくれてるはずだし……いこうか」
サブジェイは、特に豊かな表情を作ることもなく、ちょっと味気ない案内をする。
確かにイーサー達とは、親しいといえる間柄ではない。縁があった。今はまだただそれだけの関係でしかない。
イーサーは、サブジェイの素っ気なさに少々残念な思いがあるだろうが、エイルは、やはりそんなものなのだろうと思えた。剣の稽古を多少つけたもらえただけでも、それは大いに名誉あることである。
「メールだぜ!」
と、いきなりドライの声がする。リバティー以外の一同は、不思議に思いあわてて、その姿を探す。
「あ、パパからのメールだ」
ドライからリバティーにメールが入ることは、あまりない。ほとんどが直接顔を合わせてしまえば終わりである。だが、数日はあえない。おそらくそれは、彼女にもドライにとっても初めての経験だっただろう。
「んだよ。何ミーハーなことしてんだ、あのオヤジ……」
サブジェイは、ドライの意外な一面を見たような気がする。それが少し恥ずかしそうでもある。
「パパって着メロってイメージじゃないから、ボイス入れてもらったの」
リバティーは、クスクスと笑いながら、ドライにそれを頼んだときの様子を思い出す。しばらく、首をひねって考えた上で決まったのが、その一言だったのだろう。ちょっと、投げやりっぽいのが、ドライらしい。
「市長との会食だって。機嫌わるそー」
リバティーは、のぞき込むイーサーに、そのメールを見せる。
「『クソ市長と、飯食ってくる!そっちもそろそろ、到着した頃だろ?飯は、サブジェイに奢ってもらえ!!』だってさ」
「オヤジが?市長と?」
サブジェイは、そういう類の人間と、ドライがつきあっていることに、ふと不思議さを感じた。ドライはそもそもその類いの人間が苦手だし、彼の行儀の悪さも、その類の人間に好まれるようには思えない。その接点が不思議であったが、そのあたりは、エイルが簡潔に説明してくれる。
「そっか、シードさんとジャスティンさんが……」
サブジェイは、ジャスティンがドライに会いたがっていたことを思い出す。その気持ちは皆同じだが、ジャスティンには、ルークとローズ、ブラニーとセシルの複雑な関係がある、そしてそこにドライがいる。それをずいぶん気にしているのだ。
そしてその彼女がリバティーの名を付けたのだ。
サブジェイは、ジャスティンのドライへの気持ちを考えると、少々しんみりとしてしまう。
「メールよ♪」
次にローズの声がする。それはやはりリバティーの携帯電話からである。
メールを見た瞬間のリバティーは、赤面してしまう。
「よけいなお世話……だよ」
ぱたりと携帯を閉じてしまうリバティーだった。リバティーの表情から、ローズが過激な内容のメールを送ってきたのは確かなことである。
「え~なんだよ!てか、姉御までボイスじゃん。俺はねーの?」
イーサーには、メールの内容がわからないことよりも、リバティーの携帯電話の着信が、自分の声でないことに、不満があるようだ。
一同の足はすっかり止まってしまっている。
イーサーのヤキモチが始まると、リバティーは子供じみたそれに、困りながらも笑みを作る。
「わがままだなぁ。ほら、はい。長いのはだめだよ?」
リバティーは、吹き込みのための設定をして、イーサーにそれを渡す。
「っと、開始ボタンがこれで、終了がこれか……っと」
イーサーは、携帯電話の仕様を確認し、マイクに口を近づける。
「お嬢。愛してる♪」
と、イーサーはそれだけいうと、停止ボタンを押す。改めていわれたリバティーは、もう一度頬を赤くする。
一瞬彼らの中のざわめきも、静まりかえってしまう。
そして、その中心には満足そうなイーサーがいる。
「アハハハハハハ!バカだ!ばかだよ、こいつ!」
ミールが、全くオブラートに包まなずに、爆笑し出す。それにつられたグラントもフィアもエイルも腹を抱えて笑い出す始末である。そしてサブジェイも笑い出す。
リバティーは目を点にして突っ立っているだけである。
「もう!却下!絶対却下!!」
「え~~!なんでだよ!いいじゃん!」
イーサーは、一度渡したリバティーの携帯を再度奪いなおし、そのボイスを消されないように確定ボタンを押す。
それを追いかけ回すリバティーがいる。
サブジェイは、さらにそれがおかしくなり、立てなくなるほど笑い転げる。
そんな笑いをしたのは、本当に久しぶりのサブジェイだった。イーサーとリバティーが、遠慮なく一つの携帯を奪い合って、暴れ回っている。それを目にすると、再び腹がよじれる思いがするのだった。
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