第3部 第8話 §16 四等客室

 ドライ達が眠りにつこうとしている頃、イーサー達は、飛空船の四等席と言われる場所の一角を陣取っていた。船の右側面。そこからはヨークスの街の明かりが地上の星となって散らばっていた。尤も、大都会のように数百万の星屑というほどの明かりではない。だが、普段の馴れない視点から眺めるその景色には、興味を持たずにはいられない。

 彼等の持ち込んだ品物は、着替えと備品だ。少々の金銭も持ち込んでいるが、四等席に付く前に、見かけた張り紙では、貴重品などの紛失に対する、免責事項が書かれれあった。要するに厳しい自己管理をするように促しているのだ。

 「ヨークスの街、見えなくなっちゃったね」

 本当に自分たちの街から離れてしまったことを実感してそういったのはリバティーだった。

 「ほんどだねぇ。今空の上なんだよね」

 ミールも少ししんみりとしてしまっている。表情に少々ホームシックがちになっている寂しさが表れている。

 まだ離れて数時間ほどしか経っていないのである。

 「暫く、姉御の料理たべれないのかぁ」

 別の観点からの感情はフィアだった。食事の支度には積極的に関わってきた彼女なだけに、それが物寂しく思えてならない。

 「大げさだな。二人も週末には追いつくんだぜ?」

 エイルは、感傷に浸っている女性陣に対して、少し大げささを感じて、クスクスと笑う。

 「んが……」

 それはイーサーのいびきである。窓際のリバティーにもたれかかりつつ、すでに眠りに入っているようだ。

 「気楽だなぁ相変わらず」

 グラントはイーサーのそれが羨ましい。騒ぐだけ騒いで、終わってしまえばぐっすり寝てしまえるのだ。

 「此奴、ホントにお嬢のことすきなんだね」

 そして続けてそういう。暢気な顔をして寝るイーサーだが、リバティーの側でそうしていると、そのゆるみ具合がより一層酷く思えたのだ。

 「あはは、そうだね。最近特に、お嬢のお尻にくっついてるか、引っ張っていくかだもんね」

 景色から一片。グラントの一言で、全員の視線がイーサーに向く。フィアがそういうと、リバティーの方がなんだから、照れてしまう。

 二人がどれだけの関係なのか、皆すでに知っているし、リバティーもそれを隠すつもりなどない。すでに、初夜を向かえた朝は目撃されてしまっている。

 「不思議だね。負けず嫌いなくせに、マイペースだよね、此奴って……」

 リバティーは、自然体で能動的に動いているように見えるイーサーを見ていると、自分もその流れに乗れそうに思えた。

 「よっぽど悔しかったんだね。大会に出られなかったこと……」

 リバティーは、ただ一度酷く荒れた彼を思い出す。あの衝突の夜である。

 リバティーは、抱えていた膝を崩し、イーサーの頭をそっとその膝者に運んで、つんつんと尖っているイーサーの頭を、子供をあやすように撫でる。

 「もう何とも想ってないのか?あのこと、あの夜のこと」

 エイルが、改めて、彼女を傷つけそうになった出来事に対して、リバティーにそれを改めて確認するのだった。

 「あのね。イーサー今でも、寝言で謝ってるの。時々……。だからいいの」

 何かにつけて、過ぎ去ったことを忘れているように想えるイーサーだが、そのことだけは彼の中で、疼いているようだ。

 「寝言っていうのが、イーサーらしいよね」

 笑って冷やかしたのはミールだった。そこで小さな笑いがおこる。

 「さ、みんなそろそろ寝よ」

 フィアが時計を見て、夜もかなり更けたことを、皆に教える。

 そして彼らは眠りにつく。

 やがて朝を迎える頃になると、四等客席の小さな窓にかすかに朝日が差し込む。最初に朝やかの赤紫の日差しに気がついたのは、イーサーだった。

 彼は、窓際にもたれかかり、膝を崩して座っているリバティーの膝枕で眠りについていたのである。

 リバティーは、特に我慢してそうしていたわけではない。そうしていたかったのだ。

 だが、彼はそれに気づかず、ずっと眠っていた。

 イーサーは、体をゆっくりと起こすと、掛けられた毛布を、肩にかけ、そのままそっとリバティーを抱き寄せて、ゆっくりと横になる。

 だが、体制が動かされていることには変わりはない。リバティーは、うっすらと目を覚まし、惰性的に状況を把握するようにつとめる。

 「へへへ。ごめん。ちょっと寒いからさ」

 イーサーは、悪びれることなく、リバティーを胸に抱いたまま、毛布にくるまる。

 「うん」

 まだ眠気に精神を支配されているリバティーは、流れに任せたヘンジをすると、イーサーの温もりを感じつつ、再び短い眠りにつく。

 イーサーは自分の腕で安らいだ寝顔をしているリバティーをみると、愛おしくて仕方がなくなる。

 彼が本当にそう確信できるようになったのは、ジュリオと戦った時である。死ぬかもしれないと思うと同時に、彼女だけは絶対に守り通したいと、心が揺るがなかった。自分の命以上に彼女の存在が大切なのである。

 こうする度に、自分の心が切なく締め付けられることが、心地よい。ぎゅっと抱きしめて、胸の中で眠る彼女の頭にほおずりをする。

 飛空船がホーリーシティーに到着するまで、二人は眠りにつく。一度目がさめたために、二度目の目覚めは、全員より一歩遅れることになる。

 「ホント、ラブラブだよねぇ」

 と、到着時に二人を起こすことになったミールの一言である。

 「そっちも、あんまりかわんないと思うよ?」

 と、のんびりとしたつっこみを入れたのはフィアだった。やぶ蛇だったと、いたずら心の見えるミールの笑い。ニカニカとした、はっきりとした笑いを振りまいている。

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