第3部 第8話 §15 ライセンス
彼等が出かけたのは、街でも有数のイタリア料理店である。そう、有数という言葉通り、正装をしなくてはならない。ローズはしっかりと自分たちの正装を用意していた。初めからそのつもりであったのだ。
特にローズのドレス姿などは、年に何度もない。あるとすれば二人の結婚記念日などだ。
無駄なくメリハリのあるローズが、背中の大きくあいたタイトなドレスを大胆に着ると、それだけで周囲は、彼女に関心を寄せる。そのローズの横にドライが正装でいると、まるで裏の世界のお忍びのような危険な香りがする。
ジャスティンは、ペパーミントグリーンの軽く胸元の開いたシックなドレスを着ている。右肩に付いた大きなバラ状の花飾りが、特徴的だ。色的にはセシルが好みそうなものでもある。
ジャスティンとシードもしっかりと、正装に着替えさせられている。
シードは黒のタキシードで、ドライは白のタキシードである。男は女の添え物というわけだ。
「久しぶりですね。こうしてお二人と食事をするのも……」
イーサーが、しみじみとそういう、手に持ったフォークとナイフの動きが少し鈍っているような気がする。感傷に浸っているようだ。
「ドーヴァは、どう?」
ローズが心配事だったことの一つを、シードに訪ねる。
「もう、職場復帰しちゃいましたよ」
シードは、おかしげに笑う。ドーヴァのことだ、さぞ慌ただしく出て行ったのだろう。
その様子を聞いてローズもほっとしたようである。
「あの、あの子達……そうなんですか?」
少し濁した言い方だが、ジャスティンに暗さはなかった。ただ、ドライがその宿命に苦しんでいたことを知っているために、遠慮が出たのである。
「そう思うか?」
ドライが、ジャスティンの勘の良さに、態と正しい答えを述べずに聞き返す。視線は食事の方から離れない。
「ん。でもイーサーという子は少し違う。んん、彼は普通の子に見えるけど」
「ま、どっちでもいいけどな。そんなことは……」
ドライの食のスピードが、少し早くなる。
「ゴメン。せっかく久しぶりの食事だものね!」
ジャスティンは、強調した明るい笑顔をつくった。別にドライが、不機嫌な様子を見せたわけではない。だが、ジャスティンにも気になることがあったのだ、この街で起こった事件もそうだし、グラントの並はずれた強さもそうである。
シードは、ジャスティンのように、彼等がそうであるのか、そうでないのかをかぎ分ける能力は無かったが、少なくともイーサーが、彼等より同じか少し勝っている力を持つ者だと認識することが出来た。
まだまだ未熟なものを感じるため、その力の真否はまだ判るものではなかった。
「そうだ。シード、サティ女王から預かってた、アレ……」
ジャスティンは、ぱっと明るい表情を作り、シードにその話の進行を求める。
「あぁ、ここじゃ目立つから、家に帰ってからにしましょう」
それは、彼女の中で嬉しい出来事の一つであるようだ。だがシードは、公にそれをすることを、良い判断とは考えていなかったようだ。
「そうね……」
ジャスティンも少し、自分の早とちりを感じ、シードの考えに従うことにするのだった。
「んだよ。もったいぶんなよ」
まさか、久しぶりに会った二人が、自分たちを焦らすようなイベントを持っているとは、予想もしていなかったドライは、少しそれが気になる。
元々焦らされることの苦手なドライだ。
「帰ってからのお楽しみ」
ジャスティンが笑顔を作る。そうされると、無理強いして訊くことも出来なくなってしまうし、彼女の笑顔で、焦らされる苛立ちは、無くなってしまう。
ジャスティンは、ブラニーとルークの子供とは思えないほど、柔らかい笑みを作る。彼女の柔らかな笑顔は、どちらかというと、ノアーに近いような感じも受けられた。逆に冷静沈着さを持ち、心の中に、闘争心を持つシードの方が、ルークとブラニーの子供のような感じがしてならないが、事実はそうでない。
ドライにそう思わせるほど、そのときのジャスティンの笑顔は、おっとりとした笑みを浮かべていた。
子供達のいなくなった静かな車で、彼等はサヴァラスティア家に戻ることになる。
本当に久しぶりの静かな時間である。子供達は今頃、空の旅を楽しんでいる頃だろう。順調に行けば、八時間ほどでホーリーシティーに到着するはずである。
彼等はリビングの長テーブルに着く。
主賓席ではなく、向かい合えるような形で、ドライ達がキッチン側、シード達がその向かい側となっている。
そして、ドライとローズの前に、ジャスティンが出したもの。
それは、剣のS級ライセンスであり、表には彼等の顔写真があり、武具許可証の詳細が書かれており、保持可能範囲は、全てに渡っている。つまり彼等はどの武器を手にしても良いとことなのだ。
そして、その裏には通常、追加事項のための空欄が並んでいるが、二人の許可証には、赤地にシルバーのセントクロスが入ったデザインで、通常のものとは異なっていた。
ライセンスの大きさは、定期券ほどのものである。
「…………」
ドライにはとくに感激があるわけではない。ジャスティンが見せたがっていたものは、ただ単に彼等を現実に引き戻すだけのものだったからである。いや、そのことについてはすでに整理が付いている。
ドライが皆の元を去ったときの心境を考えると、それが彼等にとって、幸福なものなのかは、十分判断が付くだろう筈たった。ジャスティンらしくない、判断ミスかのように思える。
それに、エピオニアの王女のサティは、判断力に優れた女王である。セインドール島の時の戦いでさえ、初対面の彼等の瞳と会話し、全幅の信頼を置いてくれたほどの人物である。その彼女らしくない計らいであるようにも思える。
そして、恐らく、彼等の大きな距離を動いてくれたのは、ブラニーであろう。
「帰ってきて欲しい……」
それは、オーディンも、サブジェイもレイオニーも、セシルも言わなかった言葉である。
その中でジャスティンとの付き合いは、最も短いものである。ほぼ二年ほどのつきあいである。その彼女が一番切実な思いを込めて、二人に懇願する。
シードは、ジャスティンの思いを止めることが出来なかった。何よりその思いは、全員が思っていることなのである。
ドライは今の暮らしが好きである。剣は生活の糧から離れている。今の生活が一番安定していると感じている。だが、それと同時に魔物と接したときの高揚感を忘れたわけではない。
それを手に取るというこの意味。ドライはそれを十分に認識している。だが、何も言わずすっと自分に与えられたライセンスに手を伸ばし、指先で摘み、裏地のクロスのデザインを眺める。
オーディンで言えば深い青地にシルバークロス。サブジェイはシルバーの地に、ブラッククロスといった具合である。ローズとドライとは同じデザインである。
「いってんだろ?何時でも遊びにこいって、俺たちは、ここを動くわけにゃいかねぇがな」
ドライは生活の場をここから移さないことをハッキリと二人に告げたのである。
「此奴は、もらっておくよ。ガキ共にもつきあってやらねぇといけねぇしな」
何時でも剣を握ることが出来る。逆に言えばそうなることがあるのだろうという、ドライの勘であった。そして剣を握る時が訪れるときは、今の生活が終わりを告げるときなのかもしれない。
「明日馬鹿市長の食事会ってのに付き合わされんだ。オメェ等もくんだろ?泊まってけよ」
それが、今日の会話の終わりとなる。
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