第3部 第8話 §14 いざホーリーシティーへ

 空港は街から北の郊外にある。農園から車で移動して2時間はかかるほとの距離だ。イーサー達も一風呂浴び終わる頃合いに、出発時刻がやってくる。

 車を運転するのはローズである。

 「あんた達が、来る時間の連絡をくれないから、ドライに留守番させようかとも思ってたんだけど、いいわね。このままみんなで帰りに、食事してっと」

 車中、ワゴン車のハンドルを握るローズが、これから数時間の予定を考える。

 車中には合計十人と、明らかに定員オーバーの車内である。後部シートは、フルフラットに倒され、そこに寿司詰め状態になっている。シードの車はというと、サヴァラスティア家の庭先に、おかれたままである。

 夜を迎えた空港は、夜中でも白昼色の青白い光や、昼光色の柔らかな赤みを帯びた証明でライトアップされ、ダークブルーの夜の空気に浮かぶ、船のような船体が上空に舞い上がるとき、下方からライトが照らされて何とも幻想的な様子を醸し出すのだ。一寸したデートスポットでもある。

 空港が近づくに連れ、停船しているものや、離陸しているもの、着陸しようとしているものが、多数姿を見せ始める。

 「うあぁ!考えたらアレに乗るんだよな!俺たち!」

 興奮を隠しきれないのは、やはりイーサーである。狭い車内野中で、窓に張り付き、その光景に食いついている。

 「狭いから!動くな!」

 横に座っているリバティーに被害が及ぶ。

 「ったく」

 エイルは呆れてため息しか出ない。

 「ゴメンねぇ、賑やかでしょ?うちの子達」

 ローズは、同じようにすし詰めになっているシード達に対して、軽い謝罪を入れるが、あまりそう思っていない。ケタケタと笑い出す始末である。

 シードは、彼等と同じ扱いを受けていることに、クスリと笑みをこぼすだけだ。ローズにとってその差がないことを意味している。

 空港はクラッシックな石造りの建物が多く残る市街地に比べて、近未来的な様相を呈している。万事において広くスペースを取っており、全体的にリラックスムードが漂うように、丸みの帯びたデザインの物が多い。

 設置されているベンチなども、座り心地のよいものになっている。

 「じゃ、サブジェイにも言ってあるから、向こうに着いたら連絡してね。ホーリーティーじゃ、事情が違うから、気も遣う必要もないわ」

 そう、ホーリーシティーでは、ドライ=サヴァラスティアの名前には絶大な意味がある。ただ有名だというだけではないのである。街としての創設者の一人なのだ。

 それに昔のなじみも多い。リバティー達にとっては初めての土地かもしれないが、そこか彼等の故郷といっても過言ではない。そういう場所だ。

 「週末には、ママ達もくるよね?」

 「もちろん」

 リバティーの言い方では、なんだか永劫の別れが近づいて来ているかのような雰囲気がある。

 パスポートやチケットの提示。手荷物の搬出。彼等の場合剣の所持許可証の提示なども必要になる。

 大会が終わった翌日のために、この街から離れる者達も多い。時間帯は違うが、あのクルーガも、ここを通ったのである。決勝での惨敗は、ついに報道陣に対して、その口が開かれることはなかった。

 「あんた達の席は、四等席だからね」

 ここでローズが預かっていたチケットをリバティー達に分配するのであった。

 「雑魚寝部屋っていえよ!」

 全くありがたみを感じないエイルのつっこみである。だが、ローズには感謝している。

 旅費を与えたくせに、決してそれ以上のことはしない。その部分にローズの甘さと辛さが混じり合っている。だが、やはり甘さの方が勝っているようだ。

 「あたしとドライは、一等席確保したから」

 言わなくても良いことを、話すローズである。出資者の横暴とでもいえるかもしれない。一等席を確保する資金で全員が三等席を確保できる。それくらいの金額差があるのだ。

 「お嬢!フランクフルトあるぜ!」

 イーサーは、直ぐに港内に設置されている売店の一つを発見する。

 「あは、いこいこ!」

 リバティーはイーサーに乗せられるようにして、売店へとむかう。旅行の心理だろう。旅先で寄る小さな名もない店の一品が妙に食欲をそそる。出発前だというのに、イーサーのテンションはすでに上がっている。

 「無駄遣い禁止だよ~~」

 フィアがのんびりと、小走りしていく遠くに向けて声を出す。

 「大変ですね」

 シードが、クスクスと笑い出す。個性それぞれだ。生意気そうなエイルや、やんちゃなままのイーサー。自然と全体を見回しているフィアに、心配げなグラント、好奇心の旺盛そうなミール。

 ドライとローズは、彼等の親である。そんな雰囲気が自然に見えた。

 「疲れるよったく」

 ドライがあくびをして、騒々しさにウンザリとした様子を見せるが、のんびりとしている彼がいるのだから、その生活がまんざら悪いものでもないのだと、シードは悟る。

 「そろそろ荷物預けないと……」

 フィアが時間に気が付く。

 特に彼等は剣がある。早めの搭乗手続きを済ませなくてはならない。

 「じゃ、行ってくる」

 エイルがドライとローズを一度ずつ見る。機会を与えてくれたローズに対しては、より強い想いを瞳に宿らせて、視線を合わせる。

 「直ぐに、そっちいくわよ」

 ローズは、今生の別れのようなエイルのマジメな視線に、大げさだといわんばかりに、クスクスと笑い出した。

 ドライは特に何も言わなかった。

 「あ~~、イーサー!お嬢~」

 グラントが、店から店へと渡り歩こうとしているイーサーとリバティーを、遠慮がちな大声で、呼び戻す。

 二人の両手にはすでに無駄遣いの結晶が、いくつも握られている。

 「あはは!お腹壊すよ?」

 その食欲っぷりに、ミールが二秒ほどお腹をかかえて笑う。

 「え~でも、じゃがバタ美味しいよ?」

 といわれると、つままずにはいられないミールである。

 「バーカ。持って入れないんだぞ?」

 エイルがそういうと、どさくさ紛れに摘み、それにあわせて、全員がぼそぼそとそれをつまみ出すが、ソフトクリームだけはそういうわけには行かず、責任者がそれを処理することになる。

 「はいはい。早く行ってらっしゃい」

 もたもたとしそうな彼等の尻を叩くようにして、ローズは出発を促す。

 エイルを先頭にして、リバティー達は搭乗手続きを始める。パスポートの確認、手荷物チェックなどが行われ、彼等はゲートの向こうに姿を消して行く。

 遠ざかって行く中で、リバティーを始め、元気のあるミールやイーサーが、身体一杯で、それを示して、フィアが手を振る。グラントはじっと見つめているが、エイルはチラリと見て、再び前を向いた。

 ゴン太に関しては、剣に変化し、持ち物として扱われている。猿の状態では未確認生物扱いになるからだ。騒ぎになりかねない。

 「やれやれ……」

 ドライがやっと去った台風に、ふっとため息を吐く。

 「んじゃ、ディナーとしますか、大人の……ね」

 ローズがウィンクして、久しぶりの再会にリッチな物を食べに行こうと言っているのだ。

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