第3部 第8話 §13 足技

 幾分か訓練が進められた次の瞬間。

 「きゃ!」

 と、蹴られる寸前のミールの声がする。と、さすがのシードも手が出せない。

 だが、シードの動きに躊躇いが出ると、ミールが舌をべーっと出して、小さな身体から力を最大限に引き出すため、回し蹴りでシードの首筋を切り裂いてくる。

 しかしシードは正しく腕でブロックをし、それを防ぎ、ミールの足を掴み、振り飛ばす。

 ミールは、猫のように身体を軽く反転させ直ぐに体制を整えて着地する。驚くべき身体能力である。

 「五対一だよ?しんじらんない!」

 そして直ぐに参戦する。

 その中で、それを見ているしかないのはリバティーである。彼等は実に楽しそうだ。

 ドライのように破壊的な力でないため、シードとの組み手は、身体にしっくりとくる。もちろんシードも加減はしている。それでもイーサー達には、シードという存在が、まだ理解できる位置にいるということだ。

 加えて言えば、ジュリオのように破滅的なイメージもない。

 そのとき、急に手数が加わる。それはシードの予想外の人物である。

 「どいたどいた!」

 ローズである。彼等の間に割ってはいると同時に、ローズの脚舞がシードと交わる。ローズのそれは荒削りである。シードの洗練されたそれとは明らかに違うものがある。

 ローズとシードのそれが決定的に違うのは、ローズの両手は絶えず攻撃のためにあけられているということだ。

 そのときにはすでに、イーサー達の息が上がり始めた頃合いだった。

 「うわ……いったそうだ」

 フィアが、ローズとシードの足が遠慮なしにぶつかり合っているのを見てそう思う。

 ローズは、飛び上がると同時に、空中で三連発の蹴りを繰り出し、着地と同時に、足払いをかけ、シードがそれを敬遠して飛び上がると同時に、両腕で握り拳を作りそれを同時にシードの腹部にたたき込もうとする。

 しかしシードも飛び上がると同時に一発、回し蹴りを入れる、それがローズの攻撃を半秒ほど遅らせ、届かないものにする。

 シードが着地と同時に、ローズのこめかみに蹴りを飛ばす。両腕で防ぐが体格差は否めない。頭部にまで衝撃が及び、平衡感覚を狂わされる。

 シードは直ぐに、回転を変え、左回転でローズの足を払い、倒してしまう。救われたローズの倒れ方は、酷かった。ドスンと横倒しになってしまうのである。受け身がとれたかどうかも判らない状態だ。

 シードはそのまま宙で身体を捻り、ローズの腹部に膝を落とす。

 「まじかよ!」

 イーサーが声を上げる。

 いくらローズが、普通の男以上に強いとといってもやはり女性である。その女性の腹部に膝を叩き落としたのである。本当なら彼女の絶叫が聞こえてもおかしくない状況である。

 「優しいのね」

 妙に色気のあるローズの声だった。視線も色っぽい。

 そのはずである、シードの膝とローズの腹部の間には、数ミリの隙間が空いているのである。

 そしてその空間には、ボンヤリと空気が揺らめいている。大気のクッションを一枚入れたのである。

 決着が付いた後、ローズはゆっくりとシードに引き起こされ、立ち上がる。

 「前からいい男だったけど……、さらにいい男になったわね。ふふ」

 ローズはすかさず、シードの首に腕を回し、じっくりと観察を始める。シンプソンやオーディンならば、照れながら赤面するところだが、シードは少々違うようだ。

 「痛くなかったですか?」

 ローズの美しい髪に付いた土を気にしながら、彼女の後頭部を軽く払う。当然それだけでとれるようなものではないが、一応の気遣いというところだろう。狼狽える様子がない。

 「密着だ……」

 ローズがシードを大人の男として接してるその様子に、ミールはドキドキしてしまう。

 「もう一汗、流す?」

 ローズの誘いである。

 「そうですね。いいかもしれませんね」

 とローズは、シードから離れて、家の方へと歩き始める。

 「先に一汗、流させてもらうわ。お風呂でね。リバティー、バイクのサイドトランクに食材入ってるから、頼むわね」

 そんなローズが、リビングで見たのは。すっかり泣きじゃくり、、ソファーの上で寝ているジャスティンと、その肩を抱いているドライの姿だった。

 「ったく。此奴の酒癖かわってねーよ」

 「ふふ。お風呂入るわ。」

 ジャスティンと会話をするのは、もう少し後のことになりそうだ。だが、その時間帯には恐らく彼等はホーリーシティーに出発することになっているだろう。

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