第3部 第7話 §11 旅立ちの準備
一部始終を知っているグラントにとって、翌朝のドライの表情は、滑稽で仕方がなかった。意地悪の片棒を担いだはずの彼が、今度は不機嫌になっているのである。
朝から、ぼやく始末である。
「馬鹿な男」
というブラニーの一言に、切れかかるドライだが、それこそ後の祭りであった。
「パパどうしたの?」
「ん?ふふ、グラントがね。食事会に出てこれないのなら、父兄に責任を取ってもらいたいって、市長直々のご指名なのよ」
外見では、市長の方がより高齢に見えるが、歩いてきた人生はドライの方が長いのである。小僧にあしらわれた気分がするが、それに対するはけ口がない。
市長は、ドライという存在に対して、うすうす何かを感じる物があるようだ。もちろんシードとの関わり合いがあるのだから、シンプソンともそうなると言えるし、オーディンとも何らかの関連があるのだろうという推察が立つのも、当然の結果といえば、そうなる。
まして、サブジェイと同じ瞳を持つ彼である。疑う余地はない。ただ、ドライ=サヴァラスティアという人物が、過去にどれだけの血と共に生きてきたのかというと、それは知られはいない。
尤も古い彼の経歴はすでに伝説になりつつあり、知るものぞしる世界になっている。
その後、ローズは野暮用のため、出かけることになる。そうその野暮用こそ、ローズにとって今大会最大のイベントである。
当選金獲得である。連勝単式。ローズはその勝負に勝ったことになる。グラントという人材。そしてエイルの予想。この二つを得た十分な手応えのある今回の投資。戻る頃にはさぞご機嫌だろう。
「さてと、おまえらぼちぼち、準備しとけよ。ローズが戻ったら、昼飯喰って、ホーマーのワゴン借りて、出発だからな」
結局、ドライは、市長の申し入れを受け入れざるを得ない結果となる。
理由は色々ある。彼等を一度ホーリーシティーに行かせなければならないことは、薄々感じていた事だった。
というよりも、ノアーに会わせなければならない。フィアは目的を達成している。エイル達も精霊を獲得しなければならない。恐らくその段取りは、セシルと、ノアーがつけていることだろう。
リバティーには、彼等が築き挙げたと言っても過言ではない、その街を見てもらわなければならない。それにバハムートが待っている。
「パパ達は、いつ来るの?」
ローズが戻るまでにあいた午前中の退屈な時間。リバティーがテーブルに張り付きながら、テレビを見つつ、椅子にもたれて同じようにぼうっとしているドライにそう訪ねる。
「俺とローズは、週中にある寄り合いに出てそれからだな。クソ市長との飯ってやつは、明日だし……多分それでOKだな。週末までには、そっちに行く予定だ。ってブラニー、家の鍵頼んだぜ、持ってんだろ?」
ブラニーは結局泊まり込んだようだ。
「煩い男。あなた達が何時でも戻ってこれるように、シンプソン様がちゃんと、気を配ってくださってるわ」
ブラニーはウンザリとした声をしながらも表情は、全く崩して居らず本に目を通してる。
ドライは、ブラニーの本をすっと取り上げる。
「ったく。何よんでんだか……、此奴の顔を見に来たんなら、ちゃんと話くらいしてやれよ、この不器用女」
ドライは、ブラニーの読んでいる本を目にしてみるが、今回は三流小説ではない。
「ロイホッカーの詩集じゃねーか。面白いか?これ……」
「アインリッヒは、ベッドの上で、その詩を囁かれるのがイイといっていたわよ」
ブラニーは、ドライに読み物を取り上げられ、一瞬ムッとした顔をするが、それはドライの期待通りの行動となるため、態とさらっとした雰囲気を作り出す。
内向的なブラニーに、言葉の不器用なアインリッヒは、接点がないように思えるが、アインリッヒは情のある人間である。あまり素直に自分を表現をしようとしないブラニーが、気になるのだろう。
確かに、ブラニーは心配である。セシルとの問題もそれに加わっている。
ニーネもノアーも放ってはおかないだろう。ブラニーに対する女性陣のサポートは、お節介なほどだった。
「ふーん。アイツ武人の割に、そういの弱いよな……。ん~~古木ねぇ~。『樹木はやがて老い、やがて朽ち、やがて静かに眠りにつくだろう。だがそれは決して、その役割に終わりを告げたのではない。その価値を決めるのは、その後、そこに集う者達に他ならない。汝よ良き古木となれ、そして安らかな眠りにつくがよい……』」
ドライは、暫く口の中でその詩を反芻してみるが、全くピンと来る物がない。
「これをベッドで読むのか?いいのか?」
「はぁ……」
ブラニーはため息をつく。物事にはTPOがある。その詩はその場に適した詩ではないということである。詩集の中にある、いくつもの詩が恋歌にもなるということを、ドライは理解していない。
イーサー達はというと、今度はエイルの大会に向けて、彼中心の稽古に励んでいる。尤も、グラントと同じようなケースであれば、現段階においてその稽古は、あまり価値を見いだせないものとなるだろう。
「てか、喋れってよ」
と、催促されても、ブラニーは何をどう話して良いのやら判らない。相変わらずである。本人もそれを理解しているため、少しばつが悪そうな態度も見せ始める。
「いいの。パパは黙ってて」
ここ最近にないリバティーの反応である。ブラニーがあまり言葉上手でないのはもう判っているのだ。
「そうだ、オメェ此奴に魔法教えてやってれねぇか?」
だが、ドライはまた思い出したように口を開く。
本当に唐突な話であった。特にドライに何か考えがあったわけではない。本当に思いつきだ。
「平和な時代に、魔法を学ぶ必要もないでしょう?」
ブラニーは、妙に恥ずかしながら、明後日の方向を向いてリバティーから視線をそらす。だが、耳が赤い。
「ブラニーさんて、シャイなのね」
あまり笑ったりしないブラニーだが、こういう時の表情はよく出ていた。何時もすまして書物を読んでいる事の多い彼女だから、そのギャップが尚感じられる。
リバティーが、クスクスと笑い出す。ブラニーを少々やりこめたドライも、少し得意げな顔をして、クスクスと笑う。
「ふん……」
ブラニーは拗ねてしまったようだ。
そのとき、ドタドタと落ち着きのない足尾を都楯ながら、デッキを上がり、小走りに屋内へ入ってきたのはイーサーだった。
「アニキー!なんか、高そうな車がきたぜ」
「んだよ、面倒くせぇなぁ……」
ドライは一瞬、また市長か誰かなのかと思い、表情にいらつきを見せる。面倒くさそうに腰を上げ、ゆっくりと玄関に向かい歩き始める。
イーサーが再び外に出ると、ドライもそれに連れられて、外に出ると、車はすでに停車しており。その運転席から姿を出したのは、シードだった。
「お、んだよ!」
ドライの足が軽くなる。
彼が駆け寄ると、シードとジャスティンが、二人がかりで彼に抱きつく。
ローズがいるなら、恐らく彼女が真っ先に過剰な愛情表現を示すところだろ。恐らく戻って来るなりヤキモチを訳に違いない。
「会いたかった!大会中ジャスティンが、ずっと気にしてたんですよ」
シードは、さっぱりとして離れるが、ジャスティンはもう暫くドライに抱きついて離れそうにない。
「貴女の名付け親が、きたみたいね」
ブラニーは、ふっと笑みをこぼす。その名付け親は彼女の娘でもある。自然に腰をあげて、表にいる彼等のところへ、行くことにするのだった。もちろんリバティーも一緒である。
「さぁ」
ブラニーは、リバティーの肩を柔らかく抱き、ジャスティンの元へと連れて行く。
「母さん。どうして?」
確かに、彼女がサヴァラスティア家に出入りしていた事実は知っている。だが、今頃は孫のおもりをしてくれているはずだという、観念があった。
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