第3部 第7話 §10 市長とのイベント Ⅰ

 彼は別に、ドレン=クルーガを目標にしていたわけではない。ただ、そこにたどり着く結果が、あまりにも無難であったために、戸惑っているのだ。

 しかし、ドライの言うとおりである。グラントは別に、世界の頂点に立ってしまったわけではない。イーサーやエイルもいるし、目の前のドライなどは更なる壁だ。

 尤も、ドライが、普通の人間ではないと認識しているグラントには、彼が比較対象に入るはずもなかった。

 だとすると、天剣を目指すことも矛盾することになってしまうが、彼はまだ、気持ちをそこに廻す裕りがない。だまだま目標なのである。

 グラントは、ひとまず心のもやもやを、何処かにやることにした。

 納得できない面はある、何故ならグラントは、自分を普通の人間と同じフィールドにおいておきながら、それの何かが違うと言うことに、うっすら気が付いていたからである。

 リバティーが、心底に漠然としたざわめいた不安感を抱いているのと同じように、自分という物にざわめきを感じでいた。理屈で割り切れないのである。

 「そのうち、後ろが妙に懐かしくて、どうしても立ち止まってよ、しんみり眺めたくなっちまう時代(とき)がくるからよ。どんだけ自分が走れるか、トコトンやってみろよ……、お前が負かした奴に出来ることってなぁ、それぐらいだろうからよ」

 ドライは、グラントの頭を撫でるようなことをしないし、視線をじっくり合わせて気持ちを伝えるようなこともしない。だが、彼なりに懸命にグラントの立場になって、考えた結論である。

 「はい」

 グラントは、軽そうなドライの言葉の中に、重みを感じた。しかしそれは重圧などではない。

 それは、彼が前を向いて突き進み、過去に縛られ追い続け、漸く得た安息の日々の中で生まれた疑問に躓き、逃げ、振り向きやっと答えを得ようとしている。そんな彼の経験や気持ちが、音となり心に響いたと言うことである。

 彼の人生はまだ、始まったばかりなのである。

 〈そうだ。この人そういう年齢だったんだ〉

 グラントは、ドライが本当ならば、初老を向かえている男であるということを、思い出す。

 「あ~~~~!!!」

 そのときグラントが急に叫び出す。

 普段騒ぎ立てる方ではない彼が、動揺しきっている。彼は自分の中で、オロオロしてることが多い。ここまでハッキリした驚きは、初めてである。

 「んだよ!うっせぇな!」

 「明日、出発だよ!俺!俺!どうしよう!」

 グラントが立って、右往左往し始める。

 一同がわらわらと、屋内から姿を現す。

 「なになに?」

 真っ先にその様子を聞きつけたのは、ローズである。

 「明日出発で、市長との会食がえっとえっと、明日連絡入って!書類は朝、役所に届けて、んとんと!」

 完全にパニックになっている。

 「はぁ?んなもん、フケちまえよ!飛空船のチケット無駄になんだろうがよ」

 「そうね。『大物』は、それくらいやんなきゃ」

 ローズの冷やかしが入る。二人ともまともにグラントをフォローしようとしなかった。

 ドライにとっては、市長との会食は旅費以下らしかった。ヨークスは都市国家であり、市長の存在はいわば大統領に匹敵する立場である。

 それがどれだけ大それた事なのか?グラントは、二人の発言が信じられないでいる。だが、狼狽えるだけで、結論が出せないでいる。

 そこに迷いが生じると言うことは、あながち彼もそれと異なる考えの持ち主ではないと言うことになる。本人は気が付いていないようだ。

 「あ~~、シンプソン、あ・た・し♪」

 ローズが、唐突に電話をかけた相手は、シンプソンであった。しかも、少し甘い声を出している。会話以外の目的が見え隠れする、その色気のある声に、少々寒気がしないでもない。

 通常では、少々考えられない行動を起こすのがローズである。ドライはそれを十分にしっている。

 ローズの奇抜さは、ドライも苦笑いをするところが多々ある。振ったサイコロのように、どんな目が出るかは、そのときでないと判らない。

 ローズは、電話をしながら、奥に戻る。何をしでかすのか判らないローズの動向を追うようにして、ドライとグラントも、再び屋内に戻る。

 「いいのよ。この前遊びに来てるんだから、何なら本人に聞いてみたら?教えないとチーズ送らないって、いっていいから」

 今度は、さばさばと、なじみと話をする口調になっている。二人が再び耳にしたのは、恐らくシンプソンであろう人物と交わしている、そんなやりとりだった。

 「あ、それか、こっち電話番号教えておいてよ。至急連絡されたし!ってことで、うんうん。直ぐに連絡してくれないと、酷いからね!いい?」

 と、一方的に用件を済ませてしまうと、ローズは、簡単に電話を切ってしまう。

 「シンプソン=セガレイさん、確か、ホーリーシティーの市長さん……ですよね」

 グラントは、ため口のローズに少々冷や汗を流す。だが、彼等はそれが出来る間柄である。信じられないがそうなのである。

 「俺、しーらね……。お嬢」

 さすがのイーサーも、少しこそこそと、席を立ち、二階に逃げて行く。そのついでに、リバティーをちゃっかり連れて行く。

 リバティーが、すんなりついて行ったのは、ローズの恐るべき行動力に、ヒヤリとしているからに、他ならない。

 「さて、課題しないとな……たまには……」

 エイルが言う。実は課題などない。つまりそういうことである。何が起きても知らないと言いたいのだ。当然ミールの姿も消える。

 「なんでぇ……急にハケやがって」

 事態を理解できない内の一人、ドライが、急に静まりかえってしまった空気に、なんだか物足りなさを感じているようだ。

 「おい、此奴なにした?」

 残るは、フィアである。彼女だけは、そこに落ち着いて座って、紅茶をたしなんでいる。あとブラニーがいる。だが、彼女は我関せずである。

 「市長に直接連絡とるんだって……」

 さすがに苦笑いだった。ブラニーはその横で、相変わらず本の虫になっている。読んでいる書物の内容は定かではない。

 「ふ~ん」

 ドライの反応はそんな物だったが、グランドは、心臓が飛び出そうになった。

 「いいっすよ!俺出ます。いきます!」

 もう丸く収めるにはそうしかない。彼の懸命の訴えである。冷や汗がダラダラと流れている。

 「言ってんだろ?チケット無駄にする気か?」

 「チケット代くらい自分で出しますよ。大会賞金もあるし……」

 「却下。それ、私預かりだから……」

 ローズは、さらりとそう流す。意味が違うのではないか?と、思うグラントであったが、もう言ってしまったことはどうしようもない。そして、それは明らかに、二人の意地悪である。グラントを困らせて楽しんでいるのである。特にローズがそうである。

 グラントは、それ以上何も言えなくなってしまう。言い出したら聞かない、いや、それ以上に押し切る性格と言えるだろうローズである。

 だが、それがドライにとって、思いがけない結果になることなど、彼には予想出来るはずもなかった。

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