第3部 第8話 §9 結果として
家にたどり着いたグラントが持っていたのは、沢山の書類である。
「大会が終わったら、直ぐに全部すむのかと思ってた……」
グラントは、テーブルの前に置かれた書類の山、といっても、世間にはもっと複雑で大量の書類がある。彼の目の前におかれているのは、それに比べれば少量なのかもしれないが、学生の身分である彼が目を通す書類の中でも、それは比較的多いものといってよい。グラントはため息をつく。
「賞金の引き渡し期日、振り込み依頼書……、えっとAライセンス登録書類、スケジュール承諾書……、世界大会参加権利証」
色々広げてみるが、細かな規約がいろいろと書かれていて、読むのに時間がかかりそうである。
「優勝賞金一〇万ネイ……(大凡一千万円)」
それをのぞき見たイーサーがごくりと唾を飲む。
「安いよ。何しろ優勝者は、世界大会以外に出ることができないんだからな。その間は、連盟に加入していない、他の大会にしか、出ることができない。世界大会の賞金もせいぜい三倍だ」
それがエイルの会見である。
だが、そんな中グラントがほっとした顔をする。
「あのさ……」
グラントが自主的に口を開く、それだけで、雑談をやめて、狩れに注目する。それはドライもローズも同じである。
「バイクの金引いて、残りは姉御とアニキに預けようと思うんだけど……いいかな。フィアとも話したんだけど、それだけでも終わらせとかないと、正直きついかな……て」
それは、全員の分を負担するという意味も含んでいる。
グラントは、遠慮がちにもぞもぞと喋る。
フィアはのんびりと構えているが、実情はそうである。グラントに任せると、心配の種が増えるだけだし、エイルは神経質だ。ミールでは、計算違いをしてしまうだろうし、イーサーではもってのほかである。
何気なくやりくりしてるのはフィアなのだ。グラントは皆以上にそれをよくしっている。
グラントの話を聞くと一番先に沈黙してしまったのはイーサーである。
彼がもぞもぞとしながらも、流暢に口を開くと言うことは、すでに考えがあったということなのである。つまり大会に出るときからすでに、そうしようと思っていたことになる。
彼がマルコスに頭を下げた本当の理由が、そこで初めて明らかになるのである。
たとえ一時だったとはいえ、それを見損なっていたイーサーが、一番堪えた。
「俺は、ホーリーシティーの大会に出る。自分の分は自分でやるよ。後は好きにしろよ。お前の金だろ?」
エイルは、半分を了解し半分はそうしなかった。エイルの中では、グラントのような思考はなかった。ただ大会に出て、自分の実力を試したいというものだけだった。その中で仲間同士本気で戦える場所があればよかったのだ。
イーサーは単純だ。エイルとグラントが出るとなると、腕が疼かずにはいられない。
だが元々、大会出場はおろか、剣の道に真っ先に走ったのはイーサーなのである。それが今では、彼等の目標になっている。そのキーワードは「天剣」である。
「はいはい。わかったわ。じゃぁ今後のあんたの達のために、しっかり預かっておくわ。ご飯にするから、テーブルの上、片づけなさい」
ローズは、簡単に話を片づけてしまうのであった。
その夜は、先日彼が決勝進出祝いに続いて、優勝祝賀のホームパーティーになる。だが、盛り上がっているのは、やはりイーサーが中心で、とうのグラントは、おとなしいままだ。
イーサーは、グラントの戦いぶりや、試合後のクルーガの事などを、忙しく話していた。落ち着きなく、身振り手振りで、人一倍に騒いでいる。
一番良かったのは、誰であったとか、恐らく昨日も話した内容であろう事を、興奮して話し出す。
そんな中、騒いでいるイーサー達をおいて、ドライは席を立つ。
昨日と同じように、ドライの席は端の方である。
「あれ?どこ行くんすか?」
イーサーが席を立ったドライが、少し気になった。
「んー?お前が煩いから、外に行くんだよ」
ドライは笑いながら、座りすぎて硬直した背中の筋肉を伸ばしながら、ゆっくりと玄関へと向かって歩いてゆく。
イーサーは少々ショックを受けたようだが、確かに言われてみれば本人を差し置いて、少し喋りすぎているようだ。
「あの、俺もいいっすか?」
グラントが気後れしつつ、慌てて主賓席を立つ。
「あ~俺も」
と、イーサーも急いで席を立とうとする。
「アンタは、一寸おちついて食べてなさい!」
ローズも、席を立つと同時に、イーサーの肩を押さえつけて、椅子に無理矢理座らせる。それからローズは、キッチンの方に、向かう。
「リバティー、いらないお皿もってきて。追加盛るから」
「あ、うん」
普段何も言わずにいると、フィアが直ぐにやってくれることだった。
表に出たドライは、デッキにあるテーブルセットに身を移す。
そろそろ冷ややかな涼しさが無くなり、風が外気温以上に身体に冷えを感じさせることの無くなった6月半ばだった。
「座れよ」
ドライは、グラントが自分に用事があることを知り、何も言わずにいるとずっとそのまま立っていそうな彼に対して、そういう。
「あの、これ、預かってます」
グラントがポケットから出したのは、ジャスティンの渡した紙切れだった。
ドライは、グラントから、小さく折りたたまれていたそれを受け取ると、数回開く。すると、そこに言葉が期されている。
「明日、訪問いたします。よろしいでしょうか?ジャスティン=セガレイ」
とだけ、書かれている。
「バーカ、連絡先書いてねーだろうがったく」
ドライは、ジャスティンが思いを一杯に膨らませて、返事を返すべきところを記していないことに、可笑しさを覚えた。
「ホント、あの子は一杯になると、ダメだわ」
そのクールでため息がちな声は、ローズの物ではない。
気配もなく唐突に現れたその声に、ぎょっとして後ろに振り向く。椅子から腰が半分浮いた状態になり、冷や汗がたらりとこめかみを流れる。
グラントは、飛び退き損ねて、椅子ごと後ろにひっくり返ってしまう。
ブラニーである。
「テメ!脅かすなよ!てか、なに来てるんだよ!」
それは、動転した気持ちを静めるための、間合いを産むために出た言葉である。
「ご挨拶ね、招待はうけているわよ。今、孫達を寝かせつけてきたところなの」
ブラニーは、わざわざ新しい携帯電話を開き、リバティーからの招待があることをドライに見せるのであった。それはホームパーティー開催から、遅れてやってきたことに対するいいわけである。
「なによ!つれてくればいいじゃない……ったく」
ローズが表に顔を出す。
「ダメよ。こんなに教育に悪い男がいるのだから」
明らかに、それはドライのことを指している。ドライは面白くなさそうに、ムッとした顔をする。よく教育を語れたものだと、反面思っている。
「あれ?あんた、もう携帯かえたの?この前、黒だったでしょ?」
ローズのそれに、ブラニーはぎくりとする。現在ブラニーの持っているカラーはワインレッドである。折りたたみ式なのは変わりない。
「どうせ、何でも投げつける女だ。やらかしたんだろう、なれねぇもん持ちやがって……」
ドライのその一言に、ブラニーは反射的に持っていた携帯電話を、思い切り振りかざして、ドライに投げつける構えをするが、どうにかギリギリで、その衝動を止めることが出来る。
そして、それが図星であることに、ドライが冷やかした笑いをする。
「ふん!」
ブラニーは、不機嫌になりつつも、屋内へと歩いて行く。一番最後にローズが手を振りつつ、二人の話を続けるように、気を遣ってくれる。
「で?それだけじゃ、ねぇだろ?言いたいことは」
彼等とは大きく異なるが、ドライにも一喜一憂する時代があった。彼等が今駆け抜けようとしている年齢は、ドライとマリーが出会った年齢でもある。
二人の目的は異なっていたが、共に過ごし歩むことで、その情愛を深め、マリーが追い求める世界が、一つ一つ広がっていくことに、それでも素直に喜び合えた。
グラントもそうだ、彼の目の前には、世界が広がり、新しい道が見え始めているのだ、それだけでも十分に喜ぶ勝ちはある。だが、彼はそうできないでいる。
「これで、いいのかな?って、思うんです……俺」
グラントの迷いはまだ消えていなかった。
「だってそうでしょ?!みんな、今日のために血反吐吐くほど修行してさ、上を目指してきてるんだ。なのに……俺……」
「昔の俺なら、勝手に悩んでろ、ボケ!っていってんだろうな……」
グラントに出したドライの答えが、それだった。普段使わない部位に血液が巡るのか、かゆさを感じて、髪の毛をひっつかんで、掻きむしる。
「ま、俺に判ることってのは、世の中結局、なるよーにしか、なんねーってことだけだな」
ドライなりに色々考えてみるが、どうも理屈っぽいし説教くさい。オーディンならもっと一つ一つを説明していくだろう。
だが、そうであったとしても、その中の最大限の努力をすればいいのではないのだろうか。一番良いのはそれを自然に行えることだ。人間には身体が一つしかない。動物もそうだが、その意味は大きく異なる。
人間にとって、生きるということの意味は一つだけではない。
一つは種族維持本能であり、もう一つは人生である。
動物は前者を全うするために生きている。たとえ喜怒哀楽を見せたとしても、そこに繋がる。
どう生き抜くか?なのである。どれだけ長い時間生き続ける手段を選ぶか?である。
だが人間にはどう死ぬか……である。どのように生きてどのように死ぬのか。太く短くという言葉がある。まさにそれだ。人間の延命は、主観的なもの以上に客観的に望まれるこケースもある。
決してその長さだけを求めている訳ではない。
その限られた時間をどれだけ充実した物にするのか、である。
それが判っていれば悩むこともない。グラントは名誉と努力を等価値として考えているのだ。
努力には必ず成果がそれなりに付いてくる。だが、残酷なことだが、全てにおいて対等な成果が得られるわけではない。
確かにグラントが、自分を普通の人間であると思っている以上、彼が思う努力と名誉の価値は、あまりに不一致に思えるのも仕方がない。
だからといって、自分の血筋を知ってしまえば、その価値はゼロに等しい物になりかねない。
極論を言ってしまえば彼は努力をしなくとも、強くなれるのである。そのレベルがドライやオーディンの匹敵するものになるのかどうかは、未知数である。
「世の中、なるようにしかならない」
しかし、やらなければ出来ない事ばかりである。努力とは、動くことの積み重ねではないのだろうか?オーディンなら、恐らくそういうだろう。
また、動くということは、決して血の滲む努力の積み重ねだけではないということでもある。動から静に移りゆくこともまた、動くことなのであろう。休息がまさにそれである。
ドライの脳内で、それがどこまで整理の行き届いた物になっていたかは謎だが、それは直感していた。
「ま、今は前だけ向いてりゃいいんじゃねぇか?前に走ってる馬鹿がいるんだろ?」
ドライな、何気なく室内の方向に視線を向けるが、壁があるため、直接的にそれを見ることができない。だが、それが何を意味しているのか、グラントにも判ることであった。
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