第3部 第8話 §7  ヨークス大会 閉会の一幕

 沢山の紙吹雪や紙テープが、場内に舞い乱れ飛ぶ。


 当の勝利者は、その中で呆然と立っていた。手を抜いた訳ではない。だが、何気なく向かえてしまった勝利を素直に受け入れられず、気持ちを整理できずにいるのだ。

 勝利宣言をうけたグラントは審判に腕を持ち上げられているが、清々しい実感はない。

 次に気がつけば、足は舞台から降りていた。

 「腕、大丈夫ですか?」

 突然に、仲間以外の声がする。落ち着いた穏やかな声だ。優しいがハッキリとした女性の口調である。

 イーサー達に揉まれながらも、グラントは、声のする方に視線を向けると、そこには白衣姿のジャスティンがいた。だが、特に心配をしている様子ではなさそうである。

 しかし、それでも彼の腕をとって、損傷がないかを確かめるのであった。

 「石版を砕くほどの力でしたので、少し心配したのですが、大丈夫のようですね」

 そのとき、グラントの手に何かを渡し、彼の手を閉じさせるのだった。そして、アイコンタクトで何かを伝えるジャスティン。

 彼女の手は、グラントがそれに気が付くまで、決して開かせようとはしなかった。

 グラントは合わせて頷く。それは、この場では決して見ずに、人気のないところで、見て欲しいという彼女の気持ちを十分に理解してのものだった。

 内容が何であるのかは、グラントには理解できない。

 グラントが納得するのを見ると、ジャスティンは彼の手から自分の両手を離す。

 グラントは、再び花道を去って行く。ただ、終息感があるものの、充実感にはほど遠いものがあった。喜んでいるのはイーサー達だけである。

 その喜びは、観客達のそれをよりも、遙かに意味のあるものだったが、それは親密さであり、彼の充実感を満たすものではない。

 「んだよ!優勝だぜ優勝!もっとはじけろよ!」

 イーサーは、はしゃぎ回って頑丈なグラントの背中を何度も叩く。

 「ん、ああ。そうだね」

 グラントは、上辺だけの喜びの表情を作る。

 「さ、表彰式と閉会式の準備だ。俺たちは控え室の荷物を纏めておくよ。お前は、一息ついたら、会場にもどれよ」

 エイルも上機嫌である。普段いろいろな思考を巡らせる彼だったが、このときは純粋な喜びで、張りつめた普段の姿は、息を潜めていた。

 その後、表彰式が行われる。

 表彰台に並んでいるのは、マルコスとグラントである。二人にはこの街の名誉が与えられる。そしてグラントには高額な賞金が渡されるのである。その額は市民枠より遙かに大きい。その資金は、大会の運営費と、勝者投票券によりまかなわれている。

 勝敗を見極めた観客席は、すでにまばらになり始め、送られる拍手も声援もまばらになりつつある。

 その中で、市長から二人に表彰状を渡す。

 そのときに少し個人的な話を交える市長であった。

 「マルコス=ドラモンド君。お父上の名を辱めぬ見事な戦いぶりだった。これからも精進を怠らぬようにな」

 マルコスは、市長に深々と頭を下げ、トロフィーを受け取るのであった。

 「グラント=エイプリル君。議員の推薦という異例な参加だったが、そのプレッシャーに負けず、よくぞ勝ち抜いたな」

 「はい」

 グラントも頭を下げ、トロフィーを受け取る。トロフィーは、台座に剣が刺さったデザインで、金メッキを施されている。

 「いい家族じゃないか……」

 市長は、こっそりと通用口から、姿を見せて覗き込んでいるイーサー達を見つけ、それを指さす。

 「はい」

 このときに、グラントは、優勝に対するもやもやが、少し胸の奥から遠ざかったのを感じる。市長の言った「家族」と言う言葉が、何となく彼を落ち着かせたのである。

 「帰って『両親』に、報告します。もう知っているでしょうけど……」

 それは、彼にとって帰ることの出来る場所があることを意味する、それはもう判っていたはずなのに、このときに初めて認識したような気がした。

 市長はその言葉を聞くと、表情をより和らげ、何度も頷くのだった。

 「そうそうそれと、良いチーズだったと、伝えておいてくれたまえ」

 最後に、言葉の切れ端のように市長は小声でそういう。それは、彼等にしか判らないことである。

 マルコスは、市長がサヴァラスティア家に姿を現したことなど、知るよしもない。市長の口ぶりは、明らかに彼を認識しての発言であることに、マルコスは少し、疎外感を感じた。

 二人はトロフィー授与式が完了すると、表彰台から、再び舞台の中央にその姿を移す。

 その舞台に身を置いて良いのは、戦う者達のみである。尤も審判という例外もあるが、祭りのようになっている街全体にあって、その神聖さだけは、未だ変わらない。

 市民枠が出来るまで、その舞台で、名を知らしめることの出来る者は、たった一人の勝者だけなのである。だが、今は二名の男が立っている。

 「まさか、君が自由枠を勝ち抜けるとは思ってもみなかったよ」

 マルコスは笑顔を作り、両腕を天にかざし、残っている観客達に、自分の存在をアピールすいつつ、毒気のある声で、横に並ぶグラントにぼそりと呟く。

 グラントは仁王立ちして、周囲をぐるりと見回すだけである。それだけでマルコスの言葉には一切耳を貸さずにいた。二人は世界大会で、剣を交える確率が出てきたということである。

 十分ほどの間、二人は舞台上にその身を置いていた。

 二人の勇姿を収めようと沢山のカメラがフラッシュをたく。

 この街での新聞の第一面は、間違いなくこの二人の姿だろう。

 その日のクルーガは、それについて一切ノーコメントだったという。

 時間はまだ、試合開始から一時間も経っていない。

 だが、グラントは直ぐに岐路に付くことが出来るわけではない。会見もしなくてはならない。その後のスケジュールを記載された書類なども、渡される。大会開始前には聞いていなかったことだった。

 結局彼等が解放されたのは、夕方になってからである。

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