第3部 第8話 §6 勝利の瞬間
子供達のいないサヴァラスティア家は実に静かなものである。
「さてと……休耕地、手入れしてくるわ」
ドライは、食事を済ませると、軽く肩を廻して筋肉を解しながら、玄関から出て行くのだった。
そこには、ここ十数年のドライの姿があった。
スタジアムの内競技場付近に設けられた、表彰エリアでは、優勝したマルコスが、脚光を浴びていた。大会でのエピソードをつづるために、沢山の記者が、山ほどの質問を順に投げかけている。本来そこは、大会終了後の表彰式のために用意された場所で、彼のインタビューをする場ではない。尤も、まだ表彰台も用意されていない。
その様子は、控え室やサロンに設置されたスクリーンにも映し出されている。
青白いフラッシュが幾度も、誇らしげなマルコスの顔を焚きつける。
確かに彼はイーサー達を市民枠の場から排除した。だが、逆に言えばそれさえなければ、優勝する自信はあったということであり、それは実行された。
「勝ちやがんの……」
と、漏らしたのはイーサーである。不平という意味ではなかった。ただ何となくだ。
やがて、時計の針が昼の一時を指す。それは、グラントの決勝戦を意味する。
選手はスタジアムの南北のゲートからそれぞれ姿を現す。
ほぼ同時だ。
場内は異様な熱気で包まれている。
大本命のドレン=クルーガ。そして、番狂わせのグラント。
グラントに送られる声援は、クルーガのものより多い。当たり前の結果を覆してくれることを望んでいる声なのかもしれない。
もし、負けたとしても彼の健闘は、誰もが称えることだろう。
中央の武舞台までの距離が異常に遠く感じられる。グラントは思わずごくりと唾を飲む。雰囲気に飲まれてしまいそうだ。
フィアがサポーターとして、グラントの少し後ろを歩いている。フィアの肩には、ここしばらく存在感を示すことがなかったゴン太が乗っている。
「落ち着いて……」
フィアの方が堂々としている。どちらが選手なのか判らないほどだった。そんな彼女が会場のスタンドを僅かに眺めながら、声援をあげている人々の雰囲気を観察する。
やがて舞台が近づく。
武舞台に上がるまでには、ステップを五段ほど上がるが、それが高く感じられて仕方がない。
クルーガは、馴れたものだ。雄叫びを上げながら、親密なファンにアピールをしている。
野生を思わせる、ガッツポーズ。勝利することを観客席中に宣言しているようだ。
「ホラ……準備しなよ」
フィアは、完全に意識を呑まれているグラントに声をかけつつ、鞘のベルトを握りしめたままのグラントの剣をそこから引き抜き、彼の眼前にそれを見せる。
「あ、ああ」
グラントは、フィアから剣を受け取ると、じっとクルーガを見る。
「両者舞台中央へ!」
審判が選手に声をかける。
グラントが審判の声に反応しそちらの方を向くと、医師団の席が見える。
そこにはシードとジャスティンの姿があった。
「ようボウズ」
少し低めで嘲笑の混じる粗野なクルーガの声がグラントの耳に入る。反射して遠くに響いている観客の声とは別に、ハッキリとそれが聞こえる。
「五分持ってくれよ」
自信ありげに含み笑いをして、自分の優勢を彼に見せつける。
「両者、互いに礼!」
グラントは一度視線を外して、深く頭を下げる。が、クルーガはグラントから視線を外すことはなかった。
もうすでに、獲物を捕らえていると言いたげである。
「審判に礼!」
二人は、審判に向かい頭を下げる。
「構え!!」
クルーガ、グラント共に、聞き手を引き、右手で剣を持つ。左前の構えである。
「始め!!」
審判の合図とともに、クルーガは、軽いステップで、グラントとの間合いを取り、ゆっくりと彼の左側に旋回を始める。
次に速度をつけ、一気にグラントの後方に回り込もみ、一気に背後から剣を突き刺してくるが、グラントもステップを踏み右回りに身体を反転させ、クルーガの剣を弾く。
そこからのクルーガの連続攻撃が始まる。腕力に長けた彼は、慣性の法則を途中で断ち切り、直ぐに剣を切り返して振るってくる。
グラントは引き続き後方に下がりながらそれを受ける。
彼が堅くなっているのは、目に見えて明らかである。防戦一方だ。
だが、通常の防戦と違う部分がある。クルーガの剣に重さを感じないことである。
グラントは、次の瞬間剣をいなすのをやめ、両手で握った剣で、がっちりとそれを受け止めるのである。
「なに!?」
焦ったのはクルーガの方である。体重の乗った攻撃を止められてしまったのである。確かにグラントの体格から、それは可能であるように見える。だが、彼は引きながら戦っているため、剣の進行方向に身体が流され、大きな隙を作ってしまいかねないのだ。だが、剣は止まっている。
「せい!!」
今度はグラントが剣を振るう。
すると、クルーガの腕は大きく開き、懐ががら空きになり、剣の防御も不可能な状態になる。だが、直ぐにバックステップで、グラントの剣の間合いから逃れ、体勢を立て直そうとする。
だが、それと同時に、グラントは前に踏み出し追撃する。
今度はクルーガの防戦である。何という重い剣だろう。三発ほどグラントの剣を受けたところでクルーガの腕は痺れ始める。
誰がその展開を予想しただろうか?
緊張に飲まれていたグラントだったが、いつの間にか観客の異様な熱気をも感じないほどに、その場に集中し始めいた。
グラントはただ、一つ一つの動作を確実にこなしているだけだった。彼の持つ特別な能力や、鮮やかな技術を駆使しているわけではない。
だが、全てが速い。
「ガキのくせに!!」
クルーガは、口ではグラントを罵倒しているものの、その身体は退くばかりである。
逆にグラントは思う。「この程度なのだろうか?」と。世界で騒がれた男の剣は、全く手応えのないものだった。グラントは次第に、慎重すぎる行動から、本格的な攻めに転じ始める。
クルーガーの剣はもはやその手から放さずにいることが、精一杯になっている。
「いけ!いっちゃえ!!」
リングサイドのフィアが興奮しだす。拳を作り突き上げ、声を張り上げ、速くその瞬間が来ることを祈っている。
「じっとしてらんねぇ!いくぞ!」
控え室で、スクリーンを見ていたイーサーが興奮に耐えきれずに、部屋を飛び出して行く。
それに、引っ張られるようにして、リバティーもエイルも走り出す。そして遅れてミールが走り出す。
今まで名前すら知られていなかった一人の青年が、世界に名を響かせる一人の男を一方的に攻め立てている。会場はその興奮に、割れんばかりの声援を送る。
そして、次の渾身の一撃。
「ふん!!」
気合の声と共に、グラントの剣は、真上からクルーガの剣に向かって振り下ろされる。
両腕の力と体重の乗ったその剣は、クルーガのロングソードを真っ二つに叩き折り、武舞台の床板も、たたき割る。砕けた石版が、周囲に散らばり、それが乾いた小石の音を立てる。
圧倒的な勝利である。
場内が一瞬静まりかえる。
「一本!勝者、グラント=エイプリル!!」
その瞬間、ドット歓声が沸き立つ。そして、係員を振り払いながら、走ってきたイーサー達が、飛び乗るようにして、舞台上のグラントに覆い被さり、その正面では、クルーガが愕然と膝を崩して放心状態になるばかりだった。
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