第3部 第8話 §4  決勝前夜

 だが、そんな彼の思いとは逆に、帰り着くと同時にローズが、笑顔満面で彼等を出迎えてくれる。

 「お帰り!よくやった!」

 まだ、決勝が残っているというのに、ローズはすでに、グラントを勝者扱いである。今夜の主役をの肩を抱いて、力強く屋内に導くのであった。

 家にたどり着き、全員が室内に入ると同時に、グラントとドライ以外が、お祭り騒ぎのように騒ぎ出す。

 「信じられるか?此奴決勝までいったぜ!!」

 「当たり前だ!その辺の奴に負けるか!っていうんだ!」

 目をキラキラさせて悦び回ったのは、イーサー。そして、あまりはしゃぐイメージではないエイルである。悪ガキのように目をキラキラさせて、お互いの首にがっちりと腕をかけて、空いている手で互いのそこら中を楯いている。

 ミールとリバティーは、ピョンピョンとはね回っている。何よりあの報道陣の嵐である。どれだけ彼が注目されているのかをしって、興奮が冷めやらない。

 次にフィアがその二人に巻き込まれる。

 「あ~、腹減ってんだ!とりあえず、座れよ!ガキ共!」

 一緒にはしゃがないだけで、ドライの言葉も少々浮き上がっていた。とにかく元気な声が家の中に響いているのがよいのだ。

 「ほら!主役主役!ドライ邪魔!そこどいて!」

 ローズが、主賓席に座っているドライを追っ払う。彼が勝ち続ける限り、ドライは主の席に座れそうもなさそうである。

 「ここは、俺の椅子だろうが……ったく」

 ドライは、ぼやきながらも、ローズの勢いには勝てず、長年座り馴れているその席を、グラントのために空ける。どんなに不機嫌であろうとも、ドライがローズに逆らえることはない。

 夫婦間での上下関係がハッキリと表れた構図である。

 グラントが、テレビの正面の主賓席に腰を下ろすと、その並び順も自ずと変化する。

 彼のサポート役として、絶えず舞台袖にいることとなったフィアの席が左隣に用意され、ローズは、グラントを正面にみてて彼の右側の端の席に腰を下ろす。続いてミールエイルといった順番で、左の列には、イーサー、リバティー、ドライといった順番で、主は一番端の方に追いやられてしまう。テレビが一番見づらい位置かもしれない。

 ローズは、しきりにグラントの背中を叩いて、気合いを入れている。

 グラントは何がなくても、困ったような表情が多い。遠慮がちで弱気な面が見える。だからローズは、ついつい彼に気合いを入れたくなるのである。

 ひとしきり騒いだ後に、グラントは、翌日のことを考え、いち早く眠りにつくのだった。石橋を叩いて渡るといった、堅実な彼らしい。

 フィアは、食事の後かたづけなどを手伝う。何しろ八人分の大飯食らいの食器である。その量は半端ではない。

 「コーヒーだよ」

 ミールが、主の席を取り戻した、ドライに濃いブラックを持ってく来てくれる。テレビでは、ちょうどクルーガの威勢のいいインタビューのシーンが映し出されていた。

 イーサーとエイルは、表で軽い組み手をしている。剣を使わない体術の訓練である。軽い腹ごなし程度のものだ。

 クルーガのインタビューの後、グラントのオドオドとしたインタビューが映し出される。

 彼に対するプロフィールが流されるが、謎が多いのは確かだ。移転届けなど、殆どの情報がない。セントラルカレッジの生徒であるということと、親がいないという程度の情報だけである。

 高校時代などとは、大きく異なり、その情報は公の場にさらけ出される。

 「すごいよねぇ。グラントさん、有名人だよね!ね!」

 リバティーは、身内から、新たなブランドが発掘されたことに、興奮を隠しきれず、ドライに同意を求める。

 「ああ、そうだな」

 ある意味満足な顔をしているドライだが、それは別に彼が育て上げたわけではなく、彼等自身の努力の結果から生まれた事象である。だが、それには,もう一つの要因があることを忘れてはならない。

 シルベスターとクロノアールの血族という結果から生まれ出ているものでもある。

 だが、名が売れると言うことが、幸福に繋がるというわけではないことを、ドライは知っている。

 「そっか……パパ、元有名人だもんね……」

 リバティーは、それが良いことばかりではないということに、直ぐに気が付く。

 ドライは、グラントが得た結果に対して何も不満はない。それは、自分たちも彼等に関わってしまったことに対する、一つの結論なのである。それを押し殺してしまうことは出来ない。

 そのとき、エイルがゆっくりと屋内に引き上げてくる。

 「なぁ、表に鬱陶しいのがいるぜ」

 「ん?」

 エイルが煙たそうな顔をしている。彼が睨むのだからほぼそうなのだろう。だが、その煩わしさの加減が判らない。だが、慌てていない様子から、直接有害な行動に出る存在ではないのが判る。

 だとすると、何かの匂いに引きつけられた好奇心の固まりなのだろう。

 ある意味ドライを天剣だと勘違いしたイーサーもそういうところではあった。

 ドライは、一度席を立ち、エイルの後をついて行く。

 玄関を通り、デッキに立つと、エイルが暗闇の中を指さす。

 「車だ。間抜けにも、停止の時にテールランプの明かりが僅かに見えた。偶然だけどな」

 「やれやれ……私有地ってことを、判らせてやろうか……」

 何のに匂いを嗅ぎつけてやってきたのかは定かではないが、ブラニーが張った結界が反応しないというレベルから考えると、取るに足らない目的の連中なのだろう。

 「どうすんの?」

 イーサーも暗がりを見つめるが、別にそれが見えているわけではない。無論エイルも、もう見えていない。だが、ドライには見えている。色合いまでは判らないが、輪郭だけが浮き出ている。

 「時速三〇〇キロの石をぶつけてやるとか……な」

 ドライがそういうと、本当に投げてしまいそうだ。いや事実投げることが可能だろう。

 「そんなことしたら、中の人間が死ぬだろう?それに……俺の勘じゃ、住所不定のグラントの居場所を突き止めた報道じゃねぇの?」

 エイルは、それを全く否定しなかった。そしてそこまで、読んでいるらしい。消去法である。恐らく市長の関係ならば、顔を出すし。オーディンならドライが大歓迎である。グラントの活躍が気にくわないマルコスなら、もっと姑息な手を考えているだろう。ならば、タイミング的に考えられるのは、その類の人間しか考えられない。

 議員の推薦で自由枠に参加し、決勝まで上り詰めた学生となれば、間違いなく街の英雄である。その素性をいち早く知り得た者が潜んでいるのである。

 リバティーが、戻ってこないドライ達の事が気になり、ひょっこり現れる。

 「リバティー、アレ見えるか?」

 ドライは、暗がりを指さす。なにを馬鹿なことを言っているのだろう?と、エイルは思うが、リバティーは目をしかめ始める。

 「セダン?かな?多分……色まではわかんないよ?」

 これが、濃い血統の持ち主なのである。

 それと同時に、リバティーは自分が試されたことに気が付く。

 今まで、見えるわけがないと思っていたものが、見えたのである。努力したわけではない彼女が、闇夜に紛れた物体を見分けたのである。

 相手側も恐らく、ドライ達が自分達を監視していることに気が付いている頃である。

 ドライ達は、庭先に取り付けられたナイター用の照明で照らされているため、行動は丸わかりである。

 「あ~~なになに?」

 ローズが、出てくる。

 「あ~、セダン。ブルー系統?」

 視力はローズの方が良いようだ。

 「判るのか?」

 それも新たな発見である。

 「赤と緑は、夜にとけ込むグラデーションが不自然だかしね……、白系統なら浮き出てるし……」

 ローズは、額に手をかざしつつ、それを眺める。

 それから、少しの間中に籠もり、また暫くして出てくると、今度はトレーの上に、二つずつ、余り物で作ったホットドッグを乗せている。ドリンクには缶ビールである。そして、一つのメモを缶ビールの下に敷いているのである。

 そして、それを持って歩いて行く。

 そして、直ぐに車のヘッドライトが点灯して、バックしつつ切り返し、ゆっくりと退散して行く。

 そして、ローズは何食わぬ顔で戻ってくる。

 「んで?」

 ドライのそれは、全てを聞いている。

 「グラントは寝たから、お引き取りして!って、それに、私有地内につき、不法停留してると、警察呼ぶってことと、農作物泥棒のための暗視カメラに引っかかってるから、丸映りだって……適当に……」

 ローズはさらりと答える。夜食などを渡すところが彼女らしい。そして、何事もなく屋内に引き上げて行く。もちろん、防犯装置の類などは、一切ない。

 「いい女だろ?」

 ドライは、負けを認めつつも嬉しそうに、頼りなげにクスリと笑って、エイルとイーサーにそういう。

 メチャクチャな事もしでかすし、鮮やかに事を片づけることもする。全く出鱈目な女である。気っ風の良さは、お互い引けを取らないだろうが、こういう時の肝の据わり方は、間違いなくローズの方が上だろう。

 ここまで来てしまったのだから、ただ無意味に平穏な生活には、戻れない。

 それならば、再び先を見つめて歩いて行くしかない。

 大げさにいうと、ローズの中ではそう結論づけられていた。無論それは、ドライも同じだが、二人の社交性の差が、大きく出ている。

 この小さな騒動の一端になった当の本人は、試合の緊張もあって、随分と深い眠りについていた。

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