第3部 第8話 §3  ヨークス大会決勝 Ⅲ

 クルーガが脳天をしきりに気にしているが、血は出ていないようだ。

 エイルはそれに引っかかりを覚える。

 当たり前だ、興奮した観客が投げたものが、垂直に落ちてくるわけがないのである。当たるならば、脳天ではなく、側頭部、額、後頭部のいずれかである。頭頂部に近いとしても、脳天を押さえる可能性は、極めて低い。

 「アイツか……」

 あえて、それを確認することはなかったが、結論はそこに行き着く。その行儀の悪さが何よりである。

 「んじゃ、俺行ってくるよ」

 グラントは、席を立つ。

 グラントが歩くと、セコンドにつく、フィアも動き出す。

 次の試合に、彼等は盛り上がりを見せ、軽いハイタッチを交わして、彼の健闘を祈った。

 彼の試合開始五分後、スタジアムは大きな歓声の海に包まれるのだった。

 グラントは、二刀流である、サイの両方の青竜刀を、二本とも弾き飛ばしてしまったのである。

 それは、勝敗が付くことを意味する。

 グラントは、その後に礼儀正しく頭を下げて、壇上を後にする。

 「おうおう、張り切ってるじゃねぇか……」

 ドライは、遠慮がちだったグラントの戦いぶりが、迷いのない動作で、一閃の内に相手選手を負かしてしまうという変貌ぶりに、少し驚いている。

 全力を尽くした訳ではないが、実力は十分に出している。

 そしてこの試合で、グラントへの注目度は一気に高まることとなる。ダークホースの登場である。

 次の試合までにグラントに関する情報を伝えようとするアナウンサーだが、彼の情報はほとんど無い。当たり前である。彼の社会的な立場は皆無なのである。両親がいるわけでもないし、施設にいるわけでもない。あるのはイーサーの家だけである。どこで剣を学んだのか?その情報すら手に入らない。

 ただ言えることは、この街に住んでいて、生活保護を受けているということである。その住所は過去にいた施設のままになっている。

 今の住所はサヴァラスティア家だが、その住所は公式なものではない。

 「えー、グラント=エイプリル選手ですが、驚きましたね。彼はドラモンド議員の推薦状で自由枠に参加しておりまして、なんと、市民枠で優勝したマルコス=ドラモンド選手と同学年ということでして……、現在それ以上の情報は、ありませんが、議員推薦ということは、かなり期待されていると思われます」

 試合の合間に流れるアナウンスが、グラントに関する情報を流す。だが、それを数度繰り返し伝えるばかりで、それ以降は、何も伝えられることはなかった。

 一つ言えることは、議員の推薦というものが、逆にグラントのネームバリューを上げることとなった。

 マルコスとしてみれば、思いも寄らない結果となったことだろう。抑も、彼は自由枠というもののレベルの高さを認識しつつも、グラントの力量を計り間違っていたのだ。

 試合を終えたグラントは、やはり控え室ではなく、サロンに姿を移していた。

 自由に選曲が出来るわけではなかったが、テレビもあるしソファーもある。ここには殺伐とした雰囲気がない。イーサー達とのんびりとしていると、旅行をしているような気分さえしてくる。

 ただし、一つ角を曲がれば控え室があり、その向こうには観客の歓声に包まれた、武舞台がある。

 グラントの情報を得たがる人間がいる一方、そこに彼等が足を踏み込めないのは、関係者以外、立ち入りが禁止され、厳重に管理されているからに他ならない。

 野外で、どれほど彼の情報をほしがっている人間達がいようなどとは、グラントは思いもせずに、次の試合までの時間を過ごす。

 その後の彼の健闘は言うまでもない、向かい合う相手を躊躇無く倒し勝利する。だが、決して歓声に答えることも、喜ぶ顔を見せることも無かった。正しく一礼をして、舞台を去って行くのである。

 派手なパフォーマンスを取らない寡黙な青年に対して、多少の中傷はあったが、敗者への敬意を示す彼に好感を持つ者も現れ始めた。

 熱狂的な支持者を持つ、クルーガとは一転して、舞台を降りる彼を送るのは、静かな拍手だった。

 そして、グラントとの決勝の相手は、エイルが予想していたとおり、クルーガであった。

 当然この二名には、報道の目が熱く注がれる事になる。この街の一大イベントである剣技大会自由枠の決勝なのだから、当然である。

 選手控え室を出て、場外へと通じる通路には、すでにライトやカメラの光線の嵐である。

 彼等の身分は、関係者によって十分確保されてはいるが、誰もが明日への抱負を聞きたがっている。

 「少しばかり出遅れたが、再び世界を熱狂の渦に巻き込んでやるぜ!!」

 何時でもミリタリースタイルのクルーガは、腕の筋肉を限界まで膨らまして、握り拳を作り、腕をを報道陣の前につきだし、熱っぽく語っている。自分の勝利を確信したかのような、その科白に周囲がざわめき、彼のファイティングポーズを、激しく光を散らしたカメラがファインダーにそれを収める。

 「いや、その……俺は、一生懸命やるだけですから……」

 グラントは、迫る報道陣の迫力に声を詰まらせながら、何時も以上に困った顔をしながら、そう答えるのが精一杯だった。イーサー達も、今にもグラントを押しつぶしそうな報道陣を押し返す防波堤になっているが、彼等のエネルギーは相当なものだ。また数も凄い。


 そして、この組み合わせは、賞金の、まさかの高額配当であることでも、注目を集めている。

 オッズ四十倍。

 ローズの予想では、万馬券並みの勢いになる筈だったのだが、グラントは予選で活躍しすぎたのだ。意外にやるかもしれないという期待が、その倍率である。

 日が沈む時間帯。グラントはようやく、街の記者達から解放され、その一団は、バイクを走らせ、家路へと急ぐのであった。損な彼等も当然記者達に目撃されている。

 どうやら、サヴァラスティア家の「人知れず静かな生活」は、いろいろな角度から失われつつあるようだ。

 グラントのあまたの中には、少しそれもよぎる。

 まさかこれほど注目されることになるなどとは、思っても見なかったのである。

 ドライとローズが、なぜ、エピオニア十五傑としての生活を捨てたのか?という理由は、すでに聞かされていることである。剣士として、戦士としての生活から、離れるためである。

 そして、それはオーディン達との一時的な決別であるこも、知っている。

 後者のための、目的はすでに失っており、期はすでに熟し、彼等は再び一つになろうとしている。だが、ドライは農夫という立場を放棄したわけではない。

 静かで充実した暮らしとうものは、続けていくつもりなのだ。

 オーディン達は、そこへ静かに訪れればよい。それだけのことである。

 街から離れたイーサー達は、農場までの一本道を、バイクで走る。速度は落としている。

 グラントの思案の表情は、夕刻の薄暗さで見えなくなってしまっていた。

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