第3部 第8話 §2  ヨークス大会決勝 Ⅱ

 グラントの二回線は、午後を過ぎてからになる。

 その前の、第八試合。つまりトーナメントが一巡するその最終試合に、ドレン=クルーガの試合が行われた。彼は、幾度も力強くガッツポーズをして、何度も観客の全体を見渡し、しきりに吠える。狂信的な獣とでもいうべきだろうか、自分に酔いしれている。そして、それに乗せられて、一部の熱狂的サポーターも、彼の意に社社るを叫び続ける。イニシャルで表すとかれは「D・C」になる。

 ブレードコマンドー。クルーガが自分の戦闘スタイルをそう言い放っている。戦闘で鍛え上げられたその実践的戦術がその極意である。速度と殺傷力。まさに一撃にて即死である。

 狂信者が取り巻く彼の対戦相手は、グレッグ=フォレスタという選手で、黒くタイトなジャケットに実を包んでいる。ドーヴァと同じような、服装に思える。

 彼はクルーガのように、組織的な戦闘訓練を受けたいうイメージはなく、むしろドライやローズのように、単身で行動するアウトローに近い雰囲気を漂わせている。だが、殺気だっているのは、むしろクルーガの方である。

 「エイルの奴によると、アレが有名だってんだから、剣も落ちたもんだな」

 ドライは、ポップコーンを食べながら、やたらと威嚇行為の多いクルーガに対して、退屈そうにそれを眺めていた。本当ならば、帰りたいところだが、グラントの晴れ舞台に、そんな白けた行動をローズが許すはずもなく、そこに座り続けている。

 「じゃぁ、アンタ出れば?」

 ローズは、時代の流れの寂しさを笑いながら、ドライを冷やかす。

 「勘弁してくれよ……、スリルがねぇよ」

 安定を望むようになった彼だが、勝負に対しては、それを望んでいる。クルーガ相手では、実力を測ることも出来ない。自由枠で得られる賞金にもあまり価値を感じない。


 クルーガの試合が始まる。


 クルーガは、剣を抜きざまに、一度相手との間合いを空けるため、大きく後方に飛ぶ。

 クルーガの異様な雰囲気に飲まれたのか、フォレスタは、ロングソードを小刻みに揺すっているが、攻撃に転じる事が出来ない。

 一方クルーガの方は、腰を低くし、上半身も大きく下げながら、足を擦らないように、微かに地面から離して、見上げるように、相手を観察して、周囲を回るように動き始める。

 フォレスタの攻撃が最も遠くなる左側へと、回り込むようにして動くのだ。

 フォレスタは絶えず舞台の中心に位置し、クルーガがその周囲を動くという感じで睨み合いが続く。

 クルーガの動作は、まるで獲物を捕らえようとする野生動物のようだ。得物との間合いをじりじりと詰め寄り、襲いかかる瞬間を狙っている。

 野生と異なる点があるといえば、獲物となっているフォレスタが、すでにその存在を認知し、逃げる選択肢がないということである。

 フォレスタが草食獣ならば、その気配を感じた時点で、脱兎のごとく逃げているべきである。

 その雰囲気は、ある意味クルーガ一人で作り出しているのかもしれない。

 クルーガに対する周囲の興奮は高まる。何時どの時点で、彼が仕掛けるのかを、期待の眼差しで見つめている。まさに釘付けというやつだ。

 クルーガがある程度フォレスタの周囲を回ると、突如フォレスタに飛びかかる。鍛え上げられた腕と柔軟な手首で、ロングソードを振り回し、連撃を繰り出す。

 十分な速度と重量が乗せられた剣は、フォレスタを攻め立てるが、フォレスタも剣でそれを防ぎきる。

 「ありゃ、相手のは、アレだな魔法剣士だな……左手が常に、魔法を放とうとする癖で、絶えず空気を握る感覚で、半開きになって、隙をついて放とうとしてやがる」

 「普通の剣士なら、楯を装備してるわよ。」

 ドライとローズが、選手を観察して、分析している。

 「エンチャントしねぇのは、不利かな……」

 「エンチャントは、魔法を放つ力と物質に留めておく作業を同時に行う高等技術よ。一朝一夕にマスター出来る技術じゃないわ」

 「ああ、そういえばお前も、エンチャントしねぇよな」

 「反魔刀じゃ、エンチャント自体出来ないでしょ……」

 「そっか……、お前エンチャントできたっけ?」

 「出来る」

 「じゃ、レッドスナイパーじゃ、バリエーション減るだろう……、セシルに新しいの作ってもらえよ」

 「冗談!姉さんの形見よ?判ってるくせに……」

 「ま、そりゃそうだが……」

 二人は、クルーガとフォレスタのやりとりに退屈しつつ、ぼそぼそと会話を交わす。ローズについて今まで当たり前だと思っていたことに、一つ認識不足だったドライだった。もう四十年近くも連れ添っているというのに、まだ知らない事があったことに、驚きだが、二人はそれに驚きを見せない。

 二人で、無造作に食べていたポップコーンが、すっかり無くなってしまう。

 「兄さん!ホットドックを二つ、コークを、二つくれぇ」

 ドライは、直ぐに近くを移動している売り子に対して、注文をする。それにしてもよく食べるドライだ。

 ホットドッグは、ソーセージがくるまれているパンを、カラリと揚げたもので、粒マスタードと、ケチャップがたっぷりとかけられている。いわゆるアメリカンドッグといやつで、立てて持つと、ソースが垂れてしまいそうだ。

 観戦に夢中がちになっている周囲の観客からすれば、迷惑な話だ。興奮が冷めてしまいそうになる。

 壇上では、クルーガが徐々に圧し始める。やはり腕力とスタミナの差だろう。受け手に握力がなくなりつつあり、腕の反応も遅れ始めている。

 「ま、あの辺りで決着だな」

 ドライは、まずホットドッグを食べ、最後に心棒にこびり付いた、パン生地のカリカリとした部分を食べる。まるで子供のような、幼稚さである。

 そして、食べ終わると、何を思ったのかその心棒を、素早く上空に放り投げるのだった。

 その時、ついに腕が痺れて動かせなくなったフォレスタの隙をついて、クルーガが、その喉元に剣を突きつける。一応寸止めを心得ているようで、不気味な勝利の笑みを浮かべながら、下方からフォレスタを睨みあげるのだった。

 直後、そのクルーガの脳天に、ゴツリと何かが当たる。一瞬突き刺さったような錯覚も覚えるが、それは彼の頭で跳ね返り、闘技場の上で、カラカラと軽く乾いた音を立てて、数度弾み、転がる。

 それは、間違いなくドライが先ほどまで食べていた、ホットドッグの心棒である。

 「ビンゴ……だろ?」

 ドライの退屈しのぎの悪戯である。真剣勝負に水を差す、エチケットに反した行為だが、ドライは面白そうに、クスクスと笑って、自慢げにローズを見る。

 「アンタねぇ……」

 あまり良くない行いだと、ローズは呆れた顔をするが、少なくとも自分たちであれば、あの悪戯に気が付き、反応を示しているはずである。何よりそれが、本物の刃物であれば、クルーガは生きていないことになる。

 野生と本能を気取っているクルーガの行動だが、反応がそれを見せることはなかった。

 クルーガは、誰がそれを投げつけたのかを、見極めるために、躍起になって周囲を見渡すが、数千の観客の中から、その存在を見つけ出すことなど、不可能である。

 サロンで寛いでいたイーサー達も、その様子を見ていたが、画面にはクルーガの脳天に心棒が当たる瞬間は、移っていなかった。

 正確に言うと、何かが当たるのが判ったのだが、それと判らなかったのだ。

 何かが当たったのだということを、理解したのは、クルーガが、それを拾い上げて、周囲を見回している仕草まで、映し出されていたからである。

 アナウンスでは、興奮して観客が投げたものが、当たったのだろうということだった。

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