第3章 第8話 ヨークス大会 Ⅱ
第3部 第8話 §1 ヨークス大会決勝トーナメント Ⅰ
決勝トーナメント一回線を勝ち抜いたグラントは、次の試合が始まるまで、ただ控え室で待つことはしなかった。彼にとっては、メンタルトレーニングより、気晴らしの方が大切なのである。
イーサーと違い彼は考え込む事がある。
選手が出歩ける場所は、スタジアム内の特定範囲に限られてしまうが、そこにはサロンもあれば、サウナもある。一同はサロンで、寛ぐ事にした。
そんな中、グラントだけがシャワーを浴びてさっぱりとしている。これもまた気分転換である。
「いいの?次の対戦相手の情報とか……」
リバティーは、何も情報を得ようとしないイーサー達に少々不満を覚えるが……。
「次の対戦相手は、恐らく双龍と呼ばれる青竜刀使いのサイ=リンチェイだ。フィアのように炎を扱う」
エイルがばっちりと情報をつかんでいる。さすがだ。
「必ずその人なの?」
「十中八九だな」
リバティーの質問に、迷い無く答えるエイルだった。実にクールな表情を見せる彼だった。彼等の中で尤も頭脳的なのは、エイルだということを、改めて再認識するリバティーだった。
「私、選択肢間違えちゃったかな……」
ぼそりと呟く。だが、ほぼ全員に聞こえて、その対象が誰なのかは、もう一目瞭然である。
確かにそういう思考を見せるエイルには、惹かれるものがある。
ミールは、エイルの腕に絡んで、リバティーに舌をべーっと出す。「あげない」と言い足そうな意地悪でもありコミカルでもある、そんな表情だ。
「どうせ、俺は頭悪いよ」
珍しくイーサーが本当に拗ねてしまう、本当に珍しいことだ。普段は比較されたことに、不平をいうことはあるが、その後は殆ど笑いに変わる。
少し空気が静まりかえってしまう。
「お嬢?」
フィアが、今のはリバティーが悪いと言いたげに、呆れた顔をする。
「冗談じゃん……普通拗ねる?」
「お嬢にだけは、いわれたくないんだよ……わかってやりなよ、ほら!」
フィアは、イーサーの機嫌を直してやるよう、リバティーに行動を急かす。
リバティーは、ある意味、奥の手といえる行動に出る。
拗ねて横を向いて座っているイーサーの、膝元に腰をかけて、甘えたように彼に抱きつき、頬にキスをする。それから頬をすり寄せてみる。公然の目がある場所で、である。
イーサーは少しの間、ドキリとした表情を見せていたが、直ぐに機嫌がなおる。
「ヘヘヘ……」
やはり、その距離感がいいのだ。彼女が一番に誰のことを想っているのか、それがハッキリしたことで、苛立ちは収まる。
「あ~~、俺……ドリンク勝ってくるよ……」
グラントは、気恥ずかしくなって、席を立つ。
「付き合うよ……」
フィアは、それが可笑しそうに笑いながら、グラントの後を追い掛けるようにして、立ち上がり、ドリンクの売っている、少し離れた自動販売機のスタンドまで、歩いて行く。
グラントは自動販売機にコインを投入しながら、ため息をつく。
「はぁ……」
「まだ緊張してんの?」
フィアは、気分転換の下手なグラントの彼らしさに、笑みをこぼす。
他の選手は、それぞれイメージトレーニングを兼ねて、殆ど控え室から出てくることはない。そこに現れるのは、殆どが、そのスタッフなどである。
「ん……なんていうか。やっぱり高校と違って、勝負にかける想いは、みんなそれぞれなんだな……って思ってさ」
グラントは、受け口から出てきたボトルを、しゃがんで拾い上げ、キャップを捻り開けて、一口、口内をを冷やす程度に飲む。
「それだけじゃ、ないでしょう?」
フィアは、気楽なイーサーとリバティーの空気から、少し離れるために、彼等との距離を置いたことをきちんと見抜いていた。
「ったく、損な性分だよね」
フィアはそういって、不器用なグラントの性格を可笑しげに笑っている。彼は、他人のことを考えすぎる癖がある。逆にイーサーはあまり他人のことを考えない。
「まったくだよ……」
グラントは、自分のそれを認める。
「でもさ。相手の気持ちとか考えるんだったら、傷つけないように……とかさ、そんなんじゃなくって、やっぱり正面からガツンとぶつかって、誠心誠意の自分で、行った方がいいんじゃない?ホラ……そういう場所なんだしさ……」
フィアは、グラントの胸板を拳で軽めに殴る。
フィアのこういうものの考え方には、何時も助けられるところが多い。
グラントは、直ぐに迷いが吹っ切れるわけではなかったが、それは十分に思考の視野に入れる事が出来る。
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